国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう

 [ 第11回 ]研究データは、東北の復興への貢献はもちろん、 大切な基礎資料として後世まで残しておきたい 
              屋良 由美子 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 特任技術副主任

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

屋良 由美子(やら ゆみこ):

九州大学大学院総合理工学府大気海洋環境システム学専攻博士後期課程修了。理学博士。北海道大学大学院地球環境科学研究院博士研究員、国立環境研究所生物・生態系環境研究センター高度技能専門員を経て、2015年4月からTEAMSハビタットマッピングユニットに参加。

子供のころから、海は身近な存在でした

ハビタットマッピングユニットの研究チームは、東北地方太平洋側の海洋観測調査において収集したデータをGIS(地理情報システム・Geographic Information System)へ統合し、生物・瓦礫の分布や生態系の状態の可視化と推定を行なっています。今回はその取得されたデータの中でも、水温などの物理データの抽出・解析を行う屋良由美子さんに研究の内容と仕事への想いをお聞きしました。

——屋良さんは、いつ頃から海にご興味をお持ちだったのですか?

屋良:私は海に囲まれた沖縄県で生まれ育ちましたので、海で釣りをしたり、時期になるとモズクやタコなどを採ったりしていました。海と、そこに暮らす生物は身近な存在ですから、自然と海に興味を持つようになったのだと思います。

——ご出身の沖縄のほか、九州、北海道、関東と、全国の大学や研究所で、海の環境や保全について研究を重ねられていたのですね。どういう研究をされていたのですか?

屋良:TEAMSに参加するまでは、海洋生態系に関する数値モデリング研究、地球温暖化・海洋酸性化によるサンゴへの影響評価研究や造礁サンゴ種の保全上重要な海域の選定のための研究に携わってきました。実際に海に出て観測するというよりも、データを提供いただいて、コンピュータを使って解析する研究が多かったです。昔からデータを読み解く作業は好きでしたし、性格的にも適していると思います。研究をやっているとつい時間を忘れるくらいです。現場に出られる観測の方からは「退屈じゃない?」と言われることもありますが、私はコンピュータの中から海を覗いて充分楽しんでいます。

——TEAMSに応募されたきっかけは何だったのですか?

屋良:当時私は、GIS(位置や空間などの情報を、コンピュータ上でデータを重ねて解析を行い、情報を視覚的に表示させるシステム)を使い始めていましたので、今回のTEAMSのようなプロジェクトで私のGISの技能が活かせるのではないか、と思ったのです。当時ユニットリーダーであった山北(剛久)は少ないデータを最大限に活用した分布推定を実践している研究者で、その手法に惹かれたのも応募した大きな理由でした。

——実際に参加されて、GISはどのように活用されていますか?

屋良:現在は主に、生態系変動解析ユニットの方が取得された生データの中から、映像・画像から抽出した生物・瓦礫 情報 と位置データ(緯度・経度)と、CTD(電気伝導度、温度、水深を観測する装置・Conductivity Temperature Depth profiler)、DO(溶存酸素・Dissolved Oxygen)データを合わせたデータを作成し、生物・瓦礫の分布状況をマッピング(地図化)する作業にGISを用いています。観測生データは複数の機器で観測したもので別々に保存されていますが、時間だけは共通するので、すべてのデータを時間軸で抽出・整形しています。
希少なデータから誰も到達したことのない海の世界を読み解く作業になりますから、常に想像力が要求される仕事です。

データは共有利用されてこそ、価値があります

——貴重なデータだけに取り扱いが大変ですね。特に注意している点はどのようなところでしょうか?

