国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

メンバーに聞いてみよう

 [ 第16回 ]データを集め、後世にまで残していく事が私達の仕事です 
              一柳 麻里香 生態系モデル・データ管理ユニット 特任技術副主任

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

一柳 麻里香(いちやなぎ まりか):

神奈川県出身。専門は植物形態学、保全生物学。カリフォルニア州立大学サクラメント校大学院生物科学学科保全生物学専攻修士課程修了。

日本とアメリカの両国で生物学を学び、現在は生態系モデル・データ管理ユニットで研究成果の収集、保管、公開の役割を担う一柳麻里香さん。生き物が大好きで、「TEAMSの活動を通じて、多くの人に生物の楽しさをもっと知ってほしい」と語る一柳さんにお話をうかがいました。

研究者と一般の方の橋渡し役

一柳さんはご自身が生物の研究者ですが、現在はTEAMSの研究者のサポート役を担っていらっしゃいますね。

一柳:現在の業務では異なる分野の多くの研究者の方々にお会いするのですが、どの研究も非常に興味深いものばかりです。なので、自分が研究するのと同じくらいワクワクしていますし、その素晴らしい成果を多くの人にお伝えできることに充実感を感じています。研究発表は学名をはじめとする専門用語を多用するので、一般の方には難解でわかりにくいことも多いと思うのですが、私をフィルターとして、理解してもらう手助けが出来ると嬉しいですね。研究者と一般の方の橋渡しになりたいと常々考えているので、なるべくわかりやすく、多くの方の関心を引きつけられる表現を意識しています。私自身が昔からとにかく生き物が好きだったので、その楽しさを広く知ってほしいという思いでやっています。

生物には、いつ頃から興味をもたれたのですか?

一柳:子供の頃からです。祖母が非常に植物に詳しかったので、その影響は大きいですね。友達と昆虫を捕まえたりするのも日常的でしたし、海に近い所に住んでいたので海岸へは一年中行っていました。海鳥やオットセイを見て遊んでいたんです。子供の頃は迷いもありましたが、やっぱり生き物への興味は捨てられなかったですね。小学校6年生の時に、当時習っていたピアノの先生に「音楽家としての道を行くのか、生物か、どちらか選びなさい」と言われて、思わず「生き物!」と答えていました。子供の頃から好きだった生物に関わる仕事ができている事は本当に幸運だと思います。

日本で大学を卒業された後に、アメリカの大学院で学ばれたそうですが、日本とアメリカでは違いはありましたか?

一柳:アメリカの大学院では、サポート体制が整っていたので研究がとてもやりやすかったです。所属する大学やチームが一丸となって研究に取り組む体制が確立しているので、やりたい事を明言すれば、惜しみなく援助してくれるんです。日本でその体制が不十分なのは、少しもったいないですね。

とても大切な、研究者間の情報共有

所属されている生態系モデル・データ管理ユニットは、海洋生態系モデル研究とデータの公開を主としていますが、一柳さんの担当されている業務を具体的に教えてください。

一柳:一言で言うと、TEAMS内での調査予定やその結果及びデータの収集、保管と、情報の発信です。TEAMSの調査と研究が潤滑に進めるように、調査計画や結果を共有できるようにすること。そして、TEAMSの研究を通して得られた結果をもとに、地元の方々に役立つような情報を発信していくことが主な仕事です。

TEAMSは、地域の異なる複数の機関で構成されたプロジェクトですから、情報の共有は大変なのではないですか?

