国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう

 [ 第13回 ]BORASを進化させ、いつか東北の市民の方にも利用していただきたい。 
              伊勢戸 徹 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 技術副主幹

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

伊勢戸 徹(いせと とおる):

京都府出身。専門は動物分類学。琉球大学理学部海洋学科卒業。東京工業大学生命理工学研究科修士課程修了。琉球大学理工学研究科博士課程修了。 日本学術振興会特別研究員、琉球大学非常勤講師、京都大学フィールド科学教育研究センター(瀬戸臨海実験所)特定助教などを経て、2009年12月より海洋研究開発機構に勤務。

好奇心旺盛で生物全般が好きでした

TEAMSプロジェクトで得られる膨大なデータの収集・管理を一手に引き受けている、データマネージメントユニット。その中で、研究者と情報管理者、両方の観点からBORAS(生物観察記録アーカイブシステム・Biological Observation Record Archive System)の開発に携わっている伊勢戸徹さんに、BORASの重要性と今後の可能性をお聞きしました。

伊勢戸さんは、同じ生物学の分野でも、大学では形態学、大学院では発生学、さらに博士号は分類学で取得されているんですね。

伊勢戸:研究する過程の中、興味や関心の流れで移行した感じです。 もともと特定の生物が好きというよりも生物全般が好きでしたし、生物学としても多面的に理解したかったので、自然に範囲が広がっていったのかもしれません。

最終的に分類学を専攻された理由は何だったのですか?

伊勢戸:現在は生物多様性(注・人間は地球という大きな生態系の一員で、私たちの暮らしは、多様な生物が関わり合う生態系から得られる恵みによって支えられている、という考え方)を重視する動きが高まっていますが、当時の生物学では、生き物の共通性を解明することに対する関心が強くて、地球上に多様な生物が存在するという事実を学問的に軽視しがちだったんです。分類学が盛んになれば、もっと多様な生物を研究できるようになるのにと考えると、もう自分を止められませんでしたね。 発生学が嫌いだったわけではなく、あまりにも分類学に関心を持つ人が少ない事に対する問題意識からとった行動です。両方に興味があるなら、人のやっていない方をやりたい、と思ったんです。

様々な生物の存在を平等に愛し、大切にしている感じがします。子供の頃からそうだったのですか?

伊勢戸:子供の頃から生物は好きで、公園や川など身近な場所で昆虫や魚などを採ったり観察をしていました。父が海釣りに出かける際は迷わず付いて行きましたが、すぐに釣り竿を放り投げ、岩場や護岸に隠れた生物を探して遊んでいました。 勉強する対象として海洋生物を意識したのは、進学先として琉球大学の理学部海洋学科を知人から紹介された時ですが、沖縄の海ならば、これまで見た事もないような生物に出会えると思い、進学を決めたんです。入学してからは、ダイビング部に所属し、公私共にどっぷりと海に関わる生活でした。

日常の中で当たり前に行われている分類学

分類学を、分かりやすく教えてください。

伊勢戸:一言でまとめるなら「生物に名前をつける学問」の事です。簡単に思えるかもしれませんが、対象を形状などの特徴で整理できなければ名前も付けられません。「生物学は分類学から始まる」と言われますが、それは、名前をつける事で自然界に混沌と存在する様々な生物たちが、初めて認識され、研究対象となり得るからなんです。

分類学は難しいイメージがあるのですが…。

伊勢戸:確かに、実際には難しい問題がたくさんあるのですが、生物学とは関係のないところでも、分類という作業自体は日常の中で、ごく当たり前に行われています。 例えば、商品取引を行う際、そのモノは、素材や機能、用途などを分類・整理し、識別できる名前をつける事で、初めて「商品」となり、取引が可能になります。

日常の中で行っている分類と生物学的な分類とでは何が違うのでしょうか?

伊勢戸:共通するのは、どちらも「名前」がなければ、始まらないという事です。 ただ、生物の方は区別がつきにくく、分類が難しい事がよくあります。 地球や海洋は、まだ分類されていない未知の生物で溢れています。さらに、既に分類されていたものが、新たな発見で変わる事も日常的に起きてきます。常に情報をチェックしていないと混乱が生じてしまうので、ずっと面倒を見ていく必要があるんです。

生物分類学は、膨大な生物の情報を調査し続ける、繊細で緻密な作業ですね。ご自身の性格もそうなのですか?