屋良:生データには、何のデータなのか分かりづらい内容のものもあります。また、位置データ一つをとっても、例えば母船や小型無人探査機(クラムボン)などのいくつもの位置データが取得されています。ですので、私たちは、私たちの解析に必要なデータは何なのか、どういうデータが取得されているのかなど、データの内容をきちんと把握しておく必要があります。幸いなことに、近くに実際に観測された方々がおりますので確認・相談させていただくことで、より統一性と正確性の高いデータ作りが出来ているのだと思います。

——生態系変動解析ユニットとの連携は円滑なのですね。

屋良:はい。生態系変動解析ユニットの方には本当にお世話になっています。忙しい時間を割いていろいろと観測状況を説明してくださったり、相談にのってもらったりしています。逆に、こちらがデータ解析後のマップをお見せすると、すごく喜んでくれるんです。
さらに、「ここはおかしいんじゃないか」「ここは何か抜けているんじゃないか」「ここは何かが過大評価されているんじゃないか」など、私が気づかなかった間違いや、現場ならではの視点でアドバイスをいただく事ができます。実際に観測されている方々とこんなに密接に仕事をさせていただく事は初めてですが、連携によって迅速に仕事が進み、より精度の高いデータを作成出来ていると感じています。

——実際に観測されている方々と連携する事で、仕事に対する意識に変化は生まれたのでしょうか?

屋良:あたりまえですが、私たちの仕事のデータ解析は、観測データがあって初めて成り立ちます。ですが、海の中では電波が使えないことなどもあり、海洋調査観測は技術的にも難しく、また海況にも左右されますので、限られたデータしか得られません。TEAMSのプロジェクトに参加して、改めて観測される方々のご苦労を肌で感じ、同時にそのデータがいかに貴重なものであるかを痛感しました。

——所属されているハビタットマッピングのチームは、分野の異なる専門家が集まって構成されているようですが、専門が異なる事は良い方向へ作用しているのですか?

屋良:はい。現在チームは6 名で編成されていますが、皆で情報を共有、すり合わせをしながら仕事の方向性を決めています。
メンバーには、私のように物理データを専門に解析する人間や、主に映像・画像を見て生物・瓦礫情報を抽出する者もいれば、山北のように分布推定を得意とする者もいます。
それぞれが持ち寄ったデータをまとめて地図にする訳ですが、各分野の専門家が異なる視点で見ることで、より現実の海に近づく事が出来るのだと思います。
少ないデータの中で精度の高い情報を生む事は非常に困難なので、限られた機会の中で、本当に必要なデータを集めるよう、チーム全員が手探りで奮闘し、次に必要な観測計画も提案させていただいたりしています。
互いの意見を交換する事で、新たな視点で見直す機会が生まれ、相乗効果を生んでいると思います。

マップの果たす役割と漁業復興への想い

——苦労して得られた貴重なデータが地図になった時、驚きや感動はありますか?

屋良:データを抽出している時は数値の世界なので、その時点では何が正しくて、何が正しくないかも分からず、ただ、ひたすら正確さを心がけて作業していますが、地図になると「あぁ、そういうことなのか」と実感がわきます。この作業を繰り返していると自然にデータの数値の意味が読み取れるので、少しですが数値だけで予想がつくようになってきました。例えばですが、水深 と水温データだけで「何の生物がいそうだな」などと海中の様子が見えてくるのです。

——出来上がった地図が予想に反していた場合は、どうやって修正するのですか?

屋良:大きな差異が見られる時には あらゆる角度から確認・検証します。「データ抽出にミスはなかったか?」、想定に何かが欠けている可能性もあるので「他に必要なデータはないか?」など、パズルを合わせるように確認と検証を繰り返し、実際に観測された方にも相談しアドバイスをいただきます。

——そうして出来上がっていく生態系ハビタットマップは、東北の復興にどのような役割を持つのでしょうか?

屋良:私たちの作成する生態系ハビタットマップは、どの海域に、どんな生物が、どのくらいいるのかという、関係者の方にとって非常に重要な情報を地図に示すものです。今後、復興に伴って東北地方の漁業が盛んに行われる際に、必ずお役に立てると思います。とはいえ、ただ魚が多く獲れる場所を紹介するだけではありません。一度にたくさん獲れば、それだけ水産資源が減ることになりますから、水産資源を枯渇させずに、持続的な漁業を行うための情報も同時に提供していきます。

——研究の成果は、東北の漁業関係者以外にも役立つものですよね?

屋良:陸上で生活していると、本当の深海や海底の姿に触れる機会は少ないと思います。貴重なデータ、例えば、深海に生きて泳いでいる魚の映像・画像などを目にして、海の環境や生物に興味を持っていただく事は、海と私たち人間の生活を守る事にも繋がると思います。

——ハビタットマップが実際に公表されるのには、まだ時間がかりそうですか?

