国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

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 [ 第18回 ]科学的な知見で新しい形の漁業を提案し、産業と経済の両面で貢献していきたい 
              田中 裕介 生態系モデル・データ管理ユニット 特任技術副主任

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

田中 裕介(たなか ゆうすけ):

大阪府出身。専門は海洋物理学。京都大学理学部卒業。同大学理学研究科地球惑星科学専攻博士課程在学中。2013年1月より現職。

気象予報士の資格を持ち、現在は海洋物理を基にした東北沖の海洋モデルの作成をされている田中裕介さん。「被災地の方に、科学の知見を取り入れた新しい形の漁業を提案したい」と語る田中さんに、海洋モデルの持つ可能性と実現するための取り組みを教えていただきました。

相互に関係性がある大気と海洋

田中さんはもともと気象(大気)を研究されていたそうですが、気象と海洋を予測する際の大きな違いはありますか?

田中:予測に用いる物理方程式は大気でも海洋でも基本的に同じですが、観測方法や数値モデルの扱いなどは大きく異なります。 私たちは大気の底部分に住んでいて、空を見上げれば雲の有無や色は目で確認することができるし、風も肌で感じることができ、「雨が来そうだな」などは誰でも予測することができます。ですが、海に潜っても潮の流れは感じられないし、深海200メートル以上になると光さえない暗黒の世界。ですので、私たちは水温や塩分、流れの速度など、物理的なデータを解析することで、目視では得られない海の様子を解明しているんです。

気象予報士の資格を取得され実際に民間の企業にお勤めされた後、海の研究に移られたのには何か理由があったのですか?

田中:エルニーニョ現象のような大きな気候変動に海洋が関係していることはよく知られていますが、逆に海洋では、海面に接した大気によって波が立ち、潮の流れを作り、海水が暖められたり冷やされたりします。このように、大気と海洋は相互に大きな関係性があるので、海を研究することは自然なことでした。 以前に勤めていた企業ではエアコンの設計や、気象コンサルティングの仕事をしていましたが、そこでは仕事の効率性やグループで仕事をするためのスキルが必要不可欠でしたから、そういうノウハウを学びました。 民間企業では、顧客のニーズや要望にいかに応えるかが最優先事項ですが、TEAMSで行っている研究も被災地の水産の復興が目的で、明確に漁業に携わる人たちの存在が目の前にあるので、仕事の構造は基本的に同じです。その人たちの視点に立ち、どういうものを作ったら一番意味のあるものになるかを考える上で、民間に勤務した経験は役に立っていると思います。

常に心がける共有性と汎用性

TEAMSに参加されて、このプロジェクトに期待されていることはありますか?

田中:TEAMSの正式名称は、東日本生態系変動解析プロジェクトといい、研究の大きな目的は震災後の海洋の生態系を明らかにすることです。私の専門は海洋物理ですが、これまでは海洋の数値モデルから得られた物理のデータが生態系の解析に応用されたケースはほとんどなかったので、今回の取り組みは大きな挑戦です。自分たちの作成したデータがどう使われ役立つのか、逆に生物の研究者の知識や要望を物理に反映させてどうモデル構築できるか、ということは非常に楽しみですね。 さらに興味深いのは、陸に近い沿岸が研究の対象となっていることです。これまでは外洋を対象にしたプロジェクトが多かったのですが、今回は人の生活が見える部分。海洋の数値モデルを社会貢献に結びつけようとする気運が高まる中で、人の役に立つプロジェクトに関われることにやりがいを感じています。

実際に担当されている研究の内容を具体的に教えてください。

田中:いくつかの課題を並行して行っているのですが、大きくわけると柱は二つです。 一つ目は、三陸沖と女川湾の低次生態系を含む高解像度海洋モデルの作成。低次生態系とは、魚の餌になる海中の動植物プランクトンと、植物プランクトンの成長に必要な栄養塩などのことを言うのですが、これらをコンピュータ上で作った潮の流れで移動させ、その分布をモデリングしています。 餌であるプランクトンが豊富にある場所は魚が集まりやすく、漁場を推定する指針になりますし、牡蠣、ホヤ、ホタテなど、プランクトンを餌にする生物の養殖場所を餌の豊富なエリアに設ければ、質の良い安定した養殖が行えるようになるはずです。 もう一つは、これまでTEAMSの中で集められた観測データを物理的に解析し、当時の状況とコンピュータ上でシミュレーションしたモデルとの差を見ています。観測結果とモデルを比較することで、シミュレーションモデルがどれだけ事実に近づけているのかを検証し、誤差の原因を究明して改善していくんです。

