国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう

 ウニとコンブの関係を明らかにし 津波で破壊された“海の杜”の再生に取り組む 
              吾妻 行雄 東北大学大学院農学研究科 教授

プロフィール

吾妻 行雄(あがつま ゆきお):

1954年、福岡県生まれ。1978年に東北大学農学部水産学科卒業。北海道立水産試験場、北海道原子力環境センターを経て、1997年より東北大学大学院農学研究科へ。助教授、 准教授を経て、2010年より現職。博士(農学)。平成22年日本水産学会水産学進歩賞受賞。専門分野:水圏植物生態学、ウニ類の生物学、生態学、水産科学。

東北地方太平洋沖地震・津波で大きな打撃を受けた東北地方の水産業復興を後押しするために発足した「東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS)」。そのプロジェクトに参加する研究者へのインタビュー連載、今回は長年コンブとウニの関係を調査し、“磯焼け”の原因解明などに取り組んできた、東北大学の吾妻行雄教授の研究を紹介する。津波の影響で破壊された三陸のコンブの森は再生できるのか。そのカギを握るコンブとウニの関係について話を聞いた。

海中林が崩壊する磯焼けはなぜ起こるのか

—震災以前はどのような研究をされていたのですか。

吾妻:1997年に東北大学に着任するまでは、北海道の水産試験場で、主にウニ類の生態と磯焼けの原因解明に取り組んでいました。本来、温帯から亜寒帯の沿岸の岩礁域、つまり磯には、コンブやホンダワラといった大型海藻の森が広がっています。この森は「海中林」とも呼ばれており、その生産力は非常に高いことが知られています。

─生産力はどのくらい高いのですか。

吾妻:陸上で最も生産力が高い場所は熱帯雨林です。コンブなどの褐藻類が光合成で生産するのはマンニトール、ラミナランといった多糖類なので、CO2と水からデンプンをつくり出す植物の生産力と単純に比較することはできませんが、生産される有機物の炭素量を比較すると、海中林の生産力は熱帯雨林の1~5倍と報告されています。

─海中林は、沿岸岩礁域の生態系の基盤になっているのですね。

吾妻:はい。海中林のコンブ葉が脱落すると、ウニやアワビなどに食べられ、植食連鎖(生食連鎖)の出発点となります。ウニやアワビの成長あるいは身入りは食物となるコンブに支えられて漁獲量が左右されます。食べ残されたコンブはバクテリアによって分解され、腐食連鎖に取り込まれていきます。もちろんメバル・カサゴ・ソイ・アイナメといった岩礁域に生息する魚にとっても、海中林はとても重要な存在です。ところが、海中林が失われてしまうことがあります。それが磯焼けです。海中林が失われ た岩礁域は、無節サンゴモという石灰質の紅藻に覆われてしまいます。無節サンゴモが優占した場所の生産力は、コンブ類の海中林に比べて100分の1ほどに低下してしまうのです。したがって、磯焼けが発生すると周辺海域の漁業に大きな損失がもたらされるのです。ですから、北海道の水産試験場の研究職員として磯焼けが起きる原因に迫ろうと研究を続けてきました。

岩礁域の無節サンゴモ(右下の白い部分)に堆積した津波による大量の泥。

─そのころは、どのような調査を行っていたのですか。

吾妻:磯焼けは環境中で起きる現象ですから、さまざまな原因が考えられます。人間活動の影響も指摘されています。私は、北海道日本海沿岸で広く磯焼けが起こっている原因として、自然の変化に的を絞って研究を行ってきました。海の環境の変化と、ウニが増えることがコンブの生育に大きな影響を与え、磯焼けにかかわっていると考えたからです。

─ウニの摂食が磯焼けの原因ということですか。

吾妻:確かにウニが増加するとコンブの海中林に対する摂食圧が高まるのは間違いありません。しかし、それだけでは磯焼けを説明できません。そこで、実際に海に潜って、コンブの消長、親ウニの増減、稚ウニの生まれた量と水温や栄養塩類の濃度など、環境の変化との対応関係を丹念に調べていきました。その結果、北海道南西部沿岸の磯焼けの発生とその持続には対馬暖流の流れの変化と高密度化したウニの摂食圧が大きくかかわっていることが明らかになりました。

日本海を北上する対馬暖流は、水温が高く、貧栄養という特徴を持つ。通常、対馬暖流の一部は津軽海峡を抜けて太平洋へ流れていくが、太平洋と日本海の潮位差により津軽海峡を抜けられず、北海道西岸沖を北に流れることがある。そうす ると、磯焼けが起きやすくなるとされる。冬から春にかけてコンブが芽生えるときに、高水温・貧栄養の海流にさらされると生育が抑えられる。そして、無節サンゴモ群落で増えたウニの摂食圧によって磯焼けが持続することが指摘されている。一方、東北地方太平洋岸では、親潮が弱まることで高水温・貧栄養の海水がもたらされ、磯焼けが発生しやすくなるといわれている。

