国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう

 [ 第12回 ]海底調査は学術的な成果に加え、 学生たちの成長の場にもなっています 
              坂本 泉 東海大学海洋学部海洋地球科学科 准教授

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

坂本 泉(さかもと いずみ):

埼玉県出身。1993年 東海大学大学院海洋学研究科海洋科学専攻博士課程後期修了。 東海大学海洋学部海洋資源学科研究員、海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)研究員などを経て、東海大学海洋学部海洋地球科学科 准教授。JAMSTECと一体化した委託機関である東海大学に籍を置き、生態系変動解析ユニットに参加している。

漁協の方々の力を借り、音波で海底を調査しています

JAMSTECの委託機関として海底観測を行っている、東海大学海洋学部海洋地球科学科。同大学の准教授であり、リーダーでもある坂本泉さんに、調査方法と東北の人々との交流、さらに海底の現在の状況をお聞きしました。

——坂本准教授は現在も東海大学で教鞭をとられながら、JAMSTECの委託機関として観測チームを率いられているのですが、TEAMSではどのような役割を担ってらっしゃるのですか?

坂本:JAMSTECの大型船では航行できない、比較的浅い岩礁地域の海底および海底下を、私たち東海大学のチームが漁船を用い、観測から底質試料分析まで行っています。 観測の範囲としては、沿岸域を担当する東京大学大気海洋研究所チーム(AORI)とJAMSTECの中間域である沿岸域から沖合にかけてです。

——TEAMSに参加された経緯を教えてください。

坂本:もともと私たち東海大学のチームは、浅海域を対象にした海底地形調査や高分解能地層探査の実績を有していました。そこで、以前JAMSTECに所属していた経緯から、東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチームの藤倉克則プロジェクト長代理(当時)に「音波を使った研究で何か貢献できないか?」と申し出たところ、沿岸と海洋を繋ぐ湾内の研究を依頼されたのです。

——音波探査とはどのような手法なのですか?

坂本:海洋域の調査を行う場合、直接物を観たり計測したりすることが不可能な場合が多く、一般的には水中での減衰が小さい音波を用いて観測を行います。本研究では、海底の地形を調査すると共に海底を覆う表層や、海底下がどのようなもので出来ているのかを、音の反射強度の測定を中心に調べています。反射強度とは、音が物質に当たって跳ね返る時の強さの事ですが、硬い物質に当たると強く跳ね返り、泥のような柔らかい物質だと跳ね返りが弱い、という性質を持っています。ですので、音を海底に向け発信し、その反射強度を調べることで、おおまかな海底の地質が推定できます。一方で、音は相対的なもので、比較してこちらよりも柔らかいとか、硬いとか、曖昧な判断になってしまいますから、より正確なデータを求めるため底質試料の採取も行っています。

——調査している湾はどちらですか?

坂本:2012年の2月から調査に参加し、ターゲットの地域を絞り、4月より調査を始めました。これまでに岩手県の広田湾、大野湾、門ノ浜、大船渡湾、越喜来湾、唐丹湾、大槌湾の調査を行い、現在は毎年5つの湾を1箇所約1週間、合計5週間ほどかけて調査しています。2014年からは宮城県女川湾においても東北大学女川センターの協力を頂き調査を行っています。

——調査する湾によって方法や状況は異なると思うのですが、どう対処されているのでしょうか?

坂本:使用する船も10トンクラスのものもあれば、3トンクラスのものもあるので、船のサイズに合わせて調査の組み立て方も変えています。 チームのスタッフは大学の学生が主体ですが、こちらも毎回変わり、年間で延べ200人から250人の学生が現場作業に参加しています。そこで、彼ら自身が探査機器を用いた観測から底質や底生生物の採取、さらにラボに持ち帰って解析や分析まで行います。

山に登り地形を体感する事で、海底の地形も見えてきます

——地上とは違って海の被害は実感しにくいのですが、震災の被害を知るにあたり、海洋調査はどのように重要なのでしょうか?

坂本:津波災害に関する海中への影響は、直接海中において調査しなければ、真実は見えてきません。また、陸上では人間活動により災害状況は刻々と変化しますが、海底環境では、変質による物質の変化はあるものの、基本的にはそのままの状態で埋蔵保存されます。3.11津波被害では、陸域における物の破壊が印象的でしたが、海底においても海底を削り込んだり、構造物の破壊も存在しています。しかしながら陸と異なるのは、津波により多量の堆積物粒子が湾内へ流れ込んだことであると思います。陸部は削られ、海洋は堆積の場になっているのです。

——謎の多い深海は、やはり未知の風景が広がっているのでしょうか?