現実と仮想であるシミュレーションの差を埋めるために、実際の観測結果と比較検証する作業は必要不可欠なのでしょうね。

田中:この作業を繰り返し行うことで、シミュレーションモデルはより現実に近いものになりますし、モデルが正しいかどうかも観測データと比較することでしか判断できませんから、非常に重要な意味を持っています。 一方で観測データと比較して近い結果が得られた場合には、船の観測ではわからなかった三次元(深さ・水平)的な水温や塩分、流れの分布がわかるので、これまでは知り得なかった原因やメカニズムを解明し、次に起こる際の予兆や傾向を知ることができます。

比較するための最初のシミュレーションモデルは、どんな数値データをもとに、どのようにして作られているのでしょうか?

田中:一般に公開されている地上のデータ(風・大気温など)と、海のデータを組合せてモデルを動かしていきます。三陸沖の場合は、データ同化というプロセスを使ってより現実的な海洋環境を再現したデータを利用して、海中の流れをシミュレーションしています。そのようにして作ったデータを利用して使って、さらに女川湾に注目した流れのシミュレーションをしています。 私の仕事はプログラミングを書く作業がほとんどですが、一度きちんとしたモデルができれば、あらゆるプロジェクトに応用することができますから、TEAMSや他の研究者の方も使っていただけるように、常に共有性と汎用性を心がけて作っています。

プログラミングをされるうえで、苦労されていることはありますか?

田中:好きな仕事なので、特に苦労しているという実感はありません。あえていえば目とか肩が痛くなるくらいでしょうか。走ることが好きなので、気分転換によく走っているのですが、走りながらプログラムを考えている自分がいます。 また、妻も別の研究所でシミュレーションの研究を行っているので、刺激をもらうと同時に良き相談者として支えてくれています。

東北モデルと女川湾モデル

女川湾のモデルは、従来にはないほど高解像度だ、とうかがいましたが、高解像度になることで、どんな利点があるのでしょうか?

田中:現在作成しているモデルは二種類あり、気象庁が公開している、北西太平洋解析予報格子点資料をもとにエリアを絞ったものですが、物理データに低次生態系モデルが統合されていますので、沿岸から外洋まで、広範囲での漁場探しに役立てるかと思います。 北西太平洋解析予報格子点資料が10,000メートル間隔のコマごとにデータが見られるのに対して、一コマ1,700メートル間隔で面積比30倍以上の詳細な情報を見ることのできる東北モデル。さらに、東京大学が大槌湾で作成されたモデルをいただいて女川湾への適用を試みている女川湾モデルは、一コマ13メートル間隔で面積比約6,000倍の細かさです。

アカイカのプロジェクトのように、データを船に配信するメリットは、沖合にいるときでも近隣での漁場探しができ、効率よく動けることだと思います。そういうときには東北モデルくらいの細分化が適していそうですね。

田中:そうですね。さらにモデルには外洋にいる生物の分布を予測するうえで非常に重要な渦の情報もありますが、その全体像や構造を知るには東北モデルくらいのエリアで見るのが適切かと思います。さらに、キチジやスケソウダラなど沖合に生息する生物の漁場などを見る際にも東北モデルが適していますね。

二種類のモデルがあると、目的に応じて利用しやすいと思いますが、13メートルごとのエリアで、そんなに海の環境に違いはあるのですか?