アラメの70%以上が傷つけられた津波の破壊力

─東北地方太平洋沖地震に伴う津波は、沿岸域の海中林にも大きな影響をもたらしたのではありませんか。

吾妻:おっしゃる通り、津波は海中林とウニ・アワビにとって大きな攪かく乱らん要因の1つです。私にとって津波の影響調査は、TEAMSが初めてではありません。水産試験場に勤めていたときに、1993年の北海道南西沖地震を経験しました。地震が 発生して1週間もたたないうちに、津波の被害が大きかった奥尻島の対岸、北海道本土側のやや北に位置する島牧村の海岸で調査を始めました。後背が断崖絶壁となっている海岸には大量のウニやアワビが山となって打ち上げられていて、潜ってみると津波によって多くのコンブがなぎ倒されていました。ところが、海中林は翌年には回復し、ウニ・アワビ資源も2年後にはずいぶん回復しました。このときの経験から、東北沿岸でも早く回復するのではないかと期待していました。しかし、地震・津波から4年以上がたった今も回 復したとはいえない地区があります。

コンブの仲間、アラメの海中林。 津波によって葉の部分がちぎれ破損したアラメ。

─東北の海中林の調査も、津波の直後から実施されたのですか。

吾妻:地震後、すぐにでも調査をしたかったのですが、余震による津波や海底に沈んだ瓦礫が危険ということで、潜水調査は宮城県によって禁じられていました。それでも北海道南西沖地震のときに大量のウニ・アワビが打ち上げられていたことを思い出し、4月上旬には宮城県気仙沼市の大谷海岸で調査を始めました。

─気仙沼沿岸でもウニ、アワビは打ち上げられていたのですか。

吾妻:島牧村とはずいぶん状況が違っていました。打ち上げられたウニやアワビを確認できましたが、広域に拡散しており、定量的に調べられませんでした。実態は潜って把握しなければなりません。6月初めにやっと宮城県の禁止が解除され、潜水調査を開始することになりました。

─沿岸部はまだ混乱していたと思いますが、潜水調査の機材などはそろっていたのですか。

吾妻:私たちの研究室では潜水機材はボンベを除いてすべて整備されています。調査はラインを海底に敷設し目視による定量的な観察によって行います。水中カメラ、水中ノート、採集袋、コドラートという海底に置く枠があれば調査は可能です。

─具体的にどのような調査が行われたのでしょうか。

吾妻:志津川湾で震災以前にアラメの海中林が形成され、ウニ・アワビの漁場であった12地区を選んで、津波の影響を調べました。陸上の植物と異なり、海藻は仮根と呼ばれる部位で岩に張り付いて体を支えます。アラメの仮根による固着力はとても頑強です。潜水調査中に波が荒くて流されそうなときはアラメの根元をよくつかみますが、びくともしません。津波で根こそぎ流された個体もなかにはあったかもしれませんが、海中林に及ぼす津波の影響を調べるのにはアラメが最適であったといえます。調査の結果、湾奥ほど被害が深刻であることがわかりました。地形によって異なるものの、一般的に津波は湾口よりも海が狭まる湾奥でよりエネルギーが増幅されて被害が大きいといわれています。実際、湾奥では全体の70%以上のアラメの枝が折れたり、茎が切断されて破損しており、津波の被害が大きくなることを如実に物語る調査結果が得られました。TEAMS発足以前から、こうした調査を進めていましたので、TEAMSにはごく自然に参加することになりました。

志津川湾の海底に永久実験 区を設定して継続的な調査を行っている。 海底に固定して実験区の位置を示す志津川湾の海底に永久実験 目印。

回復しつつあった海中林がウニの大発生で崩壊

─TEAMSではどのような研究に取り組んでいるのですか。

吾妻:すでにお話しした通り、海中林は沿岸岩礁域の生態系の基盤です。東北地方の水産業を復興させていく上で、コンブやアラメの海中林はなくてはならない存在です。津波によって深刻な打撃を受けてしまった海中林が、どのように回復するかを調べてきました。当初は女川や牡鹿半島でも調べていましたが、現在は志津川湾のアラメ海中林に絞って調査を継続しています。

─北海道と比べて、東北の海中林がなかなか回復しないのはなぜですか。

吾妻:私たちは、アラメの被害が最も大きかった志津川湾の湾奥部の岸から水深7mにいたる1,600m²を永久実験区と設定して調査を継続しています。津波から2年がたった2013年には、震災後に生まれた小さなアラメが多数観察され、回復が顕著に見られ始めました。このまま順調に生育してくれれば、今ごろ海中林は完全に回復していたでしょう。しかし、予期せぬことに2011年の秋に生まれたウニが大発生して回復を阻害してしまったのです。

