日本列島の太平洋側を流れる「黒潮」が、冬に大雨や大雪をもたらす「爆弾低気圧」を発達させる要因になっていることが明らかになりました。
黒潮が爆弾低気圧を呼ぶ~黒潮が爆弾低気圧とジェット気流を変調する新たなメカニズムを提唱~
論文タイトル
Storm-track response to SST fronts in the Northwestern Pacific region in an AGCM
この成果を米国専門誌「Journal of Climate」電子版に発表した吉田聡研究員に話を聞きました。
爆弾低気圧とは、温帯低気圧のうち、東京と同じ緯度の北緯35度付近では中心気圧が1日で16hPa以上急低下したものを指します(図1)。
最大風速で強さを決める台風(最大風速が秒速約17m以上が台風)とは異なり、爆弾低気圧は“発達速度”を指標とします。どんなに中心気圧が低気圧でもゆっくりと発達したなら爆弾低気圧とは呼びません。また、一度でも基準を超える急発達をすれば爆弾低気圧と呼ぶので、中心気圧が必ずしも台風並みに低くなるわけでもありません。
簡単に言えば、上層で発生した渦が下層に低気圧を引き起こし、その下層の低気圧によって上層の渦が強くなり結合して、爆弾低気圧に発達するイメージです。
ここからは図2を見てください。高度10㎞付近では非常に強い西風(偏西風)が常に吹いていて、その西風の特に強い部分をジェット気流と呼びます。ジェット気流はうねうねと蛇行し、それに伴い渦ができています。一方、下層(海上の大気)では、寒気と暖気の境目となる前線ができています。
上層の渦がくるくる回転すると、次第に下層にも渦ができます。その下層の渦に伴い暖かい空気が上昇を始めると(上昇気流)、それを補うように周囲から渦に向かって風が吹き込みます。同時に上昇気流によって海上から水蒸気が持ち上げられ、上層で冷やされて水蒸気の水の粒が大きくなると雲ができ雨が降ります。雲ができるときには熱が出て、今度はその熱でさらに強い上昇気流が発生します。すると渦の中心の気圧は下がって周囲から吹きこんでくる風はさらに強くなり、渦の回転も速くなって、下層で低気圧が発達していきます。こうした下層の低気圧によって上層の渦が強くなり結合して、爆弾低気圧が急激に発達します。
日本では、ひと冬で数十個の爆弾低気圧が発生します。
その通りです。
1980年に発表された論文で、その爆弾低気圧が、日本列島の南側を流れる暖流・黒潮と北大西洋を流れる暖流・メキシコ湾流の周辺に多いことが指摘されました(図3)。しかしその因果関係は不明でした。
地球規模のこうした現象の研究はコンピュータを使った数値実験が有効で、このときモデルを使って地球大気や海洋を細かくブロック(格子)に分けて格子点で気圧や気温、海水温、風などを計算して地球を再現します(図4)。
ところが従来のモデルは格子幅が100~200㎞で、幅100㎞程度の黒潮に伴う海面水温分布を表現するには解像度が足りなかったのです。
今回はJAMSTECが開発した大気大循環モデル「AFES」(Atmospheric general circulation model For the Earth Simulator)を使いました。スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って50㎞の格子幅で計算できるので、黒潮を再現できるはず。
黒潮は大気にどんな影響を与えるのか。1981年9月から2001年8月まで20年間の人工衛星とブイによる海面水温観測データを元に、大気モデルによる数値実験を行い、黒潮が有る場合と人工的に黒潮を無くした場合で大気がどう変わるか比較しました。
1月は黒潮があることによって、北西太平洋では爆弾低気圧が活発に、反対に北東太平洋では活発ではなくなることがわかりました(図5)。
お風呂でお湯から湯気が上がるように、熱帯から流れてくるあたたかい黒潮からは熱と水蒸気が放出されます。それをエネルギーに下層では低気圧が発達しやすくなります。そうなると仮に上層の渦がそれほど強くないときでも、下層で発生する低気圧がその熱をエネルギー源に爆弾低気圧として発達しやすくなるのだと考えます。
今回の実験では、1月だけでした。12月はジェット気流も上層の渦も黒潮の流路よりずっと北の北海道やオホーツク海の上にあります。だから上層の渦と黒潮は結合しません。
2月は、ジェット気流は黒潮上にあるものの、大気下層付近の気温が低いため、大気が海から受け取れる熱と水蒸気が少なくなり、爆弾低気圧に発達しにくかったのだと考えます。
では、爆弾低気圧が北西太平洋に集中すると他の地域はどうなるのか。それを知るため気候を大きく左右するジェット気流への影響を調べました。
図6は、1981年から2001年にかけて1月にジェット気流が何回上空を通ったかを地点ごとに数えたものです。右上は黒潮有りの場合、右下が黒潮無しの場合です。
黒潮有りでは北東太平洋でジェット気流の位置が南北に分かれますが、黒潮無しでは分かれません。ジェット気流は北東太平洋で北に流れたり南に流れたりと南北の蛇行が活発になっていることを意味します。
爆弾低気圧では下から上昇してきた空気が上から出ていきます。その強い流れがジェット気流の進路を押し曲げた結果、北東太平洋で蛇行が活発になるのだと考えます。
北米大陸のアラスカ湾付近では高気圧が強くて降水量が減り、ハワイ周辺は降水量が増えることが明らかになりました。
熱帯域から熱を運んでくる黒潮は、爆弾低気圧を急発達させ、それによってジェット気流の南北蛇行が活発化して、その先の降水量に影響を与えるという大きな流れが明らかになりました。
実は、初めに先行研究で用いられてきた低気圧が熱帯から極に運ぶ熱量を調べたとき、黒潮があってもなくてもほとんど変わりませんでした。
しかし詳しく調べていくと、黒潮は低気圧の中でも“爆弾低気圧だけ”を変えることが判明し、そこからジェット気流の南北蛇行も説明がつくようになりました。この結果が出たときは自分でも驚きましたし、「まちがいでは」と何度も確認してしまいました。
今回解析した1982年から2001年までは、地球温暖化が進行した時代にあたります。ならば、温暖化が進行する前の1950~1980年代のデータで実験をしたらどんな結果が出るのか。それを調べたいです。その頃は水温も現在より低く、先ほど話した2月と同様、低温の黒潮は爆弾低気圧に影響を与えなかったかもしれません。
今回の結果はあくまで、現在の状況です。過去と未来で黒潮の役割は異なり、今後地球温暖化が進めば、黒潮が大気に与える影響がより大きくなる可能性もあります。逆に、寒冷化したらどうなるのか。時代や状況による黒潮の役割を、調べたいと考えています。
温暖化予測や季節予報を行う現在の気候モデルの多くは格子幅が100㎞以上で、黒潮も爆弾低気圧も再現されていません。今回の結果をふまえてより高解像度な予測ができれば、信頼度のより高い予測ができると期待しています。