田中:まだ仮説ではありますが、一見同じように見える海でも、防波堤などの構造物があることで海の環境は変わり、養殖物などの成長速度や味に関わってくると私たちは考えています。養殖を営まれている方にとって成長速度は重要な事柄ですが、女川湾モデルのような精密なデータなら、どこで何を育てたらいいのか、どの位の密度までなら育てられるか、というところまで調べる事が可能になると思います。さらに漁場を見る際にも有効で、13メートル四方のエリアで餌の環境がわかれば、より確実に魚の場所を推定することが可能です。これまでのモデルでは把握できませんでしたが、エリアを細分化することで、地形や風の影響による餌の量の違いなども見えてくると思います。

風の向きや強さは常に変化するものですから、そこまで考慮すると、よりリアルタイムでのデータの更新が求められますね。

田中:現地の方々にそれを求めていただけるなら、実現できるようにぜひ頑張りたいですね。このプロジェクトは、そもそも漁業関係者の方に見てもらえるのか、モデルの結果を信用してもらえるのか、というところから取り組まなければなりません。要望が出るということは強い関心を持っていただいている証ですし、私たちも貢献できているという実感に変わるので、どんどんわがままを言ってもらえるようになりたいと思います。

漁業を生活の糧にしている方に積極的に参加してもらうためには、情報に付加価値を与え、参加するメリットを具体的に示すことが必要になると思います。

田中:そのためにも現地に行って直接声を聞くことは必要不可欠だと思います。 多分、獲る魚の種類や人によって知りたい情報は違っていて、この漁の場合は水深100メートルの水温がみたいとか、水温よりも潮の流れが知りたいとか、要望はさまざまだと思うんです。ですので、随時コミュニケーションを取り、定期的に進行状況や結果をわかりやすい形でお見せすることで、信頼関係を築いていきたいと考えています。

女川湾のモデルを作成するために、現地に頻繁に行かれているのですか?

田中:東北大学の女川湾フィールドセンターからアドバイスをいただいていることもあり、打合せを兼ねて2〜3ヶ月に一回現地調査に行っています。女川湾モデルは非常に細かいエリアまで鮮明に見える高解像度モデルなので、実際に現地に行って自分の足で歩き、地形を目でみて、モデルとの差異を掴むことが必要なんです。私は普段コンピュータの中で仮想の海を作っていますが、より正確な海を再現するためにも、現実から得る感覚は大事だと思っています。

永続的な水産資源環境を作り出す

現在作られている高解像度で詳細なモデルは、さまざまなプロジェクトにも活用できそうですね。

田中:いまは実際の観測データと比較しながらシミュレーションの精度を高めている段階ですが、モデルが完成すれば、多くの生物に対応することができるはずですので、水産業以外、たとえばTEAMSでの観測などにも活用できると思います。調査したい生物の特性から、その生息地などが見えてきますから、探査機の設置場所なども決めやすくなると思います。 もうひとつ重要なことは、生息する魚の量と実際の漁獲量を把握し、永続的な水産資源の環境を作り出すことにあります。モデルでは水産資源を維持するための漁獲量も算出できるはずなので、「ここにはこれだけ魚がいそうなので、これだけ獲っていいよ」とか、「価格の高い大きな魚を獲るためには、ここに行ったほうがいいですよ」など、漁業関係者の方の利益を考えながらも漁獲量を制御できる方法が提案できるはずです。

シミュレーションの正確性を高め、環境を保全するために漁獲量のデータが必要なのは理解できます。しかし、自己申告制である漁獲量の報告は信頼できるものなのでしょうか?

田中:実際に漁をされている方の財産ともいうべき情報を教えていただくわけですから、お互いに信頼しあい、利益を還元できないと難しいでしょうね。ですから、私たち研究者も研究の成果を惜しみなく公開し、経済面でも貢献できるようなデータを提供していくつもりです。漁獲制限に関しても、予測シミュレーションで「このまま獲っていったら10年後には魚が獲れなくなる」ということを時間経過とともに見ていただいて、参加する方に意義のあることだと理解していただくことが必要です。

このモデルを通して、未来の東北の水産業にどのように貢献されていくのかを教えてください。

田中:魚を食さなくなったり、水産関係の就業者数が減少したりと、いまの日本の水産業は問題を抱えています。そんな中で、私たちは物理の法則を用い、科学的な知見に基づいた新しい形の漁業を提案し、産業と経済の両面で貢献していきたいと思っています。そして、より質の良いおいしい魚を継続して獲り続けられる環境を未来に引き継ぎ、社会全体に還元するものに発展させていきたいと思っています。

ありがとうございました。

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