写真1は、ブラジル沖の海底で有人潜水調査船「しんかい6500」の覗窓から撮影した写真です。中央に見える白い物体は、何でしょう?
答えは、鯨の骨とそれに群がる生物たち「鯨骨生物群集」です。今回はこちらの研究を紹介します。
大西洋の深海で世界最深の鯨骨生物群集を発見:
化学合成生物群集の分散と進化の謎を解く鍵
~「しんかい6500」世界周航研究航海の成果~(2016年2月24日)
鯨骨って、なに? 分散で広がったって、どういうこと? ブラジル沖航海の首席研究者を務めた北里洋アドバイザー(プレスリリース時はプロジェクト長)と、鯨骨を発見した藤原義弘分野長代理に聞きます。
北里:こんにちは(写真2)。
北里:鯨骨生物群集は、2013年に実施した「QUELLE2013」(図1)の中で4月から5月にかけて行ったブラジル沖航海で発見しました。「QUELLE2013」とは、熱水域や湧水、超深海などの極限環境に、生物がどのように適応しているのか、生息の限界はどこなのか、そもそも生命はどのように誕生したのか、という謎を解き明かすために1年かけて行った世界一周航海です。「Quest for Limit of Life」の略で、ドイツ語では起源、源泉を意味します。
北里:私は「QUELLE2013」の企画から実施まで全体を主導する立場で携わり、ブラジル沖航海の前半には首席研究者として乗船しました。有人潜水調査船が南大西洋で初めて潜航調査を行った記念すべき航海です。この航海はサンパウロ大学海洋研究所、バレ・ド・イタジャイ大学、フルミネンセ連邦大学、日本大学との共同で、ブラジルから6名の研究者、日本から4名の研究者が参加しました(写真3)。
北里:ブラジル沖にあるサンパウロ海嶺です。ここでは水深2,500mから急激に4,200mまで落ち込む急俊な崖が続きます。その麓で発見しました(図2)。
北里:「しんかい6500」で潜航して鯨骨発見の場にいた藤原さんにも話を聞きましょう。
藤原:こんにちは(写真4)。
藤原:「しんかい6500」が崖の麓に着底し調査を開始してからほどなく、真ん中の覗窓を覗くパイロットから「海底に白いものがあるよ」と声をかけられました。「しんかい6500」(写真5)の覗窓は3つあり、場所によって見える視野がずれます。移動してその真ん中の覗窓からのぞきこむと、少し先にある白い物体が目に飛び込んできました。その瞬間、「めちゃくちゃ鯨骨っぽい」と。胸が高鳴りました。
藤原:しかし、世界でも珍しい鯨骨を見つけるなんて都合が良すぎます。見間違いかもしれない、そう思いながら近づくと、物体の周辺にぽつぽつ白いものが見て取れました。この海域はエサが少ないため生物はあまりいないはずなのに。さらに近づくと、それらがコシオリエビの仲間だとわかりました。コシオリエビ類は、比較的フレッシュな鯨骨に出現することが多い生物です(写真6)。この時に、鯨骨でほぼ間違いないと確信しました。その時に撮ったのが、最初の写真(写真1)です。
藤原:世界最大の生物である鯨が死んで海底に沈むと、その遺骸に群がるように生物群集が形成されます。その生物群集は4段階を経て大きく変わります(図3)。最初は「腐肉食期」です。コンゴウアナゴやサメ、ヌタウナギなどが集まってきて、数か月から数年かけて鯨の脂肪や筋肉、内臓などを食べつくします。肉が無くなって骨が露出すると「骨浸食期」に入ります。骨に含まれる有機物を栄養源にするホネクイムシなどの生物が現れます。やがて骨に含まれる有機物が微生物に分解され硫化水素を発生するようになると、「化学合成期」が始まります。硫化水素を利用して有機物を作ることができる化学合成細菌を体表や体内に宿す動物、イガイ類やシロウリガイ類などが密集します。骨に含まれる有機物がすべて使われると、今度は単なる構造物として、骨は生物の住み家になると考えられます。「懸濁物食期」と呼ばれるこの段階は、まだ自然界で確認されていません。
藤原:1987年にハワイ大学のスミス博士がカリフォルニア沖で初めて発見して以来、これまで天然で発見された鯨骨生物群集は世界でたった7例しかありませんでした。今回が8例目です。
鯨骨が見つかるとは潜航前は微塵も考えていなかったので、発見した時はびっくりしました。有人や無人による調査が世界の海でこれだけ進んでいる中でも7例しか見つかっていなかった鯨骨が、こんな偶然でここで見つかるのか、と。私はそれまで鯨骨を人為的に沈めて鯨骨生物群集のでき方を調べる実験をしたことはありますが、自然界でできた鯨骨生物群集を目にしたのは初めてです。引き寄せられるように見入りました。
