地球科学はもとより地震研究や極限環境微生物研究など、さまざまな科学研究に使われている「海底下地質コア」。じつは、国際深海科学掘削計画のもと世界の海で採取されたコア試料の3分の1は、JAMSTEC高知コア研究所で保管・管理を行っています。今年、20周年を迎える高知コア研究所の歴史は、そのまま日本の海洋科学掘削の歴史ともいえます。いまや世界の海洋科学掘削をリードする日本。その歴史や役割、そして高知コア研究所の特質を、所長の廣瀬丈洋さんに聞いてみました。(取材・文:岡田仁志)
世界の海で採取されたコア試料の3分の1がここにある!
――JAMSTEC高知コア研究所の創立20周年、おめでとうございます。まずは2005年に設立されるまでの経緯を教えてください。
ありがとうございます。設立のきっかけは、地球深部探査船「ちきゅう」(2001年起工、2005年竣工)ができたことですね。「ちきゅう」が海底下から掘削するコア試料を保管・管理・研究する施設が必要でした。
コア試料は基本的に深い場所から採取したものほど古いと考えられるので、地球の成り立ちを解き明かすための「タイムカプセル」みたいなものだといわれます。写真をご覧になればわかるように、さまざまな色や形状がありますよね? これは、過去に地球で起きた現象の記録です。
たとえば、白ければ酸素が豊富、どす黒ければ酸素のない世界、割れ目があればプレート境界の地震の痕跡かもしれません。火山活動があれば、その時代の地層には火山灰が含まれるでしょう。そうやってコア試料を観察、分析することで、地球科学の研究者はこの惑星の歴史をひもとくことができます。
――その研究所が高知につくられたのはなぜですか?
JAMSTECでは、早い段階から「ちきゅう」の建造計画と合わせてコア試料の保管施設の建設も計画されていました。しかし、どこに建設するかということが議論になったんです。
そこで、もともとコア試料を保管・解析する部署を持っていた⾼知⼤学に2003年に施設を建設し、共同運営することになりました。さらに、2005年の高知コア研究所の設立後、2006年には「⾼知コアセンター」という共通名称を制定しました。
ちょっとややこしいんですが、⾼知⼤学の「海洋コア国際研究所」とJAMSTECの「⾼知コア研究所」を合わせた共同運営施設の総称が「⾼知コアセンター」なんです。
コア試料の分析から「はやぶさ2」のサンプル分析まで
学術的な分野でいえば、私たちJAMSTECは「地球惑星科学」、高知大学は「地球掘削科学」。もちろん私たちもコア試料を使うので地球掘削科学と深く関係していますが、研究の範囲が広いので、コア試料を使わない研究もあります。たとえば小惑星探査機「はやぶさ2」がリュウグウから持ち帰ったサンプルの分析も手がけました。
また、高知大学の海洋コア国際研究所は全国共同利用・共同研究拠点です。ですから地球掘削科学の研究をしたい人は、ここにある機器なども使ってあらゆる分析ができるんですね。宿泊施設もあるので、とても便利なんです。
一方、私たちJAMSTECは自分たちの研究のほかに、米国、欧州、日本がこれまでに採取してきたコア試料を管理するという任務を負っています。コア試料を適切に保管し、研究用のサンプルリクエストに応じてそれを分配するのがキュレーション業務です。
設立当初は、二つの組織による共同運営という点で運営がスムーズにいかないこともありましたが、いまはお互いの強みを活かした棲み分けがきちんとできているので、大変うまくいっています。共同研究もありますし、「ちきゅう」の乗船支援や市民向け講座を含めたアウトリーチ活動なども、両者がいっしょにやっていますね。
こういう共同運営がうまくいくケースはあまり多くないらしいので、貴重な成功例として視察に来られる人も少なくありません。
現在20万本・147km分のコア試料が保管されている
世界の海を三つに分けて、三ヵ所の保管庫にコア試料を運び込んでいます。西太平洋からインド洋にかけた海域で採取されたコア試料は高知コアセンター、太平洋のコア試料は米国のテキサスA&M大学、大西洋のコア試料はドイツのブレーメン大学。世界の海で採取されたコア試料の3分の1が高知にあるわけです。
ですから、私たちが保管するのは日本の船が採取したコア試料だけではありません。担当する海域でほかの国の船が採取したコア試料も保管しています。
コア試料は海底から掘削によって採取された時点では10メートル程度の筒に入っていますが、そのままでは扱いにくいので、まず、1.5メートルにカットします。
それが、高知には147キロメートル分、テキサスには151キロメートル分、ブレーメンには192キロメートル分も保管されているんですよ。
長さ1.5メートルのコア試料を、さらに半円筒状に分割するので、高知の分だけで実際には20万本、全部つなげればおよそ300キロメートルになりますね。
分割したうちの半分は「ワーキング・ハーフ」といって研究用のサンプルとして使用しますが、もう一方は半永久的に保存する「アーカイブ・ハーフ」です。将来、分析技術が大きく進歩したときのために取っておくんですね。
実際、高知で保管しているコア試料の中には1960年代に採取された古いものもありますが、いまでも世界各地から「研究に使いたい」というリクエストが来ます。
例えば、同位体の分析手法は今でも発展しています。昔はできなかった解析が今ならできるという例は多くあります。
そういう技術の進歩まで考慮してこの保管システムを考えた先人には、じつに先見の明があったと思います。
保管されているコア試料は世界中の研究者が活用できる
――どこに保管されていても、世界中の研究者がそれをサンプルとして使えるんですね。
はい、外国の研究者から高知にサンプルのリクエストが来ることもありますし、日本の研究者がテキサスやブレーメンのサンプルを使うこともあります。
