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話題の研究 謎解き解説

深海熱水系は「天然の発電所!」

【目次】
深海熱水噴出域で、発電現象が起きている?
深海熱水噴出域で、電位を計測
生命の起源の解明や発電利用への期待

深海熱水噴出域で、電位を計測

電位とは何ですか?

電位とは電子の渡しやすさ・受け取りやすさを示すもので、測定値がマイナスほど電子を渡しやすく、プラスほど電子を受け取りやすいことを意味します(図4)。2つの物質の電位を測ったときの差が電圧で、電圧が高いほど電流を流そうとする働きが強くなります。


図4 電位のイメージ

「深海熱水噴出域で発電現象が起きている」という私の仮説が正しければ、電子は、熱水からチムニーを通って海水へと伝わっているはず。そうすると電位を計測したときに数値が、熱水からチムニー、海水に向かってマイナスからプラスに上がっていくはずです。それを確かめるために、2015年に、「深海用電気化学測定システム」を無人探査機「ハイパードルフィン」に搭載して、沖縄本島から150㎞北西(図5)の水深約1,000mの深海熱水噴出域を目指しました(図6)。


図5 潜航海域

図6 無人探査機「ハイパードルフィン」に搭載した深海用電気化学測定システム

潜航はいかがでしたか?

まずはキノコのような形をした深海熱水噴出孔を計測しました(図7)。測定値はコンピュータを使ってリアルタイムで確認できます。


図7 水深1,075mの熱水噴出孔

深海熱水噴出域の海水の電位は約+466mVで、キノコの笠の下にたまった熱水は-96 mVでした。

熱水は「電子をあげたい」、海水は「電子が欲しい」状態ですね。

では、熱水の電子はチムニーに伝わってきているか。伝わっていれば、チムニー表面の電位が―96mV(熱水の電位)~+466mV(海水の電位)の範囲で熱水の計測値寄りになるはずです。

オペレーションチームが、海流で揺れる「ハイパードルフィン」を慎重に操作しながら深海用電気化学測定システムの電極をチムニーにあてました。

電極は繊細なので壊さないように計測するのは極めて難しく、高度なオペレーション技術が求められます。船上にいた「ハイパードルフィン」の運航の指揮を執る大野芳生運航長と私の間ではこんなやり取りが繰り広げられていました。

***船上でのやりとり劇場***

山本:「(チムニーを電極で)触ってください」
大野運航長:(操作するパイロットたちに指示を出しながら)「ちょっと待って…」(電極でゴエモンコシオリエビの群集をかき分けるように)「どいて、どいて」

→電極が一瞬チムニーに接触。

山本:「あ!ちょっと電位が変わった!もっとしっかりあててください!」
大野運航長:「えー!」(もっと!?むずかしい!)

→電極がしっかりチムニーに接触。

山本:「わー電位が下がった!!!」
大野運航長:(ちゃんと測定できているか心配しながら)「いい!? いい!?」

***

それまで海水(+466mV)に接触していた電極がチムニーに触れた瞬間に、電位が一気に下がって+49mVになったのです(図8)!


図8 電位の変化

予想通り、熱水から電子がチムニーに伝わっている! 興奮する一方で、「自分の仮説が正しいのではなく、別の要因が働いているのでは」とも疑いました。共同研究者である理化学研究所の中村龍平さんと、ああでもないこうでもない、あれをすればその疑いを払拭できる、などと議論を交わしました。

興奮しながらも冷静ですね。

深海熱水噴出域の発電はどこまで広がっているのか。それを見るため4日後に別の深海熱水噴出孔を中心に約100mの範囲を計測したところ、広範囲で発電現象が確認されました。電位は、チムニーのトップからふもとに向かってマイナスからプラスの値になりました(図9)。


図9 場所により変わる電位 水深1,071メートル

こうした電位の変化は、海水に対する電圧(海水との電位の差)がトップの方が高く、ふもとは低いことを意味します(図10)。


図10 電位(赤いバー)と電圧(黒矢印)

なぜ、チムニーのトップと麓で電圧が変わるのですか?

電子が同じ素材で同じ太さの物質を通るとき、通過距離が長いほど電気抵抗が大きくなって電流のロスが大きくなり、電圧が下がります(図11)。反対に、通過距離が短いほど電気抵抗は小さく電流のロスも小さくなり、電圧の下がり方も小さくなります。深海熱水噴出孔では、チムニートップは硫化鉱物が薄く電気抵抗は大きくならず電流ロスは小さく、反対にふもとは硫化鉱物が厚く抵抗が大きくなって電流ロスが大きくなったのだと思います。


図11 電気抵抗のイメージ

電位を手掛かりに海底下の水脈まで予想できてしまうのですね。では、深海熱水噴出域の発電現象が実証された、すなわち山本さんの仮説は正しかったと結論づけてよろしいでしょうか。

まだです。なぜなら、チムニーの硫化鉱物が錆びる過程で電子を海水に渡した電気反応を見た可能性があるからです。そこで、採取した硫化鉱物を使って室内実験をしました(写真2)。すると硫化鉱物そのものは電子を渡そうとする力はあまりないのに、硫化鉱物を熱水に浸すと、硫化水素から電子を受け取り、その電子を海水に渡すことが明らかになりました。硫化鉱物は熱水に触れて初めて、電子を海水に渡す力を得るのです。


写真2 試料を使った室内実験の様子

そうなのですね!

私たちが行った別の実験では、硫化鉱物の電位を人為的に低く下げてあげることで硫化鉱物からの電子を海水中の酸素が受け取る反応が確認されています。これらのことから、海底下の熱水に含まれる硫化水素から電子が渡され、硫化鉱物を伝わり、海水中の酸素が受け取ることで、電気が流れているとみられます(図12)。


図12 深海熱水噴出域における発電現象の概念図