北里:私はそのとき母船「よこすか」の司令室で、10秒遅れで届く「しんかい6500」の映像を研究者たちと見ていました。鯨骨が映し出されたとき、私はあまりの予想外の出来事に茫然としてしまいました(写真7)。横では鯨骨の実物を初めて見るスミダ・パウロ博士が空を仰ぐように手を上げ床にひれ伏したりと、とにかく大興奮していました。
藤原:パウロさんというのは、日系三世で深海生物学の専門家です。ハワイ留学時代に、先ほど話した鯨骨発見者であるスミス博士のもとで研究をしていて、ちょうどブラジル沖航海後には鯨骨を海底に沈めて実験する予定だったのです。
藤原:鯨骨は脊椎骨が8個、骨端板が10個ありました。長さは3~4mかと思います。表面に群がる生物をスラープガンで吸いとってから、鯨骨を全体的にいくつかマニピュレータでつかんで採集しました。
北里:そして、翌々日にもう一度鯨骨発見現場へ行き、残りの鯨骨もすべて採集してきました。鯨骨生物群集のサンプルを全部集め徹底的に調べて論文にしようと考えたためです。
藤原:鯨骨や生物などの試料は船上に上がるとすぐに、準備しておいた冷たい海水入りのバケツなどに移して冷蔵庫に保存します(写真8)。
藤原:そして1個ずつ顕微鏡で観察していきます。生物は鯨骨の表面だけではなく骨の中にもいるので、骨をくずさなければなりません。ふだんはお医者様が手術で骨を切る際に使うニッパーや小さなノコなどをそろえた専用の鯨骨解剖セットを使いますが、今回は持ってきていなかったので、手元にある解剖セットから使えるものを使いました。
こうした作業はパウロさんと一緒に取り組みました(写真9)。彼にとっては初めての鯨骨の分析です。鯨骨のどこを見てどう触って何をすべきなのか、我々の方法を見せたりしました。パウロさんを始めブラジル側の研究者は下船後も崩した鯨骨をさらに崩して生物を採集し、隅から隅まできっちり分析しました。そうしてまとめたのが、今回の論文です。
藤原:鯨骨の正体は、体長5mほどのクロミンククジラだとわかりました。
鯨骨にいた生物は、ゴカイの仲間28種、コシオリエビ数種、ルビスピラ属など巻貝2種、ホネクイハナムシなどを少なくとも41種を確認しました。ほとんどが新種だと思います。
一部を見てみましょう。まずは写真10です。骨の断面で、黄緑の部分がホネクイハナムシです。
藤原:ホネクイハナムシは鯨骨に根を張り、そこから有機物を吸収します。ほら、骨の内部がスカスカになって、食い尽くされているのが見て取れますね。
このホネクイハナムシは世界最深の種類で、サイズも大きい方です。特徴は、パルプの付け根にある黄色いエリと呼ばれる構造です(写真11)。大きなエリを持つもの、小さなエリを持つもの、そして持たないものがいました。エリは分類上の基準になると言われていたので3種類のホネクイハナムシを発見したと思いましたが、遺伝子解析結果、それら3つは同種だということがわかりました。
藤原:ホネクイハナムシは、鯨骨生物群集の中でも取り出すのが特に難しい生物です。ほとんどの動物はボディプランが、人間なら指5本、犬ならあの形、と決まっているのに、ホネクイハナムシの根は植物の根のように自由自在に伸長します。とてもやわらかいですし、他の個体と絡むこともあります。かたい骨をばりっと割れば、勢いでホネクイハナムシは簡単に千切れてしまいます。今回も丁寧に慎重に扱いました。
鯨骨から見つかった他の生物も見てみましょう。
藤原:さらに、今回のブラジル沖の鯨骨が発見された深さは4,204mで、それまでの記録だった鳥島海山の4,037mを更新しました(図4)。
藤原:鯨骨生物群集が存在する水深範囲を167m拡大するとともに、そこに群がる多くの生物の分布範囲を1,000m以上拡大しました。たとえばホネクイハナムシが生息するのは水深約3,000mまでと考えられてきましたが、今回の更新により4,204mまで広がったのです。もっと深いところまでいる可能性が示唆されたことにもなります。生物の進化を考えた時に、何が起きてどのように深い方へ適応したのかを調べる対象としても重要な発見になりました。
また、鯨骨が大西洋でも発見された事実は、鯨骨生物群集がどの海にもいる可能性を示しています。
藤原:分析の結果、ブラジル沖鯨骨生物群集と、北東太平洋の鯨骨や熱水・湧水域の生物群集に、強いつながりが見えてきました(図5)。
藤原:サンパウロ海嶺から北東太平洋沖は南米大陸を南回りにしておよそ1万8000㎞の距離です。
分析の結果、ブラジル沖の鯨骨から見つかったホネクイハナムシ類(写真11)と最も近縁なのは、北東太平洋のモントレー湾の鯨骨から見つかったフランクホネクイハナムシだったのです。ブラジルに比較的近い南氷洋で過去に見つかったホネクイハナムシ類よりも、です。また、巻貝であるルビスピラ類は、それまで北東太平洋モントレー湾の鯨骨生物群集でしか見つかっていませんでしたが、今回ブラジル沖の鯨骨から見つかりました。北東太平洋の熱水噴出域や湧水域なども含めると、ゴカイの仲間の多くが同様の傾向を示していました。
