2011年に発生した東北地方太平洋沖地震をはじめとして、東北日本の太平洋沿岸では度々巨大な「海溝型地震」が発生しています。海溝型巨大地震は、地震による揺れはもちろん、大きな津波も引き起こすため、その発生リスクを理解することは非常に重要です。日本海溝・千島海溝沿いでは、過去に巨大な海溝型地震が発生しており(図1)、今後も繰り返し発生すると考えられています。その中でも、比較的規模の大きな地震が過去に繰り返している領域が、「三陸沖北部」と「十勝・根室沖」です。
図1: 日本海溝・千島海溝沿いで発生した主要な海溝型巨大地震の地震時すべり域
カラーマップ:2011年東北地方太平洋沖地震(2)
コンター:1936年宮城県沖地震・1938年福島県東方沖地震・1952年十勝沖地震・1968年十勝沖地震,1973年根室沖地震・1978年宮城県沖地震・1981年宮城県沖地震・1989年三陸沖北部地震・1994年三陸はるか沖地震・2003年福島沖地震・2004年釧路沖地震・2005年宮城県沖地震((8), (11), (14), (15), (16), (18), (19))
赤点線枠:海溝型超巨大地震の震源域モデル((3)を参考に描画)
三陸沖北部は、文部科学省の地震研究推進本部による長期予測において、マグニチュード7.9程度の巨大地震とそれより一回り小さい規模(マグニチュード7.0–7.5)の地震が評価されており、規模の大きな地震の発生が危惧されている領域の一つです。この三陸沖北部において、2020年11月6日と翌7日にマグニチュード5クラスの地震が相次いで発生したことで、巨大地震の発生のリスクが更に高まっている可能性が出てきました。そこで、JAMSTECは、三陸沖北部のプレート境界での挙動を調べるための海底地殻変動観測点を2020年11月30日に東北大学と共同して設置し、そのモニタリングを開始しました。
一方、十勝・根室沖では、マグニチュード9クラスの超巨大地震の発生が危惧されています。十勝・根室沖では17世紀にマグニチュード8.8程度の地震が発生しており、今後もマグニチュード9クラスの地震が起こりうることが近年の津波堆積物等の調査から明らかになってきました(5)。しかし、こうした超巨大地震の発生リスクが明らかになってきたのが近年であるため、十勝・根室沖の超巨大地震を起こしうるエネルギーの蓄積の様子を海底地殻変動観測などの直接的な手段で調査することはこれまで行われていませんでした。こうした状況を打開するため、2019年以降、東北大学・北海道大学、JAMSTECは共同して海底地殻変動観測点の設置・モニタリングを始めています。
今回のコラムでは、こうしたJAMSTECによって近年開始された海底地殻変動観測による海溝型巨大地震の調査とその背景についてご紹介したいと思います。
まず、今回の調査対象である海溝型地震とはどういったものでしょうか?
地球の表面は硬い岩盤(プレート)に覆われており、プレートが別のプレートの下に沈み込んだ際、上盤側のプレートが沈み込んだプレートと一緒に部分的に引き込まれる(プレート間固着と言います)ように変形します(図2a)。一般的に、その変形を解消するように陸のプレートがすべり上がって発生する地震のことを「海溝型地震」と呼びます(図2b)。
図2: 海溝型地震の発生メカニズムの概念図
沈み込みによる変形や地震に伴う断層すべりによる変形を強調した海溝型地震発生過程の概念図。(a)は地震発生前のプレート間固着による歪みの蓄積、(b)は地震発生時のプレート境界での断層すべりとそれに伴う津波の励起を表す。
この図のように、地震の実態はプレート境界面などで地下の岩石が面的にずれる「断層すべり」であり、地震による揺れはそのずれ動きによって生じる副産物というわけです。なお、地震による岩石のずれが始まった場所が「震源」であり、「点」で表現されますが、地震そのものは震源からずれが広がった面的な断層すべりを指します。海溝型地震は、広い範囲に地震による揺れをもたらすともに、地震の規模がある程度大きくて震源が浅い場合、顕著な津波を発生させることが特徴です。
