国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう


									科学の力を被災地の漁業復興に役立てたい
									東京大学大気海洋研究所教授
                                    同研究所東北マリンサイエンス拠点形成事業代表 木暮 一啓 (こぐれ かずひろ)

プロフィール

木暮 一啓 (こぐれ かずひろ):

1952年生まれ。東京都出身。1975年、東京大学農学部水産学科卒業。1980年、同大学大学院農学研究科博士課程水産学専攻修了。博士(農学)。1983年、同大学海洋研究所助手、1993年、同研究所助教授を経て、2002年より教授。専門分野は海洋微生物学。 趣味はスキー、テニス、現代美術鑑賞。

東北地方太平洋沖地震の被災地の復興を支援するため、2012年1月に始まった「東北マリンサイエンス拠点形成事業『海洋生態系の調査研究』(TEAMS)」。東北大学、東京大学大気海洋研究所、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が中心となって、岩手県、宮城県の沿岸域から沖合域の海洋生態系に関する調査・研究を行い、被災地の復興への貢献を目指している。TEAMSに取り組む研究者たちへのインタビュー連載、第2回は東京大学の研究グループを率いる、木暮一啓・大気海洋研究所教授に話を聞いた。

十分な研究機材が揃わない震災の2カ月後から調査を開始

──TEAMSが始まる以前から、岩手県の大槌湾を中心に海洋調査を行っていたとうかがっています。

木暮:震災以前から大槌湾には東京大学大気海洋研究所の国際沿岸海洋研究センター(以下、センター)があって、周辺海域での調査を行っていました。大槌湾は非常に興味深い海域で、親潮の影響から北の海の特徴を持ちつつも、黒潮や津軽海峡を抜けて南下してきた対馬暖流の海水も流れ込んでいます。湾内には岩場や藻場、砂浜などもあり、生物を調査するにも、海洋物理・化学的な観測をするのにも、適度な広さの海域ですから、センター設置以降、大槌湾を中心に、その周辺海域の調査が続けられてきました。しかし、東北地方太平洋沖地震と津波によって、大槌湾は大きな攪乱を受けました。どのような影響があったのかを調べる必要があると考え、2011年5月にプランクトンの研究グループと栄養塩類の研究グループが大槌湾に出向き、調査を開始しました。

東京大学大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センターは、沿岸海洋に関する基礎研究を行う全国共同利用施設として、1973年に大槌臨海研究センターとして設置され、地元では「赤浜の東大」の名で知られた。2003年から現在の名称となり、日本の沿岸海洋研究の拠点として国内外の多くの研究者・学生に活用されてきた。2011年3月の地震・津波により壊滅的な被害を受けたが、被災後も、修復した建物の3階部分に沿岸生態分野、沿岸保全分野、地域連携分野、生物資源再生分野の4つの研究室を置き、教育研究活動を続けている。

──2011年5月というと、震災から2カ月しか経っていません。すぐに調査は行えたのですか。

木暮:センターも大きな被害を受けました。センター3階まで津波が達して、研究機材はすべて使えなくなりました。しかも、震災直後はすべてのライフラインが寸断されて、電気を使用することもできません。たとえば海洋調査では、採取した海水の濾過は重要な作業ですが、電動の濾過装置は使えず、手作業で行わざるを得ませんでした。もちろん現場での分析はできないので、採取された試料はすべて千葉県柏市にある大気海洋研究所に運んで分析していました。

──なぜ、そこまでして調査を急がねばならなかったのですか。

木暮:巨大津波によって東北地方の太平洋沿岸の環境は大きく変わってしまいました。多くの生物が流され、場所によっては地形すら変わってしまいました。ただ、津波によって攪乱された海が、そのままであるはずはありません。震災以前にいた生物が津波で流されたなら、空いた場所を埋めるべく生物が入ってくるでしょう。震災以前と同じ種が戻ってくるのか、違う種が侵入してくるのかは調べなければわかりません。十分な設備が揃わないからといって、時間が経ってしまったら、震災後の環境の変化を明らかにするために不可欠なデータは得られません。ですから、できるだけ早く調査を開始したのです。

