国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

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 [第2回]無人探査機の「眼」を深海を覗き見る「窓」に! 
              藤原 義弘 生態系変動解析ユニット ユニットリーダー

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

藤原 義弘(ふじわら よしひろ):

筑波大学大学院修士課程環境科学研究科を修了(理学)。海底に沈んだクジラが作り出す「鯨骨生物群集」の研究を中心に、深海に生きる生物たちの関わり合いを解き明かす。深海生物の撮影をサイドワークとし、これまで『深海のとっても変わった生きもの』(幻冬舎)、『追跡! なぞの深海生物』(あかね書房)、『深海‐鯨が誘うもうひとつの世界』(山と渓谷社)として発表。

生物の不思議に魅せられて、浅海から深海へ

「海の魅力にはまったのは、大学時代に入ったスキンダイビングのサークルがきっかけでした。『筑波大学海洋研究会』という名のそのサークルの活動は、海中での生物観察。深く潜れば潜るほど、浅場では見られない生き物に出会えることに魅了され、もっと深く潜れるようスクーバダイビングの資格をとるまでになりました」

海に魅入られた若き日の藤原ユニットリーダーは、大学院での研究テーマに「魚の性転換の仕組み」を選んだ。

「魚類は動物の中でも高等な部類に入りますが、哺乳類や鳥類に比べて、性のゆらぎが大きい。生まれる時の環境で性比が変わったり、メスからオス、あるいはオスからメスへと性転換したりもする。目をつけたのは性転換するキュウセンという魚。どんなメカニズムで性転換が引き起こされるのかを研究していました」

大学院で培った研究の手法を生かすことができ、ラボワークもフィールドワークもできるという理由から平成5年にJAMSTECに入所。

「配属されたのは深海研究部。地球科学の研究・開発をメインとする部署の中で,生物研究はあまりメジャーではありませんでしたが、私が入った頃から微生物の研究で大きなプロジェクトが動き始め、今では生物研究もいくつかの部署に分かれるほどになりました」

このチームのなかで、藤原ユニットリーダーは深海に沈んだクジラが作り出す生態系の解明に取り組んできた。

藤原義弘

「深海にあって、クジラのような巨大な有機物が沈んでくるのは非常に大きなイベントです。沈んだクジラは海底で100年程度かけて分解され、その間にさまざまな生物を養います。クジラの骨の周りに作られる生物群を『鯨骨生物群集』というのですが、この研究を進めれば進めるほど、私たちは深海の生態系について何も知らないということを痛感させられました」

藤原義弘

近年,生態系の多様性や機能を維持するために,生態ピラミッドの頂点にいる動物(頂点捕食者,トップ・プレデターとも呼ぶ)の重要性が指摘されるようになった。

「例えば,米国イエローストーン国立公園では,トップ・プレデターであるハイイロオオカミを全て駆除したことで,生態系のバランスが大きく崩れ,最終的に森林生態系の崩壊を招きました。どのような手を打っても森を元通りに戻すことができず、最終的に別の地域からハイイロオオカミを再導入した結果、森は急速に元の姿を取り戻しつつあります。このようにトップ・プレデターは生態系の維持に大きな影響を与えている訳ですが、私たちは深海の生態系を研究すると言いながら、トップ・プレデターが誰なのかも明確には理解していなかった。そこで、深海生態系の真の姿を描くために、深海のトップ・プレデターを探る研究を開始しました。水深3000mまでの海域では、トップ・プレデターは大型のサメ類だと思われています。さらに深くなるとサメを含む軟骨魚類は棲息限界深度を迎え、サメに代わって硬骨魚類がその役を担うはずです。そして魚類がいなくなる8500mより深い世界、例えばマリアナ海溝の底、水深10,900mでは誰がトップ・プレデターとなるのか、興味は尽きません」

深海生物の調査技術を東北で活かす

TEAMSのなかで生態系変動解析ユニットが担当するのは、東北沖合の詳細な海底地形とそこに沈む瓦礫や資源生物をマッピングすること。ソナーを積んだ船で海底地形を読み取り、ときに無人探査機を潜航させながら瓦礫や生物の位置を記録し続けている。

「元々,海底に沈んだ鯨骨や木材の周辺に形成される生物群集について研究していた関係で,海底に沈んだ瓦礫やその周りに集まる生物についても取り扱いに慣れているだろうと、私たちのチームにこのお仕事が回ってきました。何らかの形で震災復興のお役に立ちたいと思っていましたので、この調査研究を引き受けた訳です」

