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研究者コラム

今夏は負のインド洋ダイポールモード現象が発生か?

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付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ

2024年晩秋から発生していた太平洋熱帯域のラニーニャ状態(2025年1月21日既報)ですが、4月10日に、気象庁エルニーニョ監視速報(No.391)で、エルニーニョ現象もラニーニャ現象も発生していない平常の状態となっているとの速報がありました。米国NOAAでも同様の報告がされています。確かに典型的なタイプ(熱帯太平洋中央・東部で海面水温が低くなるタイプ)としてのラニーニャ現象は終息したように見えますが、モドキタイプ(熱帯太平洋西部と東部で、海面水温が高くなり、中央部で海面水温が低くなるタイプ)として、継続しているようです(注1)。スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使ったアプリケーションラボの予測システム(注2)では、晩春から、ラニーニャモドキ状態も終息し、夏には熱帯太平洋は平年並みの状態になると予測しています。

今年の夏は、熱帯インド洋の動向に注意が必要です。予測の不確実性はまだ大きいものの、アプリケーションラボの予測システムでは、今夏に、負のインド洋ダイポールモード現象が発生すると予測しています(後述、図1)。予測通りに発生すれば、2020,2021,2022年と3年連続発生した負のインド洋ダイポールモード現象以来3年振りとなります(2024年の後半も負のダイポール的な状態でしたので、近年負のイベントが頻発していることも興味深いです)。この現象に伴い、インドネシアなどでは大雨・洪水の被害が甚大化する一方で、東アフリカ熱帯域では干ばつが発生しやすくなるかもしれません。負のインド洋ダイポールモード現象が発生した2020,2021,2022年は、7-8月に日本で豪雨被害も起きました。

世界各地に異常気象を起こす熱帯海洋の動向に今後も注意していく必要があります。アプリケーションラボのSINTEX-F予測シミュレーションの結果は毎月更新されます。最新情報は、SINTEX-FのHP季節ウォッチAPL Virtualearthなどをご参照ください。

インド洋のダイポールモード現象とは?

熱帯インド洋で見られる現象で、エルニーニョ現象と同じく、海と空が連動して変動する現象です。数年に1度、夏から秋にかけて発生します(詳細は季節ウォッチを参照)。ダイポールモード現象には正と負の符号をもつ現象があります。負のダイポールモード現象が発生すると、熱帯インド洋の南東部で海面水温が平年より高く、西部で海面水温が低くなります。この水温変動によって、通常時でも東インド洋熱帯域で活発な対流活動が、さらに活発となり、インドネシアなどでは大雨・洪水の被害が甚大化します。一方で、東アフリカ熱帯域では干ばつが発生しやすくなります。2020年、2021年、2022年と負のダイポールモード現象が3年連続発生し、東アフリカの多くの地域で深刻な干ばつに見舞われ、食料や飲み水の安全が著しく脅かされました(アプリケーションラボではそれらを事前予測する技術を磨いてきました。詳しくは、プレスリリース「東アフリカの極端な干ばつを数ヶ月前から予測可能に!―負のインド洋ダイポールモード現象の予測が鍵―)。

ダイポールモード現象の中緯度帯にある遠隔地(日本を含む)の気象への影響やエルニーニョ・ラニーニャ現象やモドキ現象との相互関係については、現在も国際的に活発な研究が続いています。最近の研究では、負のダイポールモード現象が発生した夏では、沖縄・台湾付近で熱帯低気圧(台風を含む)の存在頻度が減る傾向にあることが報告されています(詳しくは、プレスリリース「沖縄・台湾付近で、夏に熱帯低気圧が増えるかを数ヶ月前から予測可能に! ―インド洋ダイポールモード現象の予測が鍵―)。熱帯低気圧の存在頻度が減ると、それによる海のかき混ぜ冷却効果が弱まり、高温ストレスが強くかかることでサンゴの大規模白化が起こることが懸念されます。

負のダイポール発生時の模式図。陰影は海面水温の異常値を表していて、赤色は平年より水温が高く、青色は平年よりも水温が低いことを示す。白色のパッチは対流活動が強化していることを表し、矢印は海上風向の異常を表す。

インド洋ダイポールモード現象の発生は事前に予測できるか?

