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JAMSTECニュース:コラム

【コラム】爆弾低気圧は異常気象か?

2016年2月12日
アプリケーションラボ
気候変動予測応用グループ
吉田 聡 研究員

最近、「爆弾低気圧」という言葉を耳にする機会が多くなった。日本の気象庁は「爆弾低気圧」を公式用語として採用していないので、マスメディアや気象予報士や気象キャスターがわざわざ言い換えて使っていることになる。「ゲリラ豪雨」同様、インパクトがある言葉なのか、2012年には流行語大賞のトップ10にも選ばれた。私が爆弾低気圧の研究を始めた20世紀末にはほとんど知られていなかったので、まさに隔世の感である。しかしながら、言葉の広がりとともに「爆弾低気圧=異常気象」だという話も増えた気がする。「今まで知られていなかった言葉=新たな現象、すなわち異常」という発想だろうか。本コラムでは、2016年1月の爆弾低気圧活動を例に、気象庁の全球客観大気再解析データJRA-55(気象庁55年長期再解析)と週間アンサンブル予報結果を用いて、日本付近で発達する爆弾低気圧の本当のところに触れてみたい。

2013年1月14日にはJAMSTEC横浜研究所にも雪が積もりました。
(撮影:アプリケーションラボ山崎研究員)

爆弾低気圧とは

 爆弾低気圧の名は英語の”Bomb cyclone”の和訳である。気象学の学術論文では”explosive (developing) cyclone”とも呼ばれる。定義は緯度60度で規格化した低気圧の中心気圧が1日で24(単位:hPa×sin60°/sin(低気圧緯度))より急激に低下したものとされている(Sanders and Gyakum 1980)。1980年のこの論文が初出なので、気象用語としては比較的新しい部類だ。(ちなみに最近流行のマッデン・ジュリアン振動(MJO)は1972年)。中心気圧そのものではなく、発達速度を指標とするのがミソで、最大風速(≒中心気圧)で強さを決める台風とは異なる。このため、どんなに中心気圧が低い低気圧でも発達速度がゆっくりとした低気圧は爆弾低気圧とは呼ばない。また、通常低気圧の発生から消滅までの間で1回でもこの基準を超える急発達をすれば爆弾低気圧と呼ぶので、必ずしも中心気圧が台風並みに低くなるわけでもない。

爆弾低気圧と台風との最大の違いは温帯低気圧か熱帯低気圧かである。台風が対流雲の発達に伴う水蒸気の潜熱加熱をエネルギー源とするのに対し、爆弾低気圧は中高緯度の水平気温勾配を主たるエネルギー源として発達する。この違いは両者の構造の違いに明確に現れる。典型例として2016年1月19日に発達した爆弾低気圧と1959年9月に日本を襲った伊勢湾台風の海面気圧と地上風速分布を見てみよう(図1)。台風の強風域が中心に同心円状に分布するのに対し、爆弾低気圧では強風域が南北や東西に細長く延び、非対称な構造をしている。これは温暖前線や寒冷前線に対応し、低気圧の発達に伴って位置や強さも変化していく。このため、台風はどこに来るかという進路予測が重要となってくるが、爆弾低気圧は進路だけでなく、構造や広がりの時間発展を予測することが防災上必要となってくる。台風が強大な力を保持したまま近づいてくるゴジラだとすれば、爆弾低気圧は普段おとなしい人が急に巨大化して強くなるウルトラマンだと言える。

図1.
爆弾低気圧と台風の気圧(コンター,hPa)と地上風速(カラー,m/s).
(左)2016年1月19日0時00分UTC(協定世界時)の爆弾低気圧,(右)1959年9月25日0時00分UTC(協定世界時)の伊勢湾台風 .左の■はアルゴフロートの位置.

 では、爆弾低気圧は珍しい現象なのだろうか?図2は北太平洋域で爆弾低気圧が1ヶ月に通算何日存在したか(注)の気候値(等値線)と11~4月平均からの偏差(カラー)の分布である。爆弾低気圧が多く存在するのは北太平洋中央部で、それでも最大で月に2日程度である。日本付近は平均すると月に半日から1日しか経験しない。これは爆弾低気圧が急発達しながら数時間から1日程度で通過してしまうことを意味している。また、爆弾低気圧の通過位置は真冬にかけて北太平洋南東部に移動し、春にかけて日本付近に戻ってくる。これは爆弾低気圧がシベリアの寒気と北太平洋上の暖気との狭間で発達するためである。この結果、日本付近は3月が最も通過数が多く、1月、2月に爆弾低気圧が通過することは少ない。

図2.
気象庁55年長期再解析JRA-55(1958年1月~2016年1月)による爆弾低気圧の月平均分布(コンター)と11~4月平均からの偏差(色)

2016年1月の爆弾低気圧活動

2016年1月はどうだったのだろう。2016年1月の爆弾低気圧存在時間の平年差(図3a)を見ると日本付近は平年に比べて半日程度存在時間が長かった。しかし、日本付近(120°E~150°E、25°N~45°N)で平均した1月の爆弾低気圧存在時間(図3b)の1958年から2016年までの年々変動を見ると、2016年は平年よりやや長い程度であった。また、このグラフからは爆弾低気圧の頻度が近年増えているという様子も見られない。むしろ年による変動が大きく、「平年並」な年はむしろ少ない感さえある。今年は大きなエルニーニョの年だったが、エルニーニョと日本付近の爆弾低気圧発生数との統計的な関係は高くなく、このような年々変動がどうして起こるのかはまだわかっていない。

