20211202
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コラム【福徳岡ノ場の噴火】

-付着生物から漂流経路の逆追跡の可能性-

超先鋭研究開発部門
准研究主任 渡部 裕美

漂う軽石に付着していた生物

南西諸島に流れ着いた軽石には、生物が付着しているものがありました。その付着していた生物は、主にカルエボシLepas anseriferaというフジツボの仲間でした。フジツボはエビやカニの仲間である甲殻類です。貝殻と誤解されがちな殻はカニの甲羅と相同なもので、殻の中にはエビのような本体があります。フジツボの仲間は蔓のような脚を持っており、この脚を水中に広げ伸ばしてプランクトンを捕まえて食べているものがほとんどです(飼育中のカルエボシのビデオ参照)。フジツボの仲間は非常に多様で、カルエボシだけでなく、例えばカニに寄生するフクロムシもフジツボの仲間です。大人となったフジツボの仲間の形態や生活は多様ですが、卵から生まれたばかりのフジツボの仲間はみな、ノープリウスと呼ばれるプランクトンとして海の中を漂う生活をしており、これがキプリスと呼ばれるウミホタルにも似たプランクトンに変態した後、フジツボ、カルエボシ、あるいはフクロムシとしての生活を始めることが知られています。

カルエボシは、エボシガイLepas anatiferaとともに、世界中の海洋表面を漂うさまざまな物体、例えば、沖合のブイや流れ藻、流木、プラスチックなどに付着することが知られています。こういった漂流物に付着したエボシガイ類が海岸に漂着したものを見たことがある人もいるかもしれません(写真1)。エボシガイやカルエボシの卵からは体長が0.3ミリメートル程度のノープリウスと呼ばれるプランクトンが孵化します。これらのノープリウス幼生*1は、他のフジツボの仲間のノープリウス幼生と比較して長い付属肢(いわゆる脚)のほか、背中や胸、しっぽの部分に非常に長い棘を持つことが特徴です。こうした形態的特徴は長く海の表面を浮遊するのに適していると考えられており(写真2)、プランクトンとして海を漂う期間も2ヶ月を超えるなど、他のフジツボ類と比較して非常に長いことが知られています。エボシガイのノープリウス幼生は5回の脱皮を繰り返した後、キプリス幼生(写真3)に変態し、終生の付着生活場所を探します。海洋表面を漂流していた軽石に、同じく海洋表面付近を浮遊していたカルエボシのキプリス幼生が付着し、カルエボシに変態・成長したと推測されます。エボシガイの仲間のキプリス幼生は、海の表面に漂うものがあれば容易に付着して成長することが知られており、設置してわずか2週間しか経っていないブイで繁殖するようすが観察されています。

*1幼生:昆虫でいう幼虫のように、親と大きく異なる形態をしている子供の時期を指します。一般的に「エボシガイ」と呼ぶと大人になったエボシガイを指すので、区別するために「エボシガイのノープリウス幼生」あるいは「エボシガイのノープリウス期」などと呼びます。

ビデオ
写真1
漂流物に付着したカルエボシ
写真2
エボシガイLepas anatiferaのノープリウス幼生(提供:加戸隆介*2
写真3
エボシガイLepas anatiferaのキプリス幼生(提供:加戸隆介*2

*2Kado R (2018) Larval rearing of Lepas anatifera (Cirripedia, Lapadomorpha) for understanding its larval duration and feeding. In: Barnacles, Eds by Kado R, Mimura H et al. Nova Science Publishers, Inc.

カルエボシの成長から分かること

カルエボシの成長については、オーストラリアの研究グループや奈良女子大の遊佐陽一教授のグループが京都大学瀬戸臨海実験所と協力して研究した例*3がありますが、カルエボシの成長量は環境によって大きく異なることが知られています。今回、奄美大島、南大東島、沖縄本島に漂着した軽石に付着していたカルエボシの殻の多くは長さが5ミリメートル以下でしたので、長く見積もっても50日間程度、短い場合には5日間、軽石に付着し海の表面を漂っていたと推測されます。回収された軽石によっては、2-3ミリメートル以下のカルエボシしか付着していませんでした。しかし、カルエボシやエボシガイは殻が直接軽石に付着している訳ではなく、筋肉の柄部で付着しているので、死亡すると波に洗われて容易に失われてしまいますし、これらを専門に食べる動物も存在します。海岸に漂着した軽石も、軽石同士がぶつかり合いながら海岸に打ち寄せられてくることを考えると、よほど運がよくなければ生きた状態のカルエボシは付着していないと予想されます。軽石の表面に全ての記録が残っているとは限りませんが、付着生物を頼りに軽石の起源や漂流経路を推測することができるかもしれません。

カルエボシなど海の生物が持つ殻の多くは、生物自身が作り出したもので、炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とする物質から構成されています。殻を作る時、生物はカルシウムイオンや炭酸イオンなどとともに、海水に溶け込んでいる様々な元素やその同位体を取り込むことが知られています。この取り込み方には規則性があり、海水の元素組成や生育水温や塩分などの環境に影響を受けて変化します。カルエボシの殻は時間とともに少しづつですが連続的に炭酸カルシウムを付加して成長しています。実際には成長がお休みの日もあるかもしれませんが、基本的には毎日少しづつ大きくなっていくのです。これを逆手に取って、殻に含まれる元素や同位体を成長軸に沿って細かく測定することによって、生物が殻を作った時の環境を過去に遡りながら推定することができるのです*4。これをカルエボシの成長線解析といいます。カルエボシの殻に含まれる元素や同位体の中から、成長を測る指標やどのような環境を経験してきたかを推定できる指標を見つけることができれば、カルエボシの成長線解析から軽石が漂流してきた履歴を推定することが期待できます。また全く別のアプローチとして、カルエボシのDNAを調べることによって、このカルエボシの親がいる個体群がどこに分布しているのかを追跡できるかもしれません。この方法は炭酸カルシウムの殻を持つカルエボシだけでなく、海の表面を漂う軽石に付着する様々な生物に適用できると予想されます。今回観察されたような海の表面を漂うほどの大量の軽石は、海の表面を覆って日光を遮ったり生物が誤って食べてしまうという生態系への悪影響が懸念されていますが、外洋の生物に付着基質を提供し様々な環境に運ぶことによって、生物多様性の維持にも貢献しているかもしれません。

*3Inatsuchi A, Yamato S, Yusa Y (2010) Effects of temperature and food availability on growth and reproduction in the neustonic pedunculate barnacle Lepas anserifera. Marine Biology, 157: 899–905. DOI 10.1007/s00227-009-1373-0

*4土屋、豊福、野牧 (2016) 有孔虫の生物学的プロセス研究の進展―微化石生物の古生態を理解するための現生有孔虫生態学―. 化石, 100: 81–108.