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話題の研究 謎解き解説

東北地方太平洋沖地震で断層すべり65m

2011年の東北地方太平洋沖地震で、宮城県沖の海底断層のすべり量は65mに達していたことが数値計算から推定されました。

2011年東北地方太平洋沖地震時に海溝軸で最大となった断層すべりを評価
―海溝軸付近の浅部プレート境界断層すべりの性質を知る手がかり―

論文タイトル
Large fault slip peaking at trench in the 2011 Tohoku-oki earthquake

  • 断層が海溝軸まですべると巨大地震と巨大津波を引き起こしうるため、断層がどのようにどれだけすべる性質なのかを明らかにすることは極めて重要である。
  • 2011年の東北地方太平洋沖地震の断層について数値計算した結果、宮城県沖では断層すべりが海溝軸に達し、そのすべり量は65mに達していたと推定された。
  • 断層には震源から伝わってきたすべりを加速させたり止めたりする性質があるが、本研究では、宮城沖の海溝軸付近の断層はその中間の性質であることが示された。

この論文を英科学誌「Nature Communications」電子版に発表した冨士原敏也主任技術研究員に話を聞きました。

地震と津波のリスク評価で極めて重要な断層の「すべり量」

冨士原さん、こんにちは。断層のすべり量というのは、具体的にどの部分のことをいうのですか?


写真 冨士原敏也主任技術研究員

日本海溝では北米プレートの下に太平洋プレートが沈み込んでいきますが、2つのプレートの境界面の一部は硬く固着しているためにスムーズには沈み込まず、大陸プレートはひっかかるように引きずり込まれて歪みが蓄積しています(図1)。2011年3月11日、その歪みが限界に達して固着がはがれたことでプレート境界が震源断層となり、宮城沖、三陸沖、福島沖にわたる断層が大きくすべってM9.0の東北地方太平洋沖地震と巨大津波が発生しました。


図1 東北地方太平洋沖地震の震源域と発生メカニズム。左図の星印は震源(深さ24km)を示す。

断層すべり量とは、そのプレート境界でくっついていた岩石が破壊してずれ動いた量を指します(図2)。すべり量は断層部分にある物質と上からの荷重によって変わります。


図2 断層のすべり量

東北地方太平洋沖地震では、その断層すべりが海溝軸にまで至りました。それによって断層面積が拡大し、海底地形は大きく変動、巨大津波を引き起こしたのです。したがって、断層がどのようにどれくらいすべる性質なのか、特に海溝付近ではどのような動きになるのかを明らかにすることは極めて重要です。

断層のすべり量は、どのような地震と津波が起きうるのかその”リスク”を評価することにつながるのですね。

地震直後の2011年に私は、地震により海底地形が水平方向に50m移動し、鉛直方向に10m隆起したことを論文発表しました。これは、1999年にJAMSTECが取得した宮城県沖の海底地形データと、地震直後の2011年3月に深海調査研究船「かいれい」が同じ海域でマルチビーム音響測深機(図3)を使って取得した海底地形データを比較して明らかにした、地形の“ずれ”です。しかしながら、マルチビーム音響測深機による海底地形データはもともとメートル単位の地形変動を見るものではなく、解析には限界がありました。

図3左:深海調査研究船「かいれい」。右:マルチビーム音響測深機のイメージ。
海底に向かって船から扇状に音波を発信し、海底で反射して戻ってくるまでの時間から深さを算出して海底地形データを取得する。音波の扇の角度は90-150度。海底の深さによって、一度にデータを取得できる海底地形の幅が変わってくる。浅いほど幅が狭く、深いほど幅が広がる。

その後、論文を読んだカナダ・ビクトリア大学、カナダ地質調査所・太平洋地球科学センターの先生から、さらに精密に調べて「断層すべり量」を明らかにしようと誘われました。アメリカ西海岸沖にもプレートの沈み込みがあり、地震研究で彼らとはもともとつながりがあったのです。

岩石の剛性を組み入れ日本海溝周辺を解析

地形のずれから、さらに詳しく「断層のすべり量」を調べようというのですね。どのように調べたのですか?

解析では宮城県沖の海溝から陸側へ40㎞の範囲を対象に、まず地震後の海底地形データと地震前の海底地形データを比較しました。陸と同じように海底にも山などの起伏があります。海底がずれたとき、山の頂だった場所に山の尾根がきたら海底が下降したことになるし、山の尾根だった場所に山が来たら海底が上昇したことになります(図4)。


図4 海底地形の変動

そうして算出した海底地形の「変動量」が、図5上です。上から海底を見下ろしたイメージです。緑~黄~赤色にかけて海底地形が上昇、青~紫は下降を示します。


図5上 上から海底を見下ろしたときの、海底の変動量。
緑~黄~赤色にかけて海底地形が上昇、青~紫は下降を示す。図下は海底を切って横から見た断面図

その変動量が生じるには、断層がどれだけすべらなければならないのか。それを知るため、コンピュータを使った数値計算をしました。

どのような数値計算をしたのですか?

モデルを使って地球の地殻構造をブロック(格子)に区切り、各格子点における岩石の状態を計算して日本海溝周辺を再現しました(図6)。このモデルの特徴は、岩石の剛性が組み込まれている点です。こんにゃくが伸び縮みするように、断層がすべれば北米プレートの一部は縮み一部が伸びます。ブロックごとに見たときに、断層がすべるとブロックはどう変形するのか。それは隣のブロック、さらにその隣のブロックにはどのような影響を与えるのか。そして海底地形はどう変動するのか。そうしたプレートの内部変形を精密に計算できるこのモデルを使って、どこにどんな断層すべりがあれば図5の海底地形変動を説明できるのか最適なすべり量を求めました。


図6 数値計算のイメージ。変動が大きい場所ほど細かいブロックに区切っている。

結果はいかがでしたか?