図3.
(a)2016年1月の平年差と(b)1月の日本付近(125°E~150°E、25°N~45°N)存在時間の年々変動

 しかし、数値予報技術の発達により、日々の天気予報は爆弾低気圧が発達する随分前から予報できるようになっている。例えば、2016年1月19日の爆弾低気圧の発達をどのくらい予測できていたのだろう。気象庁の週間アンサンブル予報では、1日2回、27個の異なる初期値からアンサンブル予測計算を行っているので、その複数の予測結果(アンサンブルメンバー)のうち、局所発達率が24hPa/dayを超えた結果の数がどのくらいあったのかの割合を計算することで、爆弾低気圧の急発達を予測できた確率を見積もることができる。その結果が図4だ。今回の事例では7日前の1月11日12時00分UTC(協定世界時)からの予報から30%程度の確率で日本の東で爆弾低気圧が発達することが予測され、5日前の1月14日12時00分UTCからの予報では90%を超えていた。

図4.
2016年1月19日0時00分UTC(協定世界時)の爆弾低気圧:(a)気象庁55年長期再解析(JRA-55)の海面気圧(実線,hPa)と局所発達率(色,hPa h-1),(b)1月11日,(c)12日,(d)13日,(e)14日,(f)15日,(g)16日、(h)17日の12時00分UTC(協定世界時)初期値アンサンブル予報によるLDR24≧1hPa h-1の確率(色,%)とLDR24のアンサンブル平均(実線、hPa h-1).

 ではなぜ爆弾低気圧は数日前から予測できるのだろうか。その秘密は爆弾低気圧の発達メカニズムと関係している。1月14日12時00分UTC(協定世界時)から1月19日0時00分UTC(協定世界時)に爆弾低気圧が発達するまでの対流圏上層(300hPa)の渦と海面気圧のアニメーション(図5)を見ると、少なくとも3つの上層渦がこの爆弾低気圧の発達に関係していたことが見えてくる。シベリアからくる渦Aは先行して東に進み、渦Cはその通過後にAを追いかける形で日本に向かってくる。一方、チベット高原の南東からくる渦Bは、ヒマラヤ山脈の南側を東に進み、東シナ海で地上の低気圧Lを発生させる。この低気圧と渦Cが日本上空で合流することで地上の低気圧は急激に発達して爆弾低気圧となった。週間アンサンブル予報データを調べると爆弾低気圧発達予測の確率が低かった1月14日12時00分UTC(協定世界時)の時点より前の予報では、これら3つの渦の強さや場所が実際と異なっており、これらの渦の伝播を正確に予報することが爆弾低気圧の予測精度に重要であったことがわかる。

図5.
300hPaの相対渦度(色、10-5 s-1)と海面気圧(実線、hPa)のアニメーション

JAMSTECでの爆弾低気圧研究

 このような爆弾低気圧に関して、JAMSTECでは様々な研究が進められている。その一つが、自動昇降型漂流ブイArgo(アルゴ)フロートを用いた高頻度海洋観測である(文部科学省科学研究費補助金若手研究(A)26707025「爆弾低気圧は海洋を変えるか?:高解像度海洋モデルと高頻度自動観測網による実態解明」)。通常のArgoフロートは10日毎の観測なので、爆弾低気圧のような短い時間の気象が海洋に与える影響を捉えることは難しい。そこで、この研究では独自にArgoフロートを日本東方沖に4台展開し、爆弾低気圧がその上空を通過する際は6時間毎、それ以外は1日毎に海洋内の水温と塩分の鉛直分布を測定して、爆弾低気圧が海洋に与える影響を明らかにしようとしている(図6)。

図6.
トピックス:海上自衛隊観測艦にてArgoフロートが投入されました(2015.10.19)

幸いなことに、2015年11月からの集中観測では複数の爆弾低気圧通過時のデータを取得することができた(残念ながら4台のうち3台が途中で不具合が生じ、現在は1台のみが稼働)。この観測は来年度も新たにArgoフロートを投入して実施する予定であり、日本近海の海洋変動予測システムJCOPEとの比較も予定されている。また、地球シミュレータを利用した大気アンサンブルデータ同化システムALEDASと実験的アンサンブル大気再解析データALERAを用いたアンサンブルデータ同化予報実験を用いての爆弾低気圧の短期予測可能性(Kuwano-Yoshida and Enomoto 2013)や、スーパーコンピューターを利用した大気海洋結合循環モデルSINTEX-Fによる季節予測実験での爆弾低気圧の長期予測可能性研究もなされている。
 このように、爆弾低気圧は「毎年のようにたまに現れる現象」で、今年の冬は多い少ないという予測はまだ難しい。しかし、数日前からは予測可能となっており、週間天気予報を有効に活用して、接近、通過時は屋内で過ごせるよう予定を組んでみてはどうだろう。

注:ここでは、地上気圧の時間変化率(局所発達率、LDR24、Kuwano-Yoshida 2014)が「24(単位:hPa/day×sin60°/sin(緯度)))」以上だった時間の合計。この指標は各点でその時刻に爆弾低気圧に相当する気圧の急変が起こったことを示す。

参考文献

  • Kuwano-Yoshida, A., 2014: Using the Local Deepening Rate to Indicate Extratropical Cyclone Activity. SOLA, 10, 199–203, doi:10.2151/sola.2014-042.
  • Kuwano-Yoshida, A., and T. Enomoto, 2013: Predictability of Explosive Cyclogenesis over the Northwestern Pacific Region Using Ensemble Reanalysis. Mon. Weather Rev., 141, 3769–3785, doi:10.1175/MWR-D-12-00161.1.
  • Sanders, F., and J. Gyakum, 1980: Synoptic-dynamic climatology of the “bomb.” Mon. Weather Rev., 108, 1589–1606.

利用したデータセットは気象庁によるJRA-55長期再解析プロジェクトにより提供されたものです。
気象庁週間アンサンブルデータは京都大学生存圏研究所にアーカイブされているものを利用しました。