藤原:実はこれまでにも、数千㎞離れた熱水噴出域や湧水域で遺伝子的に同種の生物が見つかっています。たとえばインド洋とパプアニューギニアの熱水噴出域では、遺伝的に非常に近いシンカイヒバリガイの仲間が発見されました。熱水噴出域や湧水域に生息する生物は湧き出す硫化水素やメタンに依存して暮らしており移動能力も低いはずなのに、です。
なぜ、そんなに離れた場所の生物が共通するのか。その理由として1989年にスミス博士が提唱したのが、鯨骨の「飛び石仮説」です。熱水噴出域・湧水域の動物が、たまたま近くに落ちていた鯨骨を飛び石のようにして伝って分布範囲を広げたのではないか、という説です(図6)。
藤原:しかし、鯨骨と熱水噴出域・湧水域に共通する動物は限られ、また鯨骨に生息する動物の子孫が熱水噴出域・湧水域に定着した証拠もなかったため、飛び石仮説は証明されていませんでした。
藤原:まだ結論づけられません。ブラジル沖の鯨骨生物群集は他に比べて水深が深いのもあって、近縁ではあるものの北東太平洋と全く同じ種は出てこなかったためです。同種が出てこなかったため、現生の動物がどのように分布域を拡大するのかを推定した「飛び石仮説」を議論することはできません。
しかし鯨骨生物群集は、分断ではなく「分散」で広がったことははっきりとわかりました。
藤原:生物が生息範囲を広げる過程には、大きく「分断」と「分散」があると言われます。分断(図7左)は、たとえばプレート移動によって熱水噴出孔周辺の生物の生息場所が分断され生息範囲が広がることです。離れ離れになった生物は徐々にそれぞれ進化し、新しい種へと分かれていきます。そのため近距離で生息する生物ほど遺伝的に近く、遠距離になるほど遺伝的にも遠い別種になります。
分散(図7右)では、例えば海流によって幼生が遠くに流された先で生き残るといった例が挙げられます。したがって遠く離れた場所でも遺伝子的に近い生物が存在することもあります。今回の発見によって、鯨骨生物群集に暮らす動物たちの多くが分散によってその生息範囲を拡げている可能性が高い、ということを明らかにしました。
藤原:硫化水素に依存するという共通点があっても、熱水噴出域・湧水域と鯨骨生物群集では、まったく違う方法で分布範囲を広げることが分かってきました。
藤原:現段階で予定はありませんが、もしまたブラジルと共同でブラジル沖を潜航調査できれば、リオグランデ海膨に鯨の遺骸を沈めたいと考えます。リオグランデ海膨では、その巨大な山体を挟むように、北大西洋からの海水と、南極からの海水がぶつかっています。その山の北側と南側の同じ水深で鯨の遺骸を沈めて、生物にどれだけ違いがあるのか調べれば、世界の生きもの分布がどのように起きたのか一端を見ることができると期待します。飛び石仮説の検証にも役立つと思います。
北里:ブラジル沖航海では、鯨に関係する発見が他にもありました。地質学者であるアドルフォ博士の潜航ではクジラの頭の骨の化石を発見しました(写真12)。それも、500万年前より古いものでした。クジラの死後、堆積物中に埋没するなどしてホネクイハナムシの攻撃が避けられ、その後、マンガン層が覆ったことによって、頭骨が保存されたのだと考えています。私の潜航では、岩石だと思って採取したものが、実は鯨骨でした。船のまわりでは鯨を何頭か見かけたので、もしかしたら今回の調査海域は鯨の通り道だったのかもしれません。
北里:他にも、南極からの海流を思わせるリップルマーク(さざ波痕)や、火山岩で構成される山の岩肌がすべて黒色の鉄マンガンクラストで覆われていることなどを確認しました。
率直に、有人潜水調査船を初めて南大西洋まで持っていき、ブラジルと共同で航海ができ、新たな発見を得られたことに、感謝しています。
そして、こうした成果は「しんかい6500」だからこそ得られたのだと思います。無人探査機を使った調査とは違い、有人探査は人間の勘が働きます。鯨骨発見の時は、白い物体がぽつぽつとあるよね、と気づけたのは人間の眼で見ていたからこそ。ぼわっとしたものを見つけ出し、近寄ってみよう、と次のアクションにつなげられたのは、人間だからこそ。すべて「しんかい6500」による有人潜水調査だからこそ得られた成果だと思います。
もし「QUELLE2013」に続く世界一周航海ができれば、今度は地中海、紅海、黒海などを巡りたいです。これらの海域では、海底から噴き出す熱水は数百度に達し、金属をたくさん含んでいる場合があります。アクセスは難しく、何より危険が伴います。こうした極限環境の海が、地球上には手つかずのまま残っています。そうした海に行って、実際にその場所の環境とそこにいる生物を見たい、と考えています。