三陸沖北部では、津波被害の記録が残るような巨大な海溝型地震が17世紀以降少なくとも4回(1677年、1763年、1856年及び1968年)発生したと考えられています(6)。図3は三陸沖北部における地震活動を示しています。
一方で、それらよりもやや規模の小さい1994年三陸はるか沖地震(気象庁マグニチュード7.6)も発生しています。1968年十勝沖地震のすべり域が(気象庁マグニチュード7.9,図3・水色コンター)が大きく南北2つに分かれるのに対し、1994年三陸はるか沖地震(図3・紫色コンター)のすべりの広がりは南側に限られています。
図3: 三陸沖北部での地震活動
コンター:図1と同様
白抜き黒丸:繰り返し地震分布(1),緑色十字:微動分布(10)
水色星:1968年十勝沖地震震央,紫色星:1994年三陸はるか沖地震震央,橙色星:2020年11-12月マグニチュード5–6地震震央(気象庁震源より)
黒三角:既設のGNSS-A観測点,赤三角:新規GNSS-A観測点(G25)
こうしたことから、1968年の地震以降に南側で蓄積した26年分のプレート間固着のエネルギーが解放される形で、1994年三陸はるか沖地震が発生したと考えられています(18)。2021年現在、1994年の地震からすでに26年以上経っているため、1994年の地震と同程度の海溝型地震を発生させるエネルギーが再び蓄積されていると考えられます。
ここで、海溝型巨大地震に先行して発生する場合のある、前震活動・ゆっくりすべりといった現象について少し触れたいと思います。
過去に発生した海溝型巨大地震では、地震活動の活発化といった前震活動や、揺れを伴わないゆっくりとした断層すべりが本震の周辺で発生したことがあります。例えば、2011年東北地方太平洋沖地震(7),(12)、2014年チリ・イキケ地震(13)です。
三陸沖北部でも、1994年三陸はるか沖地震発生の半年程前に震源域周辺での地震活動の活発化やゆっくりした断層すべりの加速があったと報告されています(17)。こうした現象は必ず発生するとは限らず、また、発生したとしてもそれらを大地震の先行現象だと事前に判断することは非常に困難です。そのため、日々発生する地震活動や地殻変動を綿密に観測し、吟味していくことがとても重要になります。
2020年11月6日以降、マグニチュード5–6程度の地震が、過去の海溝型巨大地震の震源域周辺で度々発生しており(図3・橙色星)、これらの活発化した地震活動がゆっくりとした断層すべりを伴っているかどうかや、海溝型巨大地震につながっていくかどうかを注視していく必要があります。
図4は十勝・根室沖における地震活動を示しています。十勝沖では、1952年(気象庁マグニチュード8.2)と2003年(気象庁マグニチュード8.0)に海溝型巨大地震が発生しています。一方で、根室沖では、1894年(マグニチュード7.9)と1973年(気象庁マグニチュード7.4)に発生しています。更に、1843年には十勝沖と根室沖が連動した地震が発生したと考えられており、これらの地震は比較的海岸線に近い領域で発生しています。
一方、津波が海岸線から数kmも内陸に遡上した痕跡が堆積物として残っており、これは17世紀(1611–1637年の間)に、より沖側、つまり海溝軸に近い領域も含んだ広い領域(図4・赤点線枠)まで断層すべりが広がったマグニチュード9クラスの超巨大地震が発生したことによるものと考えられています(5)。
海溝に近い領域(図4・淡赤塗り)では普段の地震活動は低調ですが、長い繰り返し発生間隔(過去の津波堆積物調査から約330~590年と推定)で、海岸線に近い領域と連動して超巨大地震を引き起こし、大規模な津波を生じさせると考えられています。
これらの特徴は、2011年東北地方太平洋沖地震と類似しています。17世紀に発生したとされる地震の規模はモーメント・マグニチュードで8.8に達した可能性があるとされ(3)、内閣府による千島海溝沿いで将来的に発生しうる最大クラスの地震の規模評価では、より東側にも震源域が広がることでモーメント・マグニチュード9.3に達するモデルが報告されています(9)。
一方で、こうした超巨大地震の発生に関わる海溝軸に近い領域での海底測地観測はほとんど行われていないのが実情です。そのため、超巨大地震の発生しうる領域の空間的な広がりや、現在のプレート間固着がどの様になっているかは直接的なデータに基づいた検討がなされていません。