──今回のような大きな自然災害の後、海がどう変化していくかを明らかにした研究報告は過去になかったのですか。

木暮:2004年に発生したスマトラ沖地震でも、インド洋の広い地域の沿岸に津波が押し寄せましたが、直後に広域な科学的調査が行われたという話は聞いていません。2014年にスペインのバルセロナで開催されたIOC(IntergovernmentalOceanographicCommission:政府間海洋学委員会)の会合で、TEAMSにおける東京大学の研究グループの活動を紹介してきたのですが、会場から「世界的にも前例のない研究だ。期待している」と励まされましたから、自然災害で攪乱された後の再生過程を海域で研究した事例はほとんどなかったのでしょう。だからこそ、震災後の海の変化をしっかり調査していかなければならないと考えています。

リアルタイムの海況情報を漁業者の携帯電話に配信

──TEAMSにはどのような経緯から参画されたのですか。

木暮:大槌湾とその周辺海域の調査は行っていましたが、津波の影響は太平洋沿岸の広い範囲に及んでいます。大槌湾で起きている現象が特異的なものなのか、東北一帯で普遍的に起こっていることなのかは、大槌湾以外の海域と比較しなければ明らかにできません。そのため2011年の夏ころから、東北大学の木島明博先生と「一緒に研究できないか」という話をしていました。また、ガレキの流出を考えれば理解できるように、沿岸への影響はさらに沖合にも広がっていると予想されます。そこで、私たちが大槌湾とその周辺を、東北大学が女川湾とその周辺を、沖合域をJAMSTECが担当する形で文部科学省の公募に応募して採択され、TEAMSとして参画することになりました。

──木暮先生たちの研究は、どのように被災地の復興に役立てられるのでしょうか。

木暮:それがとても難しい課題でした。というのも、私たちはこれまで基礎的な研究を中心にやっていました。大槌町の漁業関係者と交流はしていましたが、研究機材を海に設置する際にお手伝いいただくようなことばかり。私たちの研究成果を直接的に漁業に役立てていただくことは、ほとんどありませんでした。ただ、それにはずっと疑問を感じていたのも事実です。学者は純粋な研究の重要性を説きますが、現実に起こっているのは、大学への運営費交付金の減少です。いろいろな形を通じてもっと社会に大学の存在意義を認めてもらわない限り、この事態は改善されないでしょう。今回のような大きな震災では、科学の力で漁業復興のお手伝いをするのは我々科学をする者の責務と考え、その手始めとして、大槌湾に設置した自動観測機器が計測した水温・波浪・栄養塩濃度といった海況情報を、漁業者の携帯電話に配信するサービスを開始しました。これまで漁業者は経験や勘に基づいて、どこに網を入れれば魚が獲れるのか、養殖いかだはどこに設置すればいいのかを判断していました。科学的なデータに頼らなくても漁業をしていたわけですが、震災の影響で海は大きく変わりました。漁業を行う上で重要な潮の流れが変化したところもあり、これまでの経験だけでは的確な判断ができない場合もあるかもしれません。そこで、リアルタイムの海況情報を役立ててもらおうと考えているのです。

調査結果次第では漁獲規制の必要も

──科学での漁業復興支援というと、魚介類をより多く獲るための技術を期待されるのではありませんか。研究者と漁業者の間で意識のズレが生じることはありませんか。

木暮:私たちは、研究活動で漁業復興のお役に立ちたいと考えていますが、漁獲量を増やすための技術だけを求められてしまうと、期待に添えないでしょう。というのも、調査結果次第では、漁業行為に待ったをかけないといけないケースもあり得るからです。たとえば、漁獲規制を考えなければいけないのがアワビです。実は震災後も大槌湾ではアワビがよく獲れているのですが、懸念される研究成果が出ています。大槌湾のアワビの生息状況を調べたところ、大きなものは多く見つかるのに、小型から中型のものが少なかったのです。震災当時、稚貝だったアワビが津波で流されてしまった影響が、今なお残っているのでしょう。

アワビは、主にコンブ・ワカメ・アラメなどの褐藻類をエサとしているが、藻類が密生した藻場で生息しているのは大型の個体だけで、小さな若齢個体は藻場の周辺に暮らしている。大型のアワビは強い力で岩礁に吸着でき、藻場の緩衝作用によって津波が弱められ、流されることはなかったが、吸着力が弱い上に直接津波を受けた若齢個体の多くは流されてしまった。大型個体が獲れるからといって、安易にアワビ漁を続ければ、近い将来、大槌湾のアワビ資源は壊滅してしまうかもしれない。

──早急にアワビ漁を規制すべきでしょうか。

木暮:状況を説明すれば、漁業者は漁獲規制の必要性を理解してくれるでしょう。ただ、一方ではアワビの密漁が大きな問題になっています。アワビ資源を守るために禁漁にしても、密漁されるのではないかという意見も聞かれます。持続的なアワビ漁を行うために、まずは漁業者との対話が必要です。

津波から人命を守る防潮堤が漁業の復興に影響する?