伊勢戸:まったく逆です。生物は細かく分類できても、机の上は未分類な感じ。書類は仕方なく、時々片付ける感じでしょうか。分類学者で性格が細かいというケースは意外と少ないかもしれませんね。

JAMSTECのデータとサンプルの管理システムは画期的です

伊勢戸さんがJAMSTECに応募された理由を教えてください。

伊勢戸:京都大学で国際的なプロジェクトに参加している時、JAMSTECで生物サンプルの情報管理の担当者を募集している事を知りました。博物館以外の組織で、こんな職種の募集があるとは思っていなかったので驚き、同時に「JAMSTECは何をやろうとしているのだろう」と、その活動に興味がわきました。半信半疑でしたし、不安も大きかったのですが、それ以上に期待が大きく、「自分にぴったりかもしれない」と思って、応募したんです。

特に、どんな点に魅力と可能性を感じたのでしょうか?

伊勢戸:分類学者から見るとサンプルはとても重要なもの。サンプルが残されていないと、寄せられた情報の再確認を行う事も検証も行えず、信憑性が薄れ、確証のない情報だけが溜まっていきます。これまでも情報を集約したデータベースは存在していましたが、JAMSTECでは、データとサンプルと組み合わせて管理するシステムを確立しようとしていました。これが博物館ではない研究機関で行われていることは画期的な事だと思います。

実際にJAMSTECに参加されて、思った通りの研究は出来ていますか?

伊勢戸:JAMSTECの素晴らしさは、研究者以外にもプロフェッショナルが揃っているところです。 実際、これまで手がけてきたシステムの開発では、私が所属しているグループからはシステム構築のプロである「情報化技術グループ」に、研究者と情報管理者の観点から要望と構想を伝えるだけで良いんです。彼らは我々の意向を整理してプログラマーとの橋渡しをしてくれるのですが、そこで出来上がった仕様書(注・要望を具体的な設計内容としてまとめた文書)は、まるで神業かと思うような、的確なものが上がってきます。彼らが我々の頭の中にあるイメージを噛み砕いて設計図を書いてくれる事で、理想が現実化してきているんです。

BORASには主な使用方法が三つあります

所属するデータマネージメントユニットでは、どういう研究をなさっているんですか?

伊勢戸:一番中心的に関わっているのは生物観察記録アーカイブシステム(BORAS)の開発です。BORASは一言で言えば、出会った生物の記録をデータとして整理するためのツール。幅広い調査に役立つ観点で開発していますので、多様な生物の様々な種類のデータを、より手間なく迅速に扱えるようになっています。

研究と情報管理のどちらも関わってこられた、伊勢戸さんならではですね。BORASには、どういう利点があるのでしょうか?

伊勢戸:主な使用方法は三つあり、それぞれにメリットがあります。 まず、一つ目は、個人で持っているデータの整理を楽にするための機能。BORASは「何が」「いつ」「どこに」いたのかというデータを基本に整理していきます。このようなデータ形式を「出現レコード」と言って、詳細な形式が国際的に標準化されています。 研究者の手間を省き、より多くの情報を整理するために、写真を読み込むだけで出現レコードの単位ができてしまうようにしました。これをベースとして、後から同定情報、位置情報、時間情報を加えていくことができます。すぐに公開されるわけではないのでこの順番でも問題ありません。その他のデータの追加や修正を行う事も簡単です。 入力と同時にデータが整理されていきますし、整理したデータをダウンロードもできるので整理できた実感も持てると思います。

手間なく、簡単に出来るという事が大きなポイントですね。

伊勢戸:サンプルがある事が理想ですが、保存出来ない場合もありますし、参照として写真を活用する事はとても大事です。そのためにも、その操作はより簡単でなければならないと思います。もちろん、サンプルが保存されている場合はその情報を登録することもできます。

二つ目の利点は何でしょうか?

