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話題の研究 謎解き解説

東アジアの人為的CO2排出量の過大評価を補正する新しい手法と知見

地球上の二酸化炭素(CO2)は、どこでどれだけ吸収され排出されているのか。その収支を調べる研究が各国で行われています。先行研究では東アジアで陸域生態系のCO2吸収量が顕著に増加していることが報告されましたが、このたび、それを覆す論文が発表されました。

東アジアの炭素収支の問題に決着:東アジア陸域生態系によるCO2吸収は進んでいない
―中国からの人為起源排出量のバイアス影響を新たな手法で評価―

論文タイトル
Implications of overestimated anthropogenic CO2 emissions on East Asian and global land CO2 flux inversion

  • CO2は、地球上に生命が存続する上で不可欠であるが、人間活動で排出されるCO2増加によって温室効果が強まり、地球全体の気候への影響が心配されている。そのため、地球上のCO2の排出吸収量を定量的に明らかにする必要がある。
  • CO2の排出吸収量について、独自に開発した大気化学輸送モデルとCO2とメタン(CH4)の大気観測データを利用した新たな手法で解析した。
  • 2000年代の東アジアの化石燃料起源のCO2排出量は過大評価されていた可能性が示され、それを補正すると、近年報告された東アジアの陸域生態系によるCO2吸収量の増加はみられなかった。

この論文を「Geoscience Letters」に発表した佐伯田鶴特別研究員(現所属;国立研究開発法人 国立環境研究所)にお話を聞きます。

【目次】
東アジアにおける炭素収支の問題
大気化学輸送モデルとメタンを利用した新たな手法で、CO2排出量を推定
東アジアにおける化石燃料起源のCO2排出量の過大評価を補正
気候変動に関する取り組みに役立つと期待

東アジアにおける炭素収支の問題

こんにちは。CO2というと排出量削減に向けた取り組みを耳にします。そのCO2の吸収の増加が東アジアでみられないことがわかったって、どういうことでしょうか?


写真1 佐伯 田鶴 研究員

吸収の話の前に、まず地球上のCO2についてお話ししましょう。CO2と聞くと地球温暖化を連想するかもしれません。けれど、大気中にCO2などの温室効果気体があるおかげで地球が平均15℃に保たれ、地球上に生命が存続できます。CO2は大切な気体です。

CO2は様々なところで排出・吸収されます(図1)。陸域では、生態系の呼吸や土壌中の有機物の分解などにより大気に放出され、植物の光合成により大気から陸へ吸収されます。また、石炭や石油などの化石燃料を燃やすとCO2が大量に排出されます。大気と海の間でもCO2が放出・吸収されます。

我々は、植物を食べたり、または植物を食べた動物を食べたりすることによって、植物の光合成によって取り込まれた有機炭素を身体に取り込みます。炭素(C)は生物の身体を構成する重要な物質の一つです。動物や人間の呼吸によりCO2は吐き出され、また大気へ戻っていきます。このようにCO2は形を変えて大気や陸、海、生物の間をぐるぐると回っています。これを炭素循環と言います。


図1 地球上で繰り広げられる二酸化炭素の吸収と排出

CO2は地球上のあらゆるところで排出・吸収されているのですね。

産業革命以降、化石燃料が大量に使われるようになると、大気中に排出されるCO2が急増しました。これによって温室効果が強まり、地球温暖化が社会問題となっています。CO2排出規制は各国の重要な課題です。

私は、CO2が地球のどこからどれくらい放出され吸収されるのか、その仕組みはどうなっているのかを定量的に推定することが研究チームの使命だと考えています。しかし、そうした研究を進める中で直面したのが「東アジアにおける炭素収支問題」(図2)です。今回の研究のきっかけにもなりました。


図2 研究対象とした東アジア(中国、日本、韓国、モンゴル)

「東アジアにおける炭素収支問題」とは、何ですか?

東アジアにおける炭素収支問題には2つの問題が含まれます。まず、先行研究で、1990年代末から2010年ごろにかけて東アジアにおける陸域の吸収量が顕著に増加していることが報告されていますが(増加量は1年間に約0.56PgC(PgC:炭素換算でペタ(千兆)グラム;1Pg=1015g))、その理由が不明だという問題です(図3)。この研究はノルウェーのR. L. トンプソン博士を中心に、我々の研究チームも携わりました。

図3 東アジアにおける陸域生態系によるCO2吸収排出量(Thompson et al., Nature Comm., 2016)(縦軸のプラスは陸から大気への放出、マイナスは大気から陸域への吸収を表す)

もう1つは、解析に用いるデータの不確実性の問題です。国内外の機関では、各国の石炭や石油などのエネルギー消費など様々な「社会経済統計」のデータを基にして人為起源のCO2排出量を算出しています(図4)。この社会経済統計等に基づく排出量は比較的信頼性が高いとされてきたのですが、中国については不確実性が大きいと最近複数の論文で指摘されているのです。

図4 社会経済統計に基づき算出される各国の化石燃料起源のCO2排出量(MtC/年)

東アジアにおける陸域生態系のCO2吸収量増加の理由がわからない問題、そしてそもそも社会経済統計に基づいた東アジアの化石燃料起源のCO2排出量が不確実なのではないか、というのが東アジアの炭素収支問題なのですね。