国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう

 [ 第15回 ]自分で作った機器が海で成果をあげてくれると安心します 
              小栗 一将  東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 主任技術研究員

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

小栗 一将 (おぐり かずまさ):

愛知県出身。専門は堆積学。静岡大学理学部地球科学科卒業。名古屋大学大学院理学研究科大気水圏科学専攻。学生時代は浜名湖の湖底環境の季節変化や、東シナ海の堆積環境や古環境の調査研究などを行う。公益財団法人日本海洋科学振興財団を経て、2001年から海洋研究開発機構に勤務。民生品を利用した観測装置も自作し、多くの成果をあげている。

TVで「地球大紀行」を見て地質学に興味

長年海底の堆積物を研究し、電気工学を駆使して自身で観測装置を作り上げている小栗一将さん。TEAMSでは、海底の環境を長期観測するための「海洋観測ステーション」を開発し、地震の前後の詳細な画像撮影に成功しました。そんなアイデアと工夫に満ちた小栗さんにお話をうかがいました。

小栗さんは地質学の研究者でありながら、自ら観測装置を作ってしまうそうですが、そういう研究者の方にお会いするのは初めてです。

小栗:確かに地質学や海洋学では、他に聞いた事はないですね。ただ、地震や電磁気の研究者の方は電気に強いと思うので、いらっしゃるのかもしれません。私の場合は、欲しいものが売ってないなら自分で作るしかない、いうスタンスで作っているだけなんです。

研究者になる前から工作が好きだったのですか?

小栗:子供の頃からプラモデルなどは大好きで、かなり作っていました。もともと電気工作も得意で、高校時代は工学部への進学を希望していたくらいなんです。今でもプライベートで面白いものを作るのが好きで、休日には秋葉原の電子部品の店や、DIYの店などを覗いています。

そんな小栗さんが、電気工学でなく海洋研究の道を選ばれたのには、何かきっかけがあったのですか?

小栗:工学部への進学を考えていた高校生の時に「地球大紀行」というTV番組を観た事が、大きなターニングポイントでした。地球の歴史を紹介する番組でしたが、その中で、恐竜の滅亡は隕石の衝突が原因とする説がある事を知ったんです。最初は「そんなバカな」と思いましたが、証拠が徐々に提示され、その世界にどんどん引き込まれていきました。 番組は驚きの連続でしたが、最も驚いたのは、地質学者の発想力。「この説を考えた人は何者だ?」、「何でこんな事を思いつくんだ」と、わずかな証拠から一見荒唐無稽に思える仮説を導き、しかしそれを科学的に検証してしまう地質学の考え方に魅せられてしまったんです。 部品の組み合わせである電気工学は自分でも学べるかもしれないと感じましたが、地質学者のように、考察から生まれる壮大なアイデアや検証のための発想は自分一人では身につかないと感じ、地質学を学びたいと思いました。 海も身近な存在でしたし、地質学も海洋学も繋がっている学問なので、どこに行っても最終的には、この道にたどり着いたのかな、と思います。

海底の堆積環境を中心に調査されているのですが、堆積にこだわる理由は何でしょうか?

小栗:理由は非常に単純で、堆積物には過去の出来事が記録されていき、またこれを読み取る事が出来るからです。 堆積というと、プランクトンの死骸や砂や泥などの粒子が、少しずつ海底に積もる退屈な現象という印象があると思いますが、実際の海底では単純に積もるだけでなく、色々な事が起きています。例えば地震によって海底で地滑りが起きると、堆積物は乱泥流になってより深いところまで移動しながら堆積していきます。長い時間をかけて積もった堆積物を採取して調べていくと、こうしたかつての地震のつめあとや、何千年単位での気候変動の痕跡が見えたりと、いろんな事が分かってきます。でも、海底は人が行って滞在できる場所ではありませんので、今、海底に何が記録されていくのか、という現場をきちんと観察した人はあまりいない。私は、電気工学の知識を使って、そこを観察したいのです。

今も続く震災による海底環境の変化

どのような想いでTEAMSに参加されたのですか?