アプリケーションラボでは、SINTEX-Fと呼ばれる予測シミュレーション(注2)やスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って、インド洋ダイポールモード現象の予測研究を20年以上推進してきた実績があり、国際的に先駆的な成果を上げてきました。その社会への影響を考慮し、予測情報を毎月準リアルタイムに配信しています(詳しくはSINTEX-FのHP)。夏から秋にかけて発生するダイポールモード現象を、春の時点で予測することは難しいとされていますが、SINTEX-F予測シミュレーションは、その発生予測に成功した実績があります(例えば、2019年の非常に強い正のダイポールモード現象の発生予測に前年の秋の時点で成功しました。詳しくは、プレスリリース「2019年スーパーインド洋ダイポールモード現象の予測成功の鍵は熱帯太平洋のエルニーニョモドキ現象」)。

予測の不確実性はまだ大きいものの、アプリケーションラボの予測システムでは、今夏に、負のインド洋ダイポールモード現象が発生すると予測しています(図1)。今年の夏は、熱帯インド洋の動向に注意が必要です。

図1: インド洋ダイポールモード現象の指数DMI(西インド洋熱帯域の海面水温異常の東西差を示す数値で単位は°C)について。-0.5ºCを下回れば、負のダイポールモード現象が発生していると考えられる。黒線が観測で、2025年4月1日時点で予測したのが色線。SINTEX-F2と呼ばれる気候モデルを用いて、海面・海中の観測データを初期値に取り込み、初期値作成方法やモデルの設定を様々な方法で少しずつ変えて、スーパーコンピュータで24通りの予測実験を行った(アンサンサンブル予測と呼ぶ、紫色の線:アンサンブル平均値、水色や緑の線: 各アンサンブルメンバー)。予測の不確実性は大きいが, アンサンブルメンバーの平均値が7月から-0.5ºCを超えて下がっており、夏に負のインド洋ダイポールモード現象の発生を予測しているアンサンブルメンバーが多い。

注1: アプリケーションラボでは、エルニーニョ現象・ラニーニャ現象の事例毎の多様性に着目し、典型的なエルニーニョ現象やラニーニャ現象とは似て非なるエルニーニョモドキ現象、ラニーニャモドキ現象を見出し、国際的に研究を推進してきました。ラニーニャ現象は、熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より低くなりますが、ラニーニャモドキ現象は、熱帯太平洋の東部と西部で海面水温が平年より高くなり、中央部で海面水温が低くなります。ラニーニャモドキ現象に伴う偏差(平年からの差)の符号が逆である現象が、エルニーニョモドキ現象です。エルニーニョ現象に似て非なることから、アプリケーションラボの山形俊男博士らによりエルニーニョモドキ現象と名付けられました(詳しくは、こちら)。典型的なタイプとモドキタイプがそれぞれ世界各地へどのように影響するのかは、現在も活発に研究にされています。

注2: SINTEX-F予測シミュレーションは、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムです。まず、はじめに、予測開始時点での、海の水温の状況をよく知る必要があります。熱容量の大きい海の水温が、平年と違った状況にあると、数ヶ月先でもその情報が消えず、エルニーニョ現象やダイポール現象を引き起こす“種”の役割をします。現在は、人工衛星や、係留ブイ、アルゴフロートと呼ばれる自動浮き沈み測器などによって、時時刻刻と変化する海面および海中の水温を、リアルタイムで観測することができます。その情報を気候モデルに教え込むことで、将来の予測シミュレーションを実施します。リアルな海からバーチャルな海へのバトンパスともいえます。気候モデルとは、海だけでなく空-陸-海氷などに対して、主に物理法則に従って、10分程度の未来を計算できる数式の集まりで構成されており、この計算を繰り返すことで、何ヶ月も先の未来の状況を予測計算できるソフトウェアです。気候モデルの源流は2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎博士の研究にあります(2021年10月5日既報)。その膨大な計算を実行するにはスーパーコンピュータが必要です。海洋研究開発機構は、海洋観測システムの発展に尽力していると共に(例えば、“【アルゴ2020】アルゴフロートで世界の海を測って20年”JAMSTECにおける熱帯観測網の発展動物由来の海洋観測データの利活用など)、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有します。アプリケーションラボでは、それらを効果的に使い、エルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象の発生予測だけでなく、それらの世界各地の気候への影響を予測(季節予測とも呼びます)する技術を磨いてきました。またそれを社会問題の解決に応用する術も研究しています。その先駆的な成果の詳細は、SINTEX-FのHPアプリケーションラボのトピックスをご覧ください。

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