坂本:海は陸上の延長部です。海から水を取り去ってしまえば谷あり山ありで、陸上における風景と大きくは変わりません。だから、私は教えている学生に「とにかく山を歩け」と言います。山を歩くと急な斜面があったり、硬い石があったり、平らな面もある。探査機で見える範囲は 5メートル程度なので、広範囲における地層の広がりや構成岩石の産状の様子を捉える事は出来ません。陸域での地形・地質変化を有して海底を観察すると、海底地形の微細な変化より構成岩石の変化を捉える予測性が養われます。

——陸上の体験や経験が、海の中でも活用されるという事ですね?

坂本:特に海中のような視野が狭い環境下では、経験から生み出される予測が大きな助けになります。少ないチャンスの中で、次にどこを調査すべきか、どの方向に進路をとるのか、など、必要なポイントを見出すのはやはり経験ですね。

——スタッフに学生の方を起用されるのも、経験の機会を与えているという事なのでしょうね。

坂本:被災地を訪れ、現場を体験する事で、「自分に課せられている仕事なんだ」という意識が非常に強まるようです。本プロジェクトでは、調査前の工具・機器・消耗品チェック、調査中の機器のオペレーション、観測後のデータ処理・機器整理と、学生が主体性を持って行動するように指導しています。調査の前半では、機器の準備をしている私たちを取り巻くようにただ立ちつくす学生達が、調査中盤から後半になると機器を直接触ったり次の作業に必要な工具を取りに行ったりと船上を駆け回るようになります。 私自身もこのプロジェクトの経験を通して、今後災害が起きた時にすぐに観測機械を車に積んで被災地へ迅速に駆けつける体制が出来ました。

地元漁協や船長さんと連携し、成果を共に喜んでいます

——研究をされる上で、どのようなご苦労があるのでしょうか?

坂本:雨などで陸から海へ物が流れ入る変化を捉えるため、一年に最低2回、台風のシーズンを挟んだ前と後に同じ湾で泥を採取しています。必然的に秋から冬にかけての調査になりますので、とにかく寒い。一つの湾から100ポイント以上の海底海泥のサンプルを採りますが、海水が冷たく、手を真っ赤にしながらの、きつい作業です。また海底地形調査などの音波探査時では、ひとたび機器のオペレーションが始まれば、ただじっと機器を眺め調整をしているのみですので、寒さがしんしんとしみこんできます。

——東北の冬は寒さが厳しいですが、他の時期では出来ない調査なのでしょうか?

坂本:調査の主な目的は、漁業関係者も含め地域住民のために生態系・環境を調べる事ですから、漁業者になるべくご迷惑をかけない時期を選んで調査しています。必然的に調査時期は決まって来ます。

——地元漁協の方々とのコミュニケーションは不可欠なのですね。

坂本:私たちは、地元漁協の漁船を借りての調査がほとんどです。漁協スタッフや船長さんからはネット等で知り得る以上の生の情報が豊富にいただけるし、彼らは津波による環境変化にも非常に敏感です。私たちも海底に沈む船や車を発見するなど貢献していますが、観測時に採取される生物(貝など)を観察する事で、成長を共に喜び合える不思議な関係が生まれています。それは学生も同じで、大学では経験出来ない、共に現場に立つからこそ生まれる貴重な絆があるのです。

自然はゆっくりと確実に元の姿を取り戻そうとしています

——TEAMSの研究をされている中で、一番印象的だったのはどういう点ですか?

坂本:自然の力の大きさですね。2011年の津波によって、海底は浸食や堆積物の移動現象によって大規模に変化しました。しかし自然はこれらの変化を埋めるように“しずしず”と時間をかけ、環境を変化させています。当たり前ですが、そこには水の運動があり、粒子の移動があり、生物の関与があり、複合的な作用によって湾内の環境が形成されている事が判りました。私は海洋地質学が専門ですが、生物学・海洋物理等他の研究者と組む事で、自然の仕組みを改めて学んでいます。

——海底は震災前の姿に戻ろうとしているのですね。このまま時間が経てば、海は元通りになるのでしょうか?

坂本:そう思います。しかし、海底が静かに復元を進める一方で、沿岸には人の生活があります。例えば震災で10メートル以上の高波が襲った地域は、防災のために山を切り崩して平野を十数メートル嵩上げする工事が行われています。これは人のために必要な事なのですが、積まれた土壌は雨で端から崩れ、その一部は河川から湾の中に流れ込む事が想像されます。 広田湾では、去年までは観測の度に貝の成長を観察できていましたが、今年はまったく取れなくなりました。何らかの理由で貝の生育の環境が変わったと考えられますが、それが自然の作用なのか、人による作用なのかはわかりません。継続して観察する必要があると思います。

——人間の営みが自然の復元に影響を与えているのでしょうか?