小栗:実は、私はこのTEAMSに入る前、震災の4ヶ月後に緊急航海として被災地の海底の撹乱状況の調査に参加していたんです。なので、TEAMSに誘われた時は緊急航海の時の印象が強く残っていて、「海底で一体何が起きたのを調べたい」と思いました。

震災の後、4か月経過しても、海底は大変な状態だったでしょうね。

小栗:はい。地上では津波が大きな被害を与えましたが、海底でも大きな影響があったことが分かりました。調査したのは水深7,000mを超える深海底でしたが、その深さでも大変な撹乱が起き、生態系が破壊されている様子を目の当たりにしたんです。 特に海水の濁りはひどく、通常濁りの高さは1m~数mですが、このときは海底から50m位の高さまで強い濁りが覆っていました。流れも強く、浅い方から深い方へと何時間も同じ方向へ流れており、深海魚までもが流されていく状態でした。そんな状況の海を見るのは初めてでしたから、「これは普通じゃない。とんでもない事が起きている」と実感しました。

震災の影響を目の当たりにされて、復興への意識に変化はありましたか?

小栗:関東で生活していると実感が薄れがちになりますが、震災の影響は、今でも東北の海にジワジワと来ています。 実は、毎年叔母が東北の鮭を送ってくれていたのですが、今年は鮭が揚がらず送れない、という連絡を受けました。地元の人も口に出来ないくらい獲れなかったそうです。確証があるわけではありませんが、震災による環境の変化が、今も何らかの理由で漁獲量に変化を起こしているのかもしれません。なので、まずは東北の海の環境をきちんと調べたいと思うようになりました。

これまでより低コストの海底観測ステーション

TEAMSに参加されて、まず調査に必要な「海底観測ステーション」の開発に取りかかられたそうですが、その時の状況を教えてください。

小栗:ステーションの開発の期間は、当初2~3か月ほどと聞いていて、切羽詰まっていました。必死になりすぎて、当時の事はあまり覚えていないんです。 実際に第1回目の調査が開始されたのは2012年の8月からですが、開始後もトラブルが発生し、全ての観測が予定通りうまく行ったのは3回目からですね。

具体的にはどういう観測をされているのですか?

小栗:漁業が行われている三陸沖の、大陸棚斜面の上部(200~300m)、下部(水深770m)と水深1,000mの計三か所の海底 で、海水や堆積物表層の環境モニタリングを長期で行っています。 ステーションには海洋観測の基本になる、海水の流れの強さと方向を調べる「流向流速計」、水温や塩分を測定する「温度計」、「塩分計」などのセンサーのほか、海水の濁りを測る「濁度計」や「時系列撮影カメラ」なども搭載しています。このステーションを海底に設置して、半年以上、長い時は14か月もの連続観測を行うんです。

小栗さんはこれまでも数多く観測装置を開発されていますが、今回の調査のために、ステーションに施された工夫はありますか?

小栗:長期海底観測ステーションは既に幾つも存在しますが、多くは電力供給や通信機能を持つ海底ケーブルに接続して使います。このステーションは、通信機能はありませんが強力なリチウムイオン電池を搭載しているので、ケーブルに接続する必要はありません。このため開発コストはケーブル接続型の10分の1程度で製作できます。しかも設置は船から海底に投下するだけなので、貴重な時間も削減できますし、観測地点を変える事も出来るんです。 さらに、水深2,000mまで測れるセンサーやカメラを搭載し、調査項目が増えても良いように容積にゆとりを持たせていますから、今回の調査以外にも使えます。

リチウムイオン電池が開発された功績はとても大きいですね。

小栗:流向流速計の電池は、おなじメーカーのカタログ品を使っていますが、カメラの電池は今回の調査のために手作りしました。リチウムイオン電池は容量が大きく、長期にわたって安定した電力を得られます。一方で調査の目的を損なわずに長期の観測を行うために一番大切なのは、電池の節約です。そのためにカメラを決まった時間だけ起こし、撮影が済んだら電源を切る、という一連の動作を繰り返すようにしました。カメラ自体は市販品ですが、それを改造し、人間の代わりに規則正しくボタンを押すためのタイマーを自作して接続しました。このタイマーは市販の小型カメラ用電池で14か月以上働きます。ライトもLEDを樹脂に固定したものを作りました。100Wの電球とほぼ同じ明るさですが、消費電力はわずか7分の1です。

