20211203
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トピックス:コラム

海亀海山の蛇紋岩研究史

海域地震火山研究部門
外来研究員 大柳良介

嵐の中の「しんかい6500」潜水調査

2017年7月、私達が乗船している深海潜水調査船支援母船「よこすか」は小笠原諸島沖にいました。伊豆・小笠原海溝の陸側斜面の海底地質構造を明らかにするための航海で、待ちに待った有人潜水調査船「しんかい6500」による潜航調査でした。以前の調査から、小笠原海溝の深海底では、普段手にすることができないマントル物質である「かんらん岩」が露出していることが知られていました12

7月11日、12日に「しんかい6500」による2回の潜航調査を行い、岩石を採取しました。採取された岩石のうち、期待していたマントルかんらん岩の数はわずかしかありませんでした。そのため、私たちはマントルかんらん岩を多く採取できるよう、3回目の潜航調査に望みをかけていました。

7月13日、「しんかい6500」3回目の潜航調査の朝を迎えました。天候が悪く、潜航そのものが中止になる可能性もありましたが、なんとか潜航を開始することができました。しかし、水深約6500メートルの海底で調査を行っていると、船橋にある司令室から「天候がさらに悪化したため調査中止! 30分後に浮上せよ!」と「しんかい6500」へ連絡がありました。この連絡をきっかけに離底までの30分間は怒涛の勢いで岩石の採取を行っていました。結果的に、この日の潜航調査は短時間(約90分)であったにも関わらず、一番多くの岩石試料を採取しました。その後、「しんかい6500」が浮上してくると、さらに海峡が悪化しており、ハードな環境での揚収作業となりました(図1)。 「よこすか」の乗組員と「しんかい6500」チームの絶大な貢献により、岩石試料を無事回収することができました(図2)。

さっそく採取した岩石を観察したところ、期待通り変質したマントルかんらん岩である蛇紋岩が採取されていました。蛇紋岩をさらに観察すると、驚くべきことを発見しました。白い針状の炭酸カルシウムの結晶が蛇紋岩の中に生えていたのです! それを見るやいなや、道林克禎教授(首席研究者/名古屋大学)は「湧水かもしれない!」と叫びました。水深約6500メートルにおいて、炭酸カルシウムは岩石と海水が反応することによって析出します。そのような現象は、これまで大西洋中央海嶺やマリアナ海溝で蛇紋岩を由来とする熱水・湧水系において報告されています。私たちが見つけた炭酸カルシウムは、それらの前例とよく似ていました。そのため、 海亀海山では蛇紋岩を母体とする湧水が存在する、という仮説をたてました。

図1.
荒れ狂う海のなか、浮上した「しんかい6500」を引きあげる様子。
図2.
「しんかい6500」を引き上げた直後の様子。波で揺れていたにも関わらず、岩石試料を失うことがなかった。

蛇紋岩の湧水系とは?

地球のマントルは、かんらん岩で構成されています。かんらん岩は海水と反応・変質することで蛇紋岩になります。こうした蛇紋岩化反応は、水素やメタンを生成し、海水をアルカリ性に変化させます。深海底では、蛇紋岩化反応の結果生じた水素やメタンに富むアルカリ性の水が湧き上がっているところがあります。例えば、世界で初めて発見された蛇紋岩の熱水系である「ロスト・シティーフィールド」3、マリアナ海溝で発見された湧水系である「しんかい湧水フィールド」4があります。そのような蛇紋岩の湧水周辺では、湧き出てくるメタンや硫化水素に依存する生物が見つかっています。このような環境は約40億年前に誕生した初期生命の発生時の状況に似ていると考えられています3。そのため、蛇紋岩化反応や蛇紋岩熱水系・湧水系は、地球を含む他の岩石惑星における生命の起源の示唆に繋がるため、多くの興味・関心が寄せられています。

さて、研究をすすめる上で場所の名前があったほうが便利であるため、蛇紋岩が採取された海山の名称について話し合いました。メンバーからは、海山のかたちになぞらえた「ささかま海山」などの案がありました。結果的に、海山を上から見た形が亀のようであることから「海亀海山」と名付けることに決まりました(図3)。

図3.
海亀海山の地図。

解析の結果と今後の研究

調査航海の終了後、岩石試料を研究室に持ち帰り、化学分析や数値解析を行いました。その結果、炭酸カルシウムの起源は蛇紋岩の中を数万年以上かけて循環している海水であることをつきとめました。このことは、海亀海山では数万年前の海水が湧き出ていたことを意味し、「蛇紋岩の湧水が存在していた」という当初の仮説を実証できたと言えます。本研究は、日本近海における蛇紋岩の湧水の痕跡を発見した、初めての事例となりました。

過去に湧水が存在していたことから、現在もそこが活動していることを期待させます。しかし、私達が行った潜航調査では、湧水そのものを発見できませんでした。私達の解析によると、蛇紋岩の湧水は最大数十年間続いたことがわかりました。この湧水の継続時間は、「ロスト・シティー」における湧水の継続時間(数万年以上)5に比べると、非常に短いことがわかります。私たちの研究は生命にエネルギーを与える蛇紋岩の湧水のいくつかは短命であることを示しています。今後はさらに研究をすすめて、マントル岩石が元素循環に及ぼす影響や生命活動との関係性などについて検討していく予定です。

参考文献
1
Harigane, Y. et al. The earliest mantle fabrics formed during subduction zone infancy. Earth Planet. Sci. Lett. 377–378, 106–113 (2013).
2
Morishita, T. et al. Diversity of melt conduits in the Izu-Bonin-Mariana forearc mantle: Implications for the earliest stage of arc magmatism. Geology 39, 411–414 (2011).
3
Kelley, D. S. et al. An off-axis hydrothermal vent field near the Mid-Atlantic Ridge at 30°N. Nature 412, 145-149. (2001).
4
Ohara, Y. et al. A serpentinite-hosted ecosystem in the Southern Mariana Forearc. Proc. Natl. Acad. Sci. 109, 2831–2835 (2012).
5
Früh-Green, G. L. et al. 30,000 Years of Hydrothermal Activity at the Lost City Vent Field. Science (80-. ). 301, 495–498 (2003).
論文タイトル:
Hadal aragonite records venting of stagnant paleoseawater in the hydrated forearc mantle
(DOI: 10.1038/s43247-021-00317-1
著者:大柳良介1,2、岡本敦3、Madhusoodhan Satish-Kumar4、南雅代5、針金由美子6、道林克禎1,7
プレスリリース:
超深海の変質したマントル岩石の内部で炭素を含む海水が循環していることを明らかに