ただし、リクエストすれば必ず手に入るというわけではありません。掘削航海には莫大なコストがかかるので、コア試料は大変な貴重品です。
ですから、届いたリクエストがまっとうな科学的研究かどうかをジャッジしなければいけません。その重要な業務を担うのが、キュレーターです。
サイエンスのことが理解できなければジャッジできないので、みなさん博士号取得者。キュレーターは、世界の各保管庫に一人ずつしかいません。
日本の海洋科学掘削の歴史と「ちきゅう」
――このような国際的なプログラムはいつ始まったのでしょう。
IODPがスタートしたのは2003年です。それまで海洋科学掘削は、1959年のモホール計画以来、強力な深海掘削船を持つ米国が主導していました。
モホール計画は、地殻とマントルの境界(モホ面=モホロビチッチ不連続面)まで掘削しようという野心的な試みです。それ自体は頓挫しましたが、これをきっかけに海洋科学掘削が発展したんですね。
80年代に入ると、国際深海掘削計画(ODP)というプロジェクトが始まりましたが、そこで中心的な役割を果たしていたのも「ジョイデス・レゾリューション」という米国の深海掘削船です。
やはりプラットフォームとしての掘削船がなければ、米国と同等の役割を果たすことはできません。
21世紀に入ってから、日本は地球深部探査船「ちきゅう」を建造しました。これによって、国際的なプログラムに貢献できるようになりました。
欧州は、科学掘削専門の船は持っていないものの、研究航海の内容に応じて傭船する態勢を整えたので、日米欧の協力が可能になったんです。
科学の進歩に必要な国際協力
ただ、2003年から始まった統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program)、さらに2013年からの国際深海科学掘削計画(IODP:International Ocean Discovery Program)までは、日本、米国、欧州それぞれのオペレーターが運用する船舶によって実施されてきましたが、2025年からの国際海洋科学掘削計画(IODP3)では日本と欧州が中心となって実施されることになりました。
――米国が保管するコア試料を外国の研究者が使うことは、いまでもできるんですよね?
もちろんです。掘削船の運用からは、米国が抜けていますが、コア試料の保管やキュレーションについての協力体制に変わりはありません。
そういう国際協力の一端を担っているので、コア試料の保管は責任重大です。高知やブレーメンにあるコア試料の大半は、長い歴史の中で米国が採取したものですからね。
――自分たちが採取したコア試料を日本や欧州に預けている米国も度量が大きいですね。
地球科学だけにかぎったことではありませんが、やはりサイエンスは国際協力が不可欠です。「アメリカ・ファースト」とか「ジャパン・ファースト」などといっていたら、私たちの仕事は成り立ちません。
もちろん、国際的な枠組みの中でやっていくのは難しい面もあります。5年おきにルールなどを見直して合意書を作成するのですが、その時々の各国政府の思惑もからんできますから、科学者の考えだけで進められるものでもありません。もちろん、私たちも国のお金を使っている以上、他人事ではありません。
「ちきゅう」というプラットフォームやコア保管庫などを維持して「海洋科学掘削コミュニティ」の一員であり続けることの意義は、常に問われます。
日本がリードしていく国際海洋科学掘削の未来
それについて、これまで20年やってきて間違いなく胸を張っていえるのは、国際的なプレゼンスの向上ですね。これはじつに大きな波及効果だと思います。
世界に誇れる「ちきゅう」という掘削船を運用し、コア試料の保管という重い責任を担うことで、日本は国際的な研究航海をリードできる立場になりました。
世界中から研究者たちの集まる国際プロジェクトを率いる機会は、日本の学術界にはそう多くないでしょう。それができるようになったことで、地球科学分野では日本の研究者の国際的な競争力が飛躍的に高まりました。
また、研究航海は国際交流の場でもあります。いっしょに船に乗って長い研究航海に出ていると、国籍も人種も関係なく、放っておいてもみんな仲良くなるんですよ。時には方針が対立して激しい議論になることもありますが、だからこそ強い信頼関係が生まれて、下船するころには「生涯の友」と呼べるような仲になるんですね。
この20年間で、人材育成も進みました。研究航海には若い研究者もたくさん参加するので、世界中から来る研究者から多くのことを学べます。若いうちからインパクトのある国際論文を出せる機会があるのも魅力です。
コア保管施設に研究機能がしっかり備わっていることも、私たちの強みのひとつです。世界にある三つのコア保管拠点の中でも、研究所が一体となっているのは高知コア研究所だけなんです。
テキサスとブレーメンの場合、コア保管庫が設置された大学には研究者がいますが、組織としてまとまっているわけではありません。
「ちきゅう」によるコア採取から保管、研究までを一貫してできることが、もっともユニークな特徴だと考えています。
この記事の後編『石集めが好きな少年が、世界中から海底下地質試料「コア」が集まる研究所の所長に!地震研究から生命、宇宙まで……30年世界で戦える研究者に必要なものとは』はこちらから
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• 取材・文:岡田仁志
• 撮影:市谷明美(講談社写真映像部)
• 取材・写真・図版協力:超先鋭研究開発部門高知コア研究所 廣瀬丈洋 所長
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