自作することのメリットがたくさんあるんですね。

小栗:プリント基板なども自分で作ります。通常は外注に出すものですが、コストがかかる上、完成までに数週間もかかってしまう。しかも、間違いがあると修正にさらに時間がかかります。しかし、自作すれば30分で出来ますので、迷わず自分で作る方を選びますね。 素材も機能的で安いものを常に探していて、普段からあらゆるお店の商品を事細かに覗いては、頭の中に形状や素材や機能の情報をストックしています。作る物が決まったら、すぐに製作にとりかかれる為の準備です。 例えば、LEDライトの基板を樹脂で固定するための枠型は、100円ショップで売っている弁当箱です。大きさもピッタリでしたし、これで作ったライトはとても頑丈で、東北の海底に14か月間放置しても、水深10,000mの海底で使ってもびくともしませんでした。

研究が好きだからこそ、自作するのですね。

小栗:自分で作った機器が海に潜って、成果をあげてくれると、嬉しいというより安心するんです。うちの子が粗相しなくて良かったな、と。成功のプレッシャーから開放される気分の方が大きいです。

観測中にマグニチュード7.3の地震に遭遇

これまでの調査で、長期観測だからこそ成し遂げた成果があるとうかがいました。どのようなことがわかってきたのでしょうか?

小栗:まず、三陸沖の海洋環境の特徴ともいえる、春の親潮の流入を捉える事が出来ました。この海域では、冬には津軽海峡から抜けてきた暖流水が存在していますが、春になりますと北方から冷たい親潮起原の海水が流れてきます。観測によって、この水塊の交替が1週間程度の、非常に短期間に起こる事が分かりました。 漁獲量や捕れる魚の種類は水温によって変わると言われていますので、水塊の交替が短時間で行われるという事は、漁獲量が急激に増減するという事を意味しています。

それは、水温の動きを知っていれば、漁獲量が増える事にもなるのでしょうか?

小栗:その可能性は高いと思います。特に底引き網漁の方の為には、衛星では分からない水深300m程度の温度測定が必要です。出来れば複数の観測地点を設け、リアルタイムで情報を得る事が理想的ですね。 他にも、春先に植物プランクトンが大増殖し、大量のマリンスノーとなって短期的集中的に海底に降り積もる、と言われていましたが、海底が見えなくなるほど激しい降雪が、一日ほど続くことが海底観察カメラの映像で実証されました。こういったマリンスノーの供給が豊かな三陸の海をささえていることになります。こちらも連続して長期に観測出来たからこそ捉えられた現象です。

観測中にマグニチュード7.3の地震を捉えたそうですが?

小栗:はい。本当に偶然でしたが、この時の濁度計やカメラの映像から、地震の前と後の海底の状態を詳細に記録する事が出来ました。 まず、地震によって海には濁りが発生し、堆積物が海底表層を薄く覆います。そうするとクモヒトデのような底生生物は埋まりかけてしまいますが、翌日には、何事もなかったかのように海底に現れます。しかし、生物が掘った穴は埋もれたままで、これが元に戻るのに10日間くらいかかることが分かりました。

翌日には何事もなかったように現れる…。強い生命力を感じますね。

小栗:今回観測した地震は、震災の余震としてはかなり大きいものでしたが、このくらいでは、海底の撹乱は生じても底生生物は無事でいられるようです。初めて映像を観た時は「タフだなぁ」と思いました。

漁業の「アメダス」を作りたい

今後の研究課題は何ですか?

小栗:現在観測は三か所のみですが、もっと数を増やし、面的に調査して、将来的に漁業の「アメダス」みたいな物を作りたいんです。水温から魚の分布を予想できるものにする事で、東北の漁業関係者の方にもよりお役に立てると思います。

そのために、さらに海底ステーションの改良を重ねていくのですね?

小栗:より多くの観測を行う為に、コンパクトな海底ステーションの機能限定型を作ろうとしています。それは地震計のようにガラスの球の中に機材を入れたり、地震計に便乗してしまうというアイデアです。地震計は非常に広い範囲に設置されるので、安い値段で便乗する事が可能なら、より多くのデータ収集が期待出来ます。 さらに、特に浅い海域でアンテナを水面に上げ、人工衛星を介してリアルタイムでデータを取得する事を考えています。これは水温を気にする漁業関係の方々からの要望でもあるんです。

コスト面でもすごくシビアで、無駄のない仕事をされていますね。

小栗:時間とお金を使って最高スペックのものを開発する事は、科学技術の発展のために必要ですが、私は限られた予算の中で最適化した物を作って、だれも出来なかった観測をやりたいんです。その為にも出来る事は自分でやります。同時に失敗出来ないプレッシャーもすごいですけどね。

ありがとうございました。

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