屋良:海底の優占種であり、生産性を指標していると考えられるクモヒトデの分布については既に地図ができ始めています。これまで考えられていたように単純に水深に対応して増減するのではなく、海底の水温や表層の生産性と関係すると考えられました。また、種を特定するのは困難な画像が多いのですが、平均的なサイズが水深帯によって異なり、種が入れ替わっていると考えられる様子が地図で見られるようになりました。

更に多くの映像・画像からの生物・瓦礫情報の抽出が重要です

——研究を続けてきて、より良いマップを作るために必要な課題はありますか?

屋良:観測データをより多く、長期的に蓄積する事が大きな課題です。特に深海の調査観測は水圧などの問題も加わりますのでさらに技術的にも難しく、 データは限られたものしか得られていません。

——より正確でより役立つ研究を推し進めるために、今後多く抽出したいデータはどのようなものなのでしょう?

屋良:生物や瓦礫の正確な分布を知るための映像・画像からの情報抽出ですね。位置データとCTD/DOデータは観測機器によって比較的簡単に得られますが、映像・画像から得られる生物・瓦礫情報は人間が目視でしか確認出来ません。そして、映像・画像から得られる情報は少ないですので、生物の分類群などを同定することは大変難しいです。また、普段我々が図鑑で目にする写真や図は、捕獲後の死んだ後の姿がほとんどで、生きて泳いでいる姿ではありませんので、魚の専門家の方に見ていただいても「実際に泳いでいる姿は初めて観た」とお聞きする事もありますし、存在が確認できても、その数を把握する事は容易ではないのです。
どんな生物や瓦礫が、どこに、どのくらい存在するかを判定する方法は海中の映像・画像しかないので、より多くの映像・画像を入手し、多くの生物・瓦礫情報を抽出する事は重要だと考えています。そうすれば、これらの多くの情報を整理することでより精度の高い情報となり、例えば、どの生物がどのエリアにどの位いるのかを、水深や水温などでより精確に予測する事が出来るようになると思います。

海の環境を明らかにすれば、海は守られていくと思います

——屋良さんにとって、今後実現させていきたい、理想のハビタットマップはどのようなものでしょうか?

屋良:漁業の方の経済活動の支援と海洋環境の保全、その両面を満たした内容を、誰が見ても理解できる地図にする事です。それは未来に必要な基礎資料だと思っています。
今後は今よりも、より精密で時系列で追えるようなマップを作っていくことが目標です。季節変動を含めた生物の状態も明らかにしていきたいですね。

——今回のプロジェクトを通じて、屋良さん自身はどんな感想をお持ちでしょうか?

屋良:TEAMSは、多くの人が一番知りたい、「東日本大震災後の海の環境はどうなっているのか?」「どの程度回復したのか?」「その回復のメカニズムはどうなっているのか?」といった疑問を、研究を通じて科学的に観測・解析し、海洋生態系変動のメカニズムを明らかにする事に取り組んでいます。私たちはそれを明らかにする事で、未来の海洋環境の保全に繋げる事が出来ると信じています。
私の行っている業務も、直接的ではないかもしれませんが、海洋の環境保全や人々の役に立つと信じていますから、この仕事にはやりがいを感じています。
同じ目的のもとチームが一つになり、高め合い、常に「人の役に立てる」事を意識して仕事が出来る。それは、とても幸せな事だと思います。

——それでは最後に、これからの事を教えてください。

屋良:地球の環境は常に変動していて、海洋生物の生体も様々な要因に影響を受けていますが、海の環境を明らかにしていく事で、海は守られていくと思います。 現在抽出しているデータは東日本大震災の影響を調べるためのものですが、ここで残したものは東北の復興への貢献はもちろん、いずれどこかで必要になる大切な基礎資料です。今後起こりうるあらゆる可能性を考え、この貴重なデータを後世まで残しておく事が大切です。
私の故郷である沖縄もさまざまな問題を抱えていますが、TEAMSで得た経験とノウハウ、そして残したデータは、いつか沖縄の海を守るためにも貢献できると信じています。

——ありがとうございました。

ページの先頭に戻る