海溝軸に向かって断層すべり量を約5mずつ増加させ、海溝軸で65mに達するようにすると、海底地形の変動量と最も合うことがわかりました(図7)。平均のすべり量は62mでした。

図7 数値計算の結果、断層すべりを徐々に増加させ海溝軸付近で65mに達するようにした場合に、
図5の海底地形の変動量に最も合うことが分かった。

つまり東北地方太平洋沖地震では、海底下24㎞の震源から伝わってきた断層すべりが徐々に増加し、海溝軸で最大となったと推定された、ということですね。

その通りです。すべり量というと大抵のM4くらいの地震で数㎝、大きい地震(M7以上)で数m。今回のすべり量は驚異的な数値です。もしかしたら1896年の明治三陸地震(M8.2- 8.5)や2004年のスマトラ沖地震(M9.1)で局所的にこの規模のすべりがあったかもしれませんが、観測はされていません。

複雑にふるまう宮城県沖の断層

海溝軸に向かってすべりが大きくなっていったのですね。

これまでの研究から断層のすべり方には、2種類あると考えられてきました。1つ(図8左)は、普段は硬く固着しているのに、一旦すべったら摩擦力が低下して一気にすべる性質です。この場合、海溝軸に向かってすべり量は加速的に増加します。

もう一つ(図8右)は、深部から伝わってきたすべりを“止める”という正反対の性質です。プレートの沈みこみ浅部では、太平洋プレートは水が多く含まれ柔らかい状態です。また、太平洋プレートが日本海溝から沈み込む際には太平洋プレート上の堆積物が削り取られるように北米プレートに付け加わるのですが、それも柔らかい。そういう上も下もやわらかい場所はプレートが固着しておらず常にずるずるすべっていて、深部からすべりが伝わってきたときには止めるような働きをするのです。過去の地震記録を見ても、震源から伝わるすべりはある程度の深さで止まっていました。この性質の場合は、すべり量は海溝軸に向かって減っていきます。


図8 断層の性質2種類。左が、一度すべると一気にすべる性質。右がすべりを止める性質。

断層は、“すべりを止める”か“一気にすべる”かという正反対の性質に分けられていたのですね。

一方で、2012年に地球深部探査船「ちきゅう」による研究航海で採取した断層試料の分析(図9)から、非常にすべりやすい性質を持つ粘土「スメクタイト」が確認されました。


図9 地球深部探査船「ちきゅう」。
宮城県沖約220㎞で、水深約6,900mの海底を約850m掘り、断層部分を含むコアを採取した。

そのスメクタイトに含まれる水分が断層すべりに伴う摩擦熱で膨張して断層をよりすべりやすくしたために、巨大地震が起きたと考えられています(図10)。


図10 断層のすべりイメージ。
摩擦によってスメクタイトに含まれる水分が膨張し、断層をさらに滑りやすくしたと考えられる。

さらにその断層試料の分析とモデル計算を行った大阪大学などの研究チームは2016年に、海溝付近の断層すべりは80mにも達する可能性を報告しました。東北地方太平洋沖地震については色々な人が研究していて、断層すべり量は我々の結果より大きかった可能性も指摘されているのです。

ということは、宮城県沖の断層は、一気にすべる前者の性質だった、ということでしょうか。

それが、今回の研究では“一気にすべる”と“すべりを止める”のどちらでもない、「中間」だと示されました。図11は、これまでに発表された数値モデル44通りと今回の数値モデルを使って、海溝軸からの距離に対して断層すべりがどのように変化するのか数値計算したグラフです。緑線が断層すべりが加速するモデル、赤線がすべりを止めるモデル、青線が今回のモデルを使った結果です。青線は、緑と赤のほぼ中間にありますね。


図11 海溝軸からの距離と、地震時の断層のすべりの関係。

何が起きているのでしょうか。

一つの可能性としては、地下深部から伝搬してきた地震の破壊を、最初は止めるような働きをしていた。けれどすべりが大きくなり、急にすべり出した。結果として、止めるわけでもないけれど、加速的にすべったわけでもない、ということになったんじゃないかと考えています。

そうなのですね。。とはいえそんなに大きくすべったならば、今後しばらく大きな地震は起きないと期待してもいいですか?

それはわかりません。明治三陸地震(1896年)で津波地震を起こしたところが2011年に再び大きくすべった可能性もあります。今回すべったからしばらくすべらないとは限りません。

断層の様々な動きを詳しく解明したい

海溝軸付近の断層の動きは複雑ですね。今後はどのような研究をされるのでしょうか。

今回、東北地方太平洋沖地震の断層すべり量が分かったことで、宮城県沖での海溝軸付近の断層の動きの特性について理解が進みました。ただ、こうした特性は地域によって異なります。宮城沖の海溝軸には斜面が伴うため、それが海水を押すような津波への影響もありました。そうした場所による違いを踏まえ、海溝付近の断層の性質マッピングのようなもの作って役立てたいと考えています。また、マルチビーム音響測深機は本来は海底地形そのものを見るもので、細かい変動を見るにはどうしても誤差や不確かさが含まれます。マルチビーム音響測深機を海底地形変動を検出する手段とするときには、どういう観測をすべきか、精度はどれくらい必要なのかなど、将来に向けた指針を立てたいと思っています。東北地方太平洋沖地震で何が起きたのか、漏らさず明らかにしていかなければならないと思っています。

ありがとうございました。