─ウニが大発生した原因は明らかになっているのですか。

吾妻:当初、水温がかかわっているのではないかと考えていました。というのも、孵化して1カ月程度の間、ウニは浮遊幼生となって海中を漂って暮らします。そのときに水温が高いと浮遊期間が短くなって、生き残る確率が高まって稚ウニの発生に結びつくといわれています。ところが、浮遊期に相当する2011年秋の水温を調べてみると、例年に比べて高く推移した事実はありませんでした。ならば、幼生がウニの形となって着底した後の生残率が高かったのかもしれません。その原因として、たとえば、稚ウニを捕食するカニやヒトデが津波で流されてしまったとか、津波で新たに運ばれた岩石の表面などに、微小藻類など稚ウニが食べる食物が十分保障されて成長が速まったなどの要因が働いたのかもしれません。しかし、これらは確証のない推論です。2011年の秋に生まれた大量の稚ウニは成長して満2歳となった2013年の秋以降、アラメの海中林を直接食い荒らし始めたのです。

本来、アラメにはフロロタンニンというポリフェノールが含まれており、ウニの摂食を阻害する化学防御の働きを持っている。このフロロタンニンは水溶性であるため、脱落した葉から溶け出すことで、ウニはアラメを食べられるようになる。 しかし、志津川湾で大発生したウニはフロロタンニンをものともせず、生きたアラメを直接食べ尽くしている。その結果、回復しつつあったアラメの海中林は崩壊して縮小し、磯焼けが拡大していると考えられている。

─ウニが大発生したままでは、海中林の回復は望めないのでしょうか。

吾妻:磯焼けの拡大を防ぎ、海中林を回復させるためには、大発生したウニを除去することが必要であると考えています。それを検証するために、現在、徹底的にウニを駆除した実験区を設定しました。しかし、ウニは周辺海域から侵入してきますので、除去は継続しなければなりません。ウニの寿命は15年ほどですので、自然死を待って放置すれば、10年以上もウニによる高い摂食圧が海中林にかかり続けてしまうことを意味します。大発生したウニを放置したままでは、海中林の回復は望めないと思われます。

海中林を回復させるにはウニの利用を推進するしかない

─ウニを減らすために、利用を推し進めればいいのではないでしょうか。漁業者がウニを獲れば減るように思いますが。

吾妻:磯焼けの海で育ったウニは身(生殖巣)が痩せていて、色も悪く、商品価値はありません。売れないウニでは、誰も獲ろうとしないでしょう。地元では堆肥化するためにウニを除去することも計画されましたが、順調には進んでいないようです。一方、これまで漁業者や我々研究者の間でウニにコンブを食べさせると身の品質と味がよくなることが経験的に知られていました。そこで、宮城県漁業協同組合志津川支所に協力を仰ぎ、青年部の漁業者とともに磯焼けの場所で採集したウニにコンブを与える実験を行いました。科学的な検証によって、本当にコンブを与えておいしくなることを示せば、ウニの利用を推進できるだろうと考えたのです。

津波の後に海底で大発生したウニ。 海底から除去したウニをコンブとともにカゴに入れて育成する実験の様子。

─ウニにコンブを与えるとおいしくなるというのは、科学的に調べられていなかったのですか。

吾妻:これまで、ウニにコンブを与えるとウニの身はコンブの旨味成分のグルタミン酸でおいしくなる、といわれることもありましたが、味をもたらす成分の変化は調べられていませんでした。志津川湾の波が穏やかな場所で、ウニをカゴに入れてコンブを与えました。そして、収穫後に漁業関係者の方々による食味試験を行ったら、目もく論ろ見み通りおいしくなっていることが確認されました。また、コンブを与えることによってグルタミン酸ではなく、アラニンやセリンなどの甘みの遊離アミノ酸が増加しておいしくなったことがわかりました。

カゴで育成したウニの食味試験の様子。おいしくなっていることが確認された。

─おいしくなれば、高値で売れそうですね。

吾妻:実際にそうなれば、漁業者はこぞってウニを獲り、育てるようになるでしょうから、海域のウニは減少し海中林の回復にもよい効果がもたらされるはずです。しかし、本当に高値で売れるためには、高品質化を目指した養殖方法や養殖時期についてさらなる研究が必要であると考えています。いずれにしても、沿岸岩礁域の水産業を復興させるためには、海中林の回復は不可欠です。海中林とバランスのとれたウニ・アワビ漁業の復興を目指すとともに、今後も起こりうる磯焼けをうまく活用したウニのカゴによる短期育成技術を確立させることが復興への一助になれば幸いです。

本内容は「海と地球の情報誌 Blue Earth」(2016年2月発行)
第28巻第1号(通巻141号)でも掲載されています。

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