坂本:人と自然は常に影響し合い、共存する関係です。自然の作用は時間をかけてゆっくりと進みますが、人間の力は時に短いスパンで一気に物事を変えてしまう場合があります。私にはここで、どちらを優先すべきかを結論づける事はできません。私たちの役目はあくまでも海洋環境の変化を科学的に検証し、国や自治体、さらに海を生業としている人々が有益な施策をしていく為のデータを提供する役であると思います。

——そのためには長期間、同じ条件下で変化を見ていく事が必要なんですね?

坂本:そうですね。津波による作用は、陸上で建屋が倒れるのと同様に、引波が海底をえぐる作用があります。調査ではその削り跡が今でもはっきりと見えます。(図-1参照) 表層堆積物を調べることで、津波により形成された砂質堆積物がどこに、どのくらいの規模で分布しているかがわかってきました。また、海底でどのように砂質堆積物が広がっていったのか、その流動機構なども明らかになりつつあり、継続観測は必要です。

——震災であれだけの瓦礫が海底に流れ込んでしまい、生態系も大きく変わってしまったのでしょうか?

坂本:多くの異物が海に流れ込んだ事も原因の一つではありますが、湾内における海底環境の最も大きな変化の原因は、津波時の引波で沿岸付近にあった砂が湾を覆ってしまった事だと思います。(図-2参照) 海底の表面に砂でフタをしてしまった状態ですから、海底面下の泥の中で生育する生物に多大な影響を与えた事は間違いないでしょう。しかし、それも必ず戻ってくると信じています。

——坂本准教授の5年間の海底の観測調査結果は、「破壊による猛威」と「静かな復元力」、この相反する自然の力の怖さと優しさを教えてくれるように感じます。

坂本:津波の力の大きさをどう定量化するか、研究者はみな悩んでいると思います。 私たちは地質学の見地から、砂が海底を覆ったデータを用いる事で、津波が湾内にいかに大きな地形を変えるほどの力で襲ってきたか、その威力を観てきました。 さらに、海はゆっくりと、そして確実に元に戻ろうとしている事も観測からわかってきました。完全に以前と同じ状態になるまでには時間がかかるとは思いますが、その変化の様子を確実に記録として残す事で、多くの人に利用していただけると思います。

予測されている未来の災害に対する備えにも役立てたい

——今後、最優先すべき活動はなんでしょうか?

坂本:5年をかけて船で海底の地形を調査してきましたが、浅い岩礁地域での作業は、幅の狭い範囲の地形しか観測する事が出来ないため、現在でもようやく湾の半分くらいまでしか基礎データは採れていません。ですので、地形の基礎データを完成させる事が最優先事項です。 さらに、東北大学と共に行っている女川湾の底質特徴把握も重要です。ほとんどの湾が津波により表層が砂質堆積物に変わる中、女川湾は津波によって表層が泥質堆積物になっていて、通常とは逆の現象が起きています。このメカニズムを研究して解明するため、今後も底質の変化をしっかりと見ていけたらと期待しています。

——手間と時間がかかる作業ですね。

坂本:自然の復元はゆるやかに進行しているので、長期に渡っての変化を確実に観測していくほうが重要だと思います。

——プロジェクトに参加された最大の成果は何でしょうか?

坂本:学術的な成果も大きいのですが、それと同じくらい、学生たちに成長する機会を与えられた事には心から感謝しています。学生が現場を体験する事で、教科書通りではない工夫と改良を自ら重ね、効率の良い仕事を身につけていると感じています。

——プロジェクトの成果を、未来へどう繋げていきたいですか?

坂本:東北で培ったデータとノウハウを、私たちは今後来るであろうと予測されている災害に対する備えにも役立てたいと考えています。 実際、私たちは音波の周波数を低くする事によって、海底下の構造までを調べていますが、そうする事で過去に起きた大地震や津波の履歴を捉える事が出来ます。これまでは陸上の地質情報を元にして、地震の予測が立てられていましたが、海の地質を見ることでも予測が出来るようになると思います。 また沿岸域の詳細地形特徴はローカルな精密津波シミュレーションに役立つことが判って来ました。例えば、養殖が盛んな湾内では、津波による波高差が、筏に差別的に影響を与えることが判って来ています。湾内津波被害の軽減のためにも、精密津波シミュレーションに耐えうる極浅海域の精密測量が必要となると思います。

——ありがとうございました。

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