──陸上の復興も進める必要がありますが、ビルや住宅の建設で海に土砂が流入することも起こり得るのではないでしょうか。

木暮:その心配があるので、TEAMSにおける東京大学の研究グループでは、環境汚染物質の流入実態を明らかにするなか、課題を設置しました。当初は津波で流され、今なお海底に沈む自動車などからの有害物質や、陸上に保管されていたPCBなどの危険な物質が海に流れ込むのではないかと心配して、環境汚染物質を監視していたのですが、これまでのところ全国のさまざまな沿岸域と比較しても大槌湾での汚染物質の問題はないと考えています。震災から3年以上が経ち、現在は建設作業による土砂の流入を監視しています。今のところ大規模な土砂の流入は確認されていませんが、次に心配されるのは防潮堤の建設による影響です。これから建設される防潮堤の影響を明確に示すことはできませんが、大槌湾の海況を大きく変える可能性があります。たとえば、防潮堤によって潮の流れが大きく変わることになれば、ようやく復活しつつある湾奥のアマモ場に悪影響を与えかねません。

アマモは、岩に着生するコンブやワカメなどの藻類と異なり、砂地の海底に根を張って生育する。海底の砂は陸上から河川を通じて供給されるとともに、潮の流れで沖合に流出する量との均衡がとれて維持されるため、防潮堤の建設で潮の流れが変化すると、これまでアマモを育んできた砂が失われる可能性もある。アマモが群生するアマモ場は“海のゆりかご”と呼ばれ、稚魚の成育の場として重要な役割を担っている。津波によって大槌湾のアマモ場は壊滅的な打撃を受けてしまったが、徐々に復活しつつあるだけに、これから建設が始まる防潮堤の影響が心配されている。

──防潮堤は、アマモ場に悪影響を与えるからといって建設を中止するわけにはいきませんね。

木暮:我々は建設の是非を決める立場にいるわけではありません。周辺の住民を含めた地域社会が、最終的にその判断をすべきでしょう。ただし、判断する上で必要な情報、つまり、今、海はどうなっていて、防潮堤の建設によって何が起きうるのかは、しっかり情報発信していかなければならないと考えています。そのためもあり、広報を専門に担当するスタッフを雇用し、情報発信に取り組んでいます。より多くの人に理解してもらうために、研究プロジェクトに「プロジェグランメーユ」(フランス語で「プロジェ」は「プロジェクト」、「グランメーユ」は「大きな木槌」を意味する)という愛称を付け、大槌湾のひょうたん島をかたどった「メーユ」というマスコットキャラクターをつくりました。情報発信のためのウェブサイトの開設はもちろん、研究成果を紹介するパンフレットの発行や大槌町で公開シンポジウムも開催してきました。

──最後にこれからのTEAMSにおける研究活動の展望をお聞かせください。

木暮:今回の震災は、多くの尊い命が失われるなど、本当に不幸な出来事でしたが、破壊された東北地方の太平洋沿岸の復興を支援するため、多様な分野の研究者が集まりました。東京大学の研究グループだけを見ても、生物・化学・物理などの幅広い分野から専門家が参加しています。海洋科学、水産学の研究プロジェクトでは、過去に例がない布陣といえるでしょう。しかも、研究者だけの閉じたプロジェクトではなく、地元の漁業者とともに震災からの復興を実現しようとしています。TEAMSは2012年から10年間という期間を区切った取り組みですが、これだけ多くの人々が関わる体制が整ったのですから、TEAMS終了後も継続して海を研究し、地域の漁業に役立てていくとともに、科学者と社会との接点を築くという視点から、今回の事業が持つ意味を明確にしていきたいと考えています。

本内容は「海と地球の情報誌 Blue Earth」(2015年2月発行)
第26巻第6号(通巻134号)でも掲載されています。

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