国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう

 [第4回]生物の密度分布を調べて被災地の水産業の復興に役立てる 
              山北 剛久 ハビタットマッピングユニット  ユニットリーダー

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

山北 剛久(やまきた たけひさ):

1982年、千葉県出身。2010年、千葉大学大学院理学研究科地球生命圏科学専攻博士後期課程修了。理学博士。森林総合研究所森林昆虫研究領域非常勤特別研究員、水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究生産環境部支援研究員、東京大学農学生命科学研究科生物多様性研究室特任研究員、海洋研究開発機構海洋・極限環境生物圏領域 海洋生物多様性研究プログラム特任技術研究員などを経て、2014年4月から現職。専門分野は空間生態学。

東北地方太平洋沖地震の被災地の復興を支援する「東北マリンサイエンス拠点形成事業『海洋生態系の調査研究』(TEAMS)」。これまではTEAMSに参加するJAMSTEC、東京大学、東北大学それぞれの研究拠点を率いる代表研究者を紹介してきたが、今号からは研究現場で活躍する若手研究者へのインタビューを連載する。一人目は、三陸沖の生物の密度分布を地図上に示す「生態系ハビタットマッピング」の研究チームを率いる山北剛久ユニットリーダー。海の生物の研究者を志したいきさつから、生態系ハビタットマッピングの意義について話を聞いた。(※役職は取材当時のものです。)

子どものころから親しんだ干潟の生物の研究を志す

──どうして海の生物の研究者を志されたのでしょうか?

山北:生まれ育ったのが東京湾の一番奥に位置する千葉県浦安市だったので、毎年、三番瀬や船橋海浜公園といった近くの海岸に出かけて潮干狩りを楽しんでいました。また、母の実家が佐賀県で漁師をしており、有明海に連れて行ってもらったりしたので、子どものころから海や海の生き物に触れ合っていました。ですから、自然と海の生物に興味を持つようになり、生物の研究を志して千葉大学理学部に進学しました。しかし、千葉大学理学部は伝統的に植物生態学の研究者を多く輩出しており、入学当初は植物の研究者とのつながりが深かったです。

──海の生物ではなく、陸の植物の研究にかかわるようになったのですね?

山北:所属した自然関連のサークルにも植物に詳しい先輩がいましたし、学部生のころは森林植物のゼミにも参加したりして、海の生物に興味を抱きつつも、陸の植物について学ぶ機会のほうが多くありました。ただ、ちょうど学部の2年生の時に、海の底生生物(ベントス)を専門にしている先生が赴任して、実習や授業で海の話を聞くことも多くなりました。そして、研究室に入って研究テーマを決める際は、干潟の生物を研究したいという想いを叶えつつ、学部で学んだ植物の知識を生かせるテーマをと考え、研究室でも専門の1つとしていたアマモを対象としました。神奈川県側では、アマモを移植するなどの保全活動が盛んに行われていますが、千葉県側では富津周辺に比較的、自然のままの状態の干潟が残されていたので、富津干潟のアマモの分布を研究テーマに選びました。

山北 剛久

──アマモの分布というと、どういった研究を行うのでしょうか?

山北:千葉県一帯の航空写真を撮り続けている会社があって、過去30年以上にわたって富津干潟を撮影した写真が保存されていました。それを見せてもらったところ、アマモの群落の広がりがとてもよくわかるものだったので、この航空写真を利用してアマモの分布がどのように変化しているのか、また、その変化に環境要因がどうかかわっているのかを調べることにしました。

──アマモに限らず、植物分布の研究というとフィールドで植物の生育を調べるという印象がありますが、山北さんの研究では航空写真を用いられるのですね。

山北:画像を活用した研究方法をとったのは、高校の時に所属していた天文部での経験がかかわっています。ちょうど私が高校生だった1990年代末頃、画像編集ソフトの“フォトショップ”が普及し始めて、部の活動でも利用していました。撮影した画像のままでは確認できないような彗星の尾も、画像処理をすることで見えるようになり、単に天体を観測するだけではない面白さに魅せられたことを覚えています。
さらに、千葉大学には環境リモートセンシング研究センターという組織があり、地球から撮影した天体写真だけでなく、人工衛星から撮影した地上の画像についても画像処理することで、ただ画像を見ているだけではわからないことを明らかにできることを知って感銘を受けました。そうした経験から、アマモの分布の調査でもフィールド調査だけでなく航空写真の分析を交えてアマモの群落の変化を明らかにしようと考えたのです。

富津干潟のフィールド調査で撮影したアマモ

──その結果、富津干潟のアマモについて、どのようなことが明らかになったのでしょうか。

山北:ある場所では波の当たり方が変化したために徐々にアマモが失われてしまった一方、別の場所では海流の流れによって運ばれた土砂の影響で砂州の形状が変わった結果、群落が拡大していることが明らかになりました。限られた特定の場所では変化があっても、アマモの群落全体では変動が非同調的であることで、面積が概ね保たれていたのです。こうした成果は、フィールドの調査だけではなかなか得られないと思います。それ以来、生物の個体群や群集を空間的に理解する研究を続けています。

生物群集を空間的に理解するのが一貫した研究アプローチ

──その後、TEAMSにかかわるまでは、どのような研究をされていたのですか?