伊勢戸:二つ目は、ユーザー間でデータを共有できる事です。 調査結果を共有すれば、より多くのデータを利用する事が出来ますし、比較もしやすくなります。意見交換や問題点を見つけるのにも、有益に使えます。 さらに、他の研究者の役に立つ可能性も重要です。例えば、調査時に気になる生物を見かけたものの、専門外だったような場合、通常は見捨てがちですが、写真を残して共有しておけば、その生物の専門家が同定(注・分類上の所属を決定すること)を行ったり、研究に利用したりする事も考えられます。その写真から、生物の新たな分布の広がりが分かったり、環境の変化が示唆されたり、新種の生物を発見する可能性だってあるのです。

データがより広く、多くの人に活用されるのですね。

伊勢戸:はい。さらに、地球規模でデータを公開したい時にもBORASは有効に使えます。 これが三つ目の利点なのですが、BORAS上に集まった出現レコードは間もなく、国際標準の形式に変換されて簡単に出力できるようになる予定です。そして、ユーザーが“公開してもよい“という意思を示した出現レコードは、J-OBIS(日本海洋生物地理情報連携センター・Japan Ocean Biogeographic Information System Center) に提供される予定です。J-OBIS に提供された出現レコードは、JAMSTECが運用している海洋生物の分布情報のデータベースBISMaL(海洋生物多様性情報データシステム・Biological Information System for Marine Life)に登録されるのですが、さらに、OBIS(海洋生物地理情報システム・Ocean Biogeographic Information System)という国際的なデータベースにも提供され、公開されます。 これまで公開するには、データベースごとの所定の形式に合わせる作業に時間がかかっていましたが、BORAS上でデータを整理しておけば手間なく公開が可能になる予定です。

BORASのようなシステムは、これまでなかったのですか?

伊勢戸:機能のそれぞれの部分を見ればありますし、世界初の技術を使っているわけでもありません。ただ、個人的な整理作業から共有、公開までをつなげてくれるツールはないと思います。また、生物の観察情報を集める仕組みでは、市民だけを対象としたものが多いんです。研究者を主眼においたものは国際的にも、少なくとも普及しているものはないと思います。出現レコードは様々なプロジェクトで集められているにも関わらず、これまで公開する場としてのデータベースしか整備されていないのが不思議でなりませんでした。

BORASを一層進化させ、利用者を拡大して行きたい

開発にあたって、どのような点で苦労されているでしょうか?

伊勢戸:研究者はこれまで各自の方法でデータを整理してきていますから、BORASのような「データを取りまとめる為のツール」に対して、そもそものイメージがありません。ですので、多くの方に積極的に使用していただけるよう、その利便性をもっとしっかりと伝えていかなければなりません。

使っていただくために、どのようなアピールをしているのですか?

伊勢戸:草の根運動として、TEAMSの研究メンバーのところに出向いてデモンストレーションをかけ、データの入力作業を一緒にします。興味のなかった方も、実際にBORASを体験していただくと、「なるほど、そういうことか」「整理できた実感がある」と喜んでいただいています。

BORASは今後どう進化していきますか?

伊勢戸:今はまだTEAMSのメンバーだけで使ってもらっていますが、利用者も少しずつ拡大しているので、その声を取り入れながらより一層進化させ、成果を上げたいと思っています。 まずは研究者の利用について強調してきましたが、BORASはスマートフォン、タブレットで使えるアプリも開発しています。使いやすく出来てきているので、次は東北地域の海に接しておられる水産業に関わる方々や、市民調査の現場でも活用していただきたいですね。

根強く役に立つものを生み出し、東北の現状を世界に伝えたい

BORASは東北の復興にどのように貢献できるのでしょうか?

伊勢戸:TEAMSは複数の機関や大学が参加し、様々な調査を行っていますが、出現レコードという形式のデータはどのような調査からも共通に得られるので、TEAMS内の機関が連携し合い、より高い成果をあげるためにも、BORASは適していると思います データが集まると、生き物の分布やその変化も分かるようになるので、地域の海洋生態系の現状、どこの環境が回復してきているのか、逆に悪くなっているのかという、復興に必要な基本的な情報となります。漁業復興のための研究を効率化するためにも、BORASを活用して欲しいですね。

伊勢戸さんご自身の被災地への思いを聞かせてください。

伊勢戸:我々が行っていることは基礎的なので、復興支援として直接目には見えにくいかもしれませんが、だからこそ大事な点も多いと思います。特効薬でなくても根強く役に立つものを生み出し、海と人の共存のための研究基盤が、東北地方で作られてきたと言われるようにしたいですね。そして、東北地域から漁業や海洋研究の新たな人材がたくさん出てくるようになれば嬉しいです。

ありがとうございました。

ページの先頭に戻る