海底下のプレート境界断層の固着やすべりをモニタリングするには、海底地殻変動観測が有効です。種々の観測手法がありますが、今回のコラムではGNSS音響結合方式による観測(GNSS-A観測)についての取り組みをご紹介します。
陸上の地殻変動観測は、GNSS(GPS等衛星測位システムの総称)観測によって精密に行えますが、海底にはGNSS衛星からの電波が届かないため海底地殻変動観測には適用できません。そこで、GNSS-A観測では海中でも伝わる音波を利用します。
図5: GNSS音響結合方式の海底地殻変動観測の概念図(a)とウェーブグライダーの写真(b)
海底局と呼ばれる精密な音響測距装置を複数台海底に設置して1つの観測点を作ります(図5a)。この海底局の直上において、船など(海上局と呼んでいます)から海底局に音波を送り、海底局と海上局の間の距離を測定します。海上局の位置はGNSS観測によって決定できるので、音響測距との組み合わせにより海底局の位置の変化、すなわち海底での地殻変動を捉えることが可能になります。海上局には船舶が一般的に使われていますが、運用コストが高いのが難点です。そこで、JAMSTECでは、波の力を動力源にして無人で自律的に航行するウェーブグライダーと呼ばれる装置(図5b)を用いてGNSS-A観測を行うシステムの開発に東北大学と共同で取り組んでおり、日本海溝沿いでの高頻度海底地殻変動観測が実現しつつあります(4)。
三陸沖北部では海溝軸近傍の既設のGNSS-A観測点(図3・黒三角形)で観測が行われていましたが、2020年11月6日以降に発生したマグニチュード5–6程度の地震を受けて、三陸沖北部の海溝型巨大地震の震源域により近い場所に、2020年11月30日にJAMTSECと東北大学が協働して新規の海底地殻変動観測点(G25、図3・赤三角形)を設置しました。このG25及び近傍のG02・G03観測点において、上記のウェーブグライダーによる海底地殻変動観測を2020年11月30日から12月11日にかけて実施しました。震源域により近い場所(G25観測点)での地殻変動を知るには今後も繰り返し観測を実施する必要がありますが、震源域より海溝側に離れた地点(G02・G03観測点)では、暫定的な解析から顕著な変動はないことが分かり、少なくとも海溝軸に近い領域ではゆっくりすべり等のプレート境界での大きな変動は生じていなかったと考えられます。
十勝・根室沖では、海溝軸に近い領域でのプレート間固着の実態を把握するため、2019年に東北大学と北海道大学が海底地殻変動観測点を3箇所に設置し(図4・橙色三角形)、JAMSTECも協力して観測を開始しました。現在までに船舶を用いた観測が2回実施され、プレート間固着によるものと考えられる変動が海溝近傍でも捉えられつつあります。プレート間固着の強さや広がりを検討するには、更に数回の観測を実施し、変動の計測精度を高める必要があります。
JAMSTECでは、これらの新規のGNSS-A観測点での継続的な海底地殻変動観測を今後も行い、プレート境界での断層すべりやプレート間固着のモニタリングを実施していきます。
三陸沖北部では、震源域により近い場所(G25観測点)での海底地殻変動を明らかにしていくとともに、今年2月に東北大学によって投入された海底地震計の記録なども用いて、三陸沖北部の震源域近傍でどのような現象が起こりつつあるかを検討していきます。
また、現状のGNSS-A観測では観測後に数週間かけてデータを後処理するのが一般的でしたが、リアルタイムに解析する技術の開発を東北大学とともに進めており、2020年11–12月の観測でも現場でテストを行うことができました。そこで見出した課題を解決することで、三陸沖北部で発生したマグニチュード5–6程度の地震等のように異変を察知した際に、迅速に海底地殻変動を検出できるようにしていきます。
さらに、十勝・根室沖では、早ければ今年の4月にウェーブグライダーを用いてGNSS-A観測を実施することが計画されており、千島海溝近傍でのプレート間固着の様子をより詳細に明らかにしていきたいと考えています。
参考文献