山北:博士後期課程を修了した後、森林総合研究所に1年間、研究員として所属して森林と海の生物のかかわりを調べていました。その時の研究対象を例として挙げると、アカテガニがあります。アカテガニは普段は海岸に近い森のなかに暮らし、繁殖のために海に下ることが知られています。過去に三浦半島のアカテガニの分布を調べた研究があるのですが、これに標高の情報を加えて分布の面的な広がりまで明らかにできるよう、コンピュータ上で統計モデルを作成して推定しました。
その後、水産総合研究センターや東京大学に所属した際は、過去に得られたアマモの分布データや、底生生物(ベントス)の種数のデータから、全国の海の生物多様性の評価研究に取り組みました。

山北 剛久

──主に沿岸の生物を研究されていたようですが、JAMSTECは沖合、深海を主な研究対象にしています。その点でJAMSTECに所属することに懸念はありませんでしたか?

山北:研究対象が変わっても、私の研究手法は一貫して画像データなどから生物群集の分布を空間的に理解するというアプローチです。それはJAMSTECに所属したとしても大きく変わることはありません。むしろ沿岸の浅い海の場合、相当な労力はかかるものの、徹底的に分布を調べることが可能ですから、限られたデータだけで生物の分布を推定する意義は薄れます。それに対して、深海は調査自体が難しく、詳しく調べたくても調べられないことが多々あります。浅海に比べて情報が限られるからこそ、私が得意とする生物分布を推定する研究が生かせるのではないかと考えました。ですから、TEAMSのハビタットマッピングの研究メンバーの募集告知を見つけた時、躊躇することなく応募しました。

──TEAMSに参加される以前に、東北とのかかわりはありましたか?

山北:東北ではタチアマモの調査をしたことがあります。その際に、震度5の地震を経験し、ラジオの続報を待ちながら、山に登って逃げるかどうか話し合った経験がありました。また、東北地方太平洋沖地震の際、実家がある千葉県浦安市の埋め立て地ではひどい液状化現象が起こりましたから、震災の影響は他人事ではないと感じていました。TEAMSでは研究を通じて、東北地方の水産業の復興のお手伝いをしたいと考えています。

タチアマモは世界で最も草丈の長いアマモの一種で、草丈は7m以上になることもある。北海道、本州(日本海沿岸、陸奥湾~相模湾)、千島列島、朝鮮半島に分布しており、内湾の砂質の海底に生育している。沿岸の開発や、生活排水による水質汚染、富栄養化、植物プランクトンの増加による赤潮の発生などが原因となって、近年、減少傾向にある。山北ユニットリーダーは千葉大学在籍時に、岩手県大槌町にある国際沿岸海洋研究センターに滞在し、磯やタチアマモの調査にも協力していただけに、東北の復興に貢献できる研究に積極的なのだ。

──では、山北ユニットリーダーが担当されているハビタットマッピングユニットでは、どのような研究を行うのですか?

山北:今後、東北地方の水産業の復興に伴って、漁業が盛んに行われることになりますが、その際、どの海域にどんな生物がどのくらいいるのかという情報は非常に重要となります。そのため、私たちの生態系ハビタットマッピングユニットでは、三陸沖を調査し、その情報を盛り込んだ地図を製作することで、漁業者の皆さんの役に立つ情報を提供することを目指しています。
とはいえ、ただ魚が多く獲れる場所を紹介するわけではありません。一度にたくさん獲れば、それだけ水産資源が減ることになりますから、水産資源を枯渇させずに持続的な漁業を行うための情報も提供していきます。生物の生息情報が限られているため、詳細な推定はまだできていませんが、たとえば、重要な水産資源やその餌がどこから供給されているかなども明らかにして、この海域(あるいは時期)では獲ってもよいがあちらの海域(時期)は禁漁にしましょう、といった情報を提供することで、持続可能な漁業を確立するお手伝いをしたいと考えています。

生物の密度分布によって瓦礫の漁礁効果も明らかになる

──具体的にはどのようにハビタットマップを製作されるのでしょうか?

