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海洋観測コラム:深さと圧力

2021年 4月 28日
海洋観測研究センター
Inspired by UN decade of Ocean

10mでおよそ1気圧上昇

おおよその目安として、海中を10m潜ると約1気圧上昇する、というのは特にダイビングをされている方などはご存じかと思います。これは自分より上にある水の質量(10cm四方の水柱で約100kg)を体表面で受け止めているイメージです(図1)。

図1

[図1]

より深い場合はどうでしょう。上記の考え方では例えば、有人潜水調査船「しんかい6500」が潜る深度6,500mでは海面から650気圧上昇するので、海面にかかる大気の気柱の重さ(約1気圧=1013.25hPaに相当)も含めると651気圧(65962.58kPa)という目算になります(図2)。しかしながら、深くなればなるほど実際にかかる圧力とこの目算の差は大きくなります。例えば、日本の標準緯度に近い北緯36°において6,500mでは水柱の寄与が656.2180気圧(66491.29kPa)になるとされており(詳細は後述)、海面の1気圧を加えると657.2180気圧(66592.62kPa)になります。

図2

[図2]

海水の密度は変化する

この6気圧ほどの差の本質的な原因は、自分より上にある水の質量が厳密には“10m×10cm四方の水柱で100kg”ではないからです。質量が変わる原因は海の密度変化によります。海水の密度は主に、水温、塩分、圧力に依存します。圧力が高いと圧縮されて密度が高くなります。深くなればなるほど圧力が単純な目算より高くなるのは、深いほど圧縮されて密度が大きくなる効果が顕著になるためです。また、水温が高いと水は膨張して密度は小さくなり、塩分が高いとその分重くなり密度は大きくなります。すなわち、その深度より上にある海水の特性によって圧力は変化します。

海水の密度を水温、塩分、圧力から決める経験式は国際基準として示されています。(Algorithms for computation of fundamental properties of seawater, ユネスコ,1983; https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000059832?posInSet=1&queryId=N-EXPLORE-80570ca2-139f-4f6a-b499-dba4c87bd401

海水密度ρ(kg/m3)の定義式:

ρ(S, t, p) = ρ(S, t, 0)/ [1-p / K(S, t, p)]

Sは実用塩分、tは水温pは水圧、K(S, t, p)はsecant bulk modulusで水温と塩分の多項式。(ユネスコ, 1983の表記のまま)

水柱の密度変化による圧力の差

以上のように水柱の密度と体積(深さ×圧力を受ける面の面積)がわかれば水柱の質量を求め、海水による圧力を算定することができます。それに大気圧を足せば、理論上その場での圧力が求まります。

国際標準式に従い標準的な海洋構造(水温0℃、塩分35)から水柱による圧力の理論値を算定してみると、例えば、日本の標準緯度に近い北緯36°でみてみると、1,000mで99.686気圧(10100.7kPa)、4,000mで401.484気圧(40680.6kPa)、6,500mで上述の656.218気圧(66491.3kPa)になります。赤道ではそれぞれ99.5031気圧(10082.2kPa)、400.738気圧(40604.8kPa)、654.984気圧(66366.3kPa)となり、すこし小さな値になっています。これは重力加速度の差によるものです。これらの値に、水温、塩分の変化などが加わり、現実の圧力場が形成されます。
水温・塩分の影響はもちろん海域によって異なります。その影響はどの程度でしょう?実海洋に近い水温・塩分構造として、WORLD OCEAN ATLAS 2018 (https://www.nodc.noaa.gov/OC5/woa18/)という歴史的な海洋データセットから、海洋構造を仮定し、計算してみました(図3)。例えば、5,500m深で比べると、より現実海洋に近いWORLD OCEAN ATLAS 2018で計算した方がおよそ0.42気圧(42.9kPa)、約0.08%ほど低くなります。

図3

[図3] 左から水温と塩分、密度、圧力の鉛直プロファイルを示している。水温と塩分、密度の点線は[0℃, 塩分35]を仮定したケース、実線はWORLD OCEAN ATLAS 2018の基本的な海洋構造(赤道上、経度180)から計算したケース。密度と圧力の赤いカーブはそれらのケースの差。

実際の海洋では?

上記の理論を実海洋で実証することはできるでしょうか?深ければ深いほど、波や海流の影響などで “深さ”を正確に測ることが困難になりますが、音響測深(海底までの水中の音波の往復時間を送受波器で測り水深を推定すること)を用いることで理論値の妥当性を知ることができます。2013年に海洋地球研究船「みらい」の航海で行われた比較では水圧測深(上記理論を基に見積もった水深)と音響測深の差は0.13%程度だったと報告されています(海洋観測ガイドライン第4版vol.7,日本海洋学会, 2020;https://kaiyo-gakkai.jp/jos/guide/)。
余談ですが、海洋物理学では圧力を深さのインデックス(指標)として使うことが多く、これは海洋の循環が圧力差によって密度面にそって駆動している場合がほとんどなので、研究を進める上では圧力がわかればよいというケースが多いためです。例えば、船舶や自動昇降型漂流ブイ「アルゴフロート」()などで、CTD (Conductivity Temperature Depth profiler)という測器を使って(写真1)海洋中の水温、塩分、圧力を測定します。CTDのDはDepth(深さ)の頭文字なのですが、実際には圧力センサーによる出力を示しています。

写真1

[写真1] CTD採水器:採水器と、海水の塩分、水温、圧力(深度)を計測するセンサーで構成された観測装置を組み合わせたもの。

密度の観測精度について

最後に現在達成されている海洋観測の精度から、海水の密度をどの程度の精度で算定できるかを記しておきます。水温の高精度観測の精度は0.001℃、塩分は0.005 g/kg、圧力は約0.1気圧(10kPa:6,000m付近の場合)、これらの値から密度の推定精度は0.006 kg/m3となります。精度が上がれば海洋科学が新たなステージに進むことが期待されます。機構では従来の水温、塩分センサーとは異なるコンセプトの密度センサー開発を進めています。このセンサーを使えば、現試作段階でも密度の精度は5倍向上することになり、近い将来、密度自体が世界標準の観測項目となるかもしれません。

* 海面から水深2,000mまで浮沈を繰り返しながら水温・塩分を観測し、得られたデータを海面浮上時に準リアルタイムで送信する自動観測測器。全球的な海洋環境の実態を捉えるため、全世界の海洋でおよそ4,000台のフロートが展開されている。