海底に沈んだ瓦礫は、底引き漁の網に入って獲物の魚を傷つけたり、ときには網も破る厄介者。対象とする沖合漁場海域のうち、これまでに7割程度の面積を調査し、詳細な海底地形を作成してきた。そのマップ上に無人探査機や曳航カメラで観察した瓦礫情報を加える作業を続けている。

「調査の結果からすると、東北の沖合の平坦な地形の場所は、震災前の状態にかなり戻りつつあるようです。瓦礫も地域の行政や漁業者のみなさんのおかげで、相当量が引き上げられたようです。しかし、引き上げられた瓦礫の量と環境省が推計した海中瓦礫の量には、まだまだ開きがある。これらの瓦礫の一部は、海底の谷である海底谷に集積しているのを確認しています。順次調査海域を広げ、瓦礫の位置情報を増やしていくつもりです」

岩手県大槌沖で採集されたアミの一種

調査を進める中で、面白い事象も浮かび上がってきた。

「瓦礫の上、瓦礫の周辺、瓦礫のないところ、と生物量を比べてみると、瓦礫の上が圧倒的に生物量が多いことがわかってきました。津波から年月が経つにつれ、瓦礫が生物たちの住処になり、漁礁のような役割を果たしているのです。また、瓦礫のなかでも自然に由来する木材のほうが生物の個体数、種類が多い。瓦礫の材質と形、大きさと生物の量の観察を続ければ、今後、漁礁を作る際に有効なデータを得ることができるかもしれません。しかし、気をつけなくてはいけないのが瓦礫に含まれる有害物質。PCBのような有害物質については定期的に水産物の値を調べ、異常がないことを確認していかなければならないでしょう」

瓦礫の位置情報のマッピングに加えて、ソナーを曳航してより精緻な海底地形情報を取得したり、海底が泥か砂か、それとも岩なのかといった底質情報も記録している。

「船からの音波では大きな海底地形しか読み取れませんが、より海底に近くでソナーを運用すれば、詳細な海底の起伏情報や底質の状態なども知ることができます。それぞれの底質ごとに調査点を設けて、そこに生きる生物の資源量を調べ、類似した環境に外挿していけば、東北沖合の生態系を俯瞰できるようになるはずです」

「クラムボン」を通じて深海の世界を社会へ

生態系変動解析ユニットの調査の要となっているのは、小型無人探査機「クラムボン」。岩手県出身の宮沢賢治の短編童話から名を頂いたこの探査機は、公募によって国内外の研究者が利用できる他の調査機器と違い、TEAMS専用のマシンだ。

「JAMSTECが所有する『かいこう』や『しんかい6500』は専門のオペレーションチームとともに外部にも提供されますが、クラムボンは東北の沖合の調査だけに投入されています。大型で、専門家にしか運用できないほかの機器と比べて、クラムボンは小さい船を母船にして、少ない人数でも運用することができるのが利点です。これは、震災で大型の船をなくしてしまった東北でも、気軽に調査に使えるようにという配慮によるもの。私がたまたま以前に、無人探査機を運用した経験があったことから、クラムボンは研究者である私たちが直接運用しています。そのため『どこそこの海底の様子が知りたい』といった、現地からの依頼にも素早く対応することができるのです」

クラムボン クラムボンが撮影した東北沖の海底

撮影や生物採集もできるクラムボンは、潜航するたびに海底の真の姿を届けてくれる。「先日の調査ではホウズキイカの仲間が海底に現れ、海底に住んでいるウミシダを捕食するかのような行動を観察しました。中層を生活圏にしているとイカが、海底を利用していること、自分の体よりも硬いウミシダへ向かっていったことなど、新しい知見を得ることができました。生物の採集においても、クラムボンを使ってゴカイなどの新種を続々と発見しています」

クラムボンは深海についての新事実を伝えるだけでなく、研究者と地元の漁業者や社会をつなぐ役割も果たしている、と藤原ユニットリーダー。

新青丸での調査の様子

「漁業者のみなさんに、クラムボンで撮った映像を見てもらったところ、想像以上に大きな反響がありました。みなさんも生活の糧を得る対象としてだけでなく、純粋な知的好奇心から深海の世界に魅力を感じていらしたようです。震災前の東北沖合は漁業活動が非常に盛んだったためこれまで余り調査を行うことができませんでしたが、震災後は東北マリンのプロジェクトなどを通じて良い関係が築けていると思います。今後もクラムボンで撮った映像などをご覧頂くことで、より一層深海に興味を持って頂き、地元の皆さまと更に良好な関係を築ければ嬉しいですね。また、漁業者のかただけでなく、深海に興味がある一般の皆さま,特に子供たちにも発信を続けたい。私たちの活動が東北沖合の海と一般の皆さまを繋ぐ「窓」になれればと思っています」

藤原義弘

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