山北:理想をいえば三陸沖をメッシュ状に区切って、そのすべての生物の情報を得たいところですが、限られた調査をより有効に活用するため、他の研究チームと一緒に特徴的な海底を選んで調査を行っています。

──それはどのような海域ですか?

山北:海底には、「海底谷」と呼ばれる渓谷があります。海底谷には津波で流された瓦礫がたまりやすく、TEAMSの他の研究グループも興味を持っているため、これまでは海底谷を中心に調査を行ってきました。遠隔操作の無人探査機(ROV)を用いて海底の様子を観察するほか、スラープガンと呼ばれる掃除機のようなもので生物を捕らえることや、海底の土砂を採取するコア・サンプリングなどをして、得られた生物の分布情報を地理情報システム(GIS)のソフトウェアに入力して、環境情報との関係性を解析して、生物分布の推定を進めています。

小型無人探査機「クラムポン」による海底調査

──ハビタットマッピングで研究対象となるのはどのような生物ですか?

山北:調査によって確認された生物はすべて情報として蓄積していきますが、ハビタットマッピングの主な研究対象としている魚種は、キチジ(市場ではキンキといった名称で流通している)、マダラ、アナゴ類です。いずれも水産資源として重要な魚種であることはおわかりいただけるでしょう。これに加えてクモヒトデも調査対象にしています。クモヒトデは水産資源ではありませんが、キチジの胃の内容物を調べた先行研究から、キチジの主要な餌であることがわかっています。そこで、TEAMSではクモヒトデも生態系ハビタットマッピングの研究対象とすることにしました。

──クモヒトデは炭酸カルシウムでできた、かたい骨格を持っています。キチジの胃のなかに残っているのは、消化できないからとも考えられるのでは?

山北:確かにクモヒトデのかたい骨格がキチジの胃のなかで残りやすいのは間違いないでしょう。しかし、胃の内容物を調べた研究によると、非常に多くのクモヒトデの痕跡が確認されたと報告されていますから、量としては主な餌生物と考えても差し支えないでしょう。クモヒトデがキチジの栄養源として、どの程度、貢献しているのかまで明らかにしようとすれば、ヨコエビ類など他の餌生物を含めて、炭素や窒素などの安定同位体比を比較検討し、キチジの組織を構成する分子がどんな餌生物由来なのかまで明らかにしないといけません。こうした研究は未だ十分な成果は得られていないので、過去の胃内容物の研究成果を参考に、魚類に加えて、クモヒトデのハビタットマッピングを進めています。

──これまでの研究でハビタットマッピングは得られているのでしょうか?

山北:現在、調査を進めていますが、三陸沖について広範囲で生物群集を推定するに足るデータはまだ集まっていません。そのため、震災以後のクモヒトデのハビタットマッピングはこれからなのですが、1980年代に実施された調査結果を使って作成した図があります。この過去の結果と、今後明らかになる震災後のクモヒトデの密度分布とを比較することで、地震や津波の影響を評価できるのではないかと期待しています。また、今も三陸沖の海底にはたくさんの瓦礫が沈んでいますから、瓦礫の周囲でクモヒトデなどの密度が高ければ、その瓦礫には漁礁の働きがあると考えることもできます。

クモヒトデの分布密度

──漁礁の働きが認められれば、瓦礫を海底に残すという選択もあり得るのでしょうか?

山北:あえて引き揚げないという選択もあってもよいとは思いますが、底引き網漁を行う海域の場合、いくら漁礁効果はあっても漁業の邪魔になりますので引き揚げるという選択もあるでしょう。引き揚げるか、残すのかの判断は、漁礁効果の有無だけで決められるものではありませんが、生態系ハビタットマッピングの研究成果が瓦礫の扱いを決める判断材料になってくれると嬉しいですね。

──最後に、これからの展望をお聞かせください。

山北:実際に、生物の分布密度を示したハビタットマップを発表するには、もう少し時間が必要ですが、深海の調査写真などを漁業者の皆さんに紹介するだけでも、私たちの研究に興味を持っていただくきっかけになっていると感じています。日常的に海に出ている漁業者でも、海底の様子を見る機会はないので、自分たちが漁業を行っている海の底がどうなっているかには興味を持ってくださるのでしょう。これからも調査で撮影された写真は機会があれば紹介していきたいと考えています。

本内容は「海と地球の情報誌 Blue Earth」(2015年3月発行)
第27巻第2号(通巻136号)でも掲載されています。

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