一柳:TEAMSは、所属も専門分野も異なる200名以上の多くの研究者が関わっていて、かつてない規模のプロジェクトです。その分だけ、各チーム間の情報を共有することは難しく、特にプロジェクト開始直後は互いのコミュニケーションがうまく取れない状態が続きました。例えば、ある研究チームが地元の漁師さんに調査への協力を依頼した際に、漁業者の方から「別の研究者も同じようなことをしていた」と言われたそうです。震災後の東北の復興のために役に立ちたいと、多くの研究者が一気に押し寄せた結果なのですが、地元の漁業者の方からすると同じ調査を繰り返させられていると感じられたようです。

そういう重複を防ぎ、プロジェクトを迅速に遂行するためにもTEAMS内の情報共有が重要なのですね。

一柳:効率よくそれぞれが分担して研究し、より早く成果を地元の人に還元する、というのは大切な課題です。そのために、各チームの調査のデータを共有できるよう、私も研究機関へこまめに足を運び情報を集めるようにしています。また、出来るだけ早く情報を得るために、TEAMSのメンバーであれば自由にアクセスして情報を蓄積できるインターネット型のデータベース「メンバーズサイト」という共有システムを作りました。その中には、調査海域を示した地図などがあり、調査済のエリアがわかるようになっているので、先程言ったような調査の重複を避けられると思います。互いの住み分けができますから、より効率の良い調査ができるはずです。

メンバーズサイトを見れば、各チームの状況をすべて網羅できるのですか?

一柳:残念ながら、まだ全体を網羅しているとは言い難いですね。研究者の方々は忙しいですし、既に使い慣れたものから、使ったことのないシステムに移行するのは、すぐには無理かもしれません。でも、研究者の一部の方には「なかなか便利だ」と評価をいただいていて、広げていこうとする動きも見られます。ご利用いただけるほど各自の状況が理解でき、プロジェクトの全体像が把握できますから、今後の利用拡大に期待しています。TEAMSのメインの情報交換は年に一回開催される全体会議で行われていますが、メンバーズサイトもそれと同じような発表ができるような場にしたいと考え、現在私のグループ内で奮闘しているところです。

TEAMSで得られた調査の成果は非常に貴重なものですから、扱いも気を使ってらっしゃるのでしょうね。

一柳:研究の成果は個人にとっても所属機関にとっても大切な財産ですので、データを集めると同時に後世にまで残していく事も私達の大切な仕事です。研究者からお預かりしたデータは、大容量の専用のハードディスクで保管すると同時にDVDやLTOなどの記録メディアにもコピーをし、適切な温湿度管理の保管庫でIDをつけた状態でダブル保管しています。

一般の方に、いかにわかりやすくお伝えできるか

TEAMSのプロジェクトが開始されてから5年以上が経過し、被災地復興のために必要なデータも集まってきていると思いますが、データはどのような形で復興支援に役立てられているのでしょうか。

一柳:月日が経ち、特に離れた地域に住んでいると、震災のことは日々忘れがちになってしまいます。多くの方に東北の事を思い出していただくため、被災地に限らず関東などでシンポジウムを開催し、施設の一般公開の際に映像を公開するなどしています。物理データなどの数値的な資料や、難解な内容ではどうしても一般の方の興味を引きつける事は難しいので、ビジュアルを駆使し身近な問題に置き換えながら、被災地復興の現状を紹介しています。どうすれば一般の方にわかりやすくお伝えできるかはグループの皆と一緒に常に考えています。東北の地域でしか見られない海の生物の映像などをお見せすると、「こういうのもいるんだね」と驚いていただけました。映像の訴求力はすごいですね。少しお見せするだけで興味を持っていただけます。

一般の方に特に関心をもっていただいたエピソードはありますか。

一柳:震災の影響で増えすぎてしまったウニの量をコントロールして出荷するお話を紹介させていただいた時は、興味を持ってくださる方が多くいました。ウニが増えることは一見良いことのように思えますが餌となる海藻が食い尽くされ、ウニ自身も良質な餌を得ていないので味が悪く商品にはなり得ない品質でした。しかし、この状況に東北大学の先生が乗りだし増えすぎたウニを採集し餌を与えて養殖する方法を試したところ、ウニの駆除で海藻を守り価値のないはずのウニを商品にすることができたんです。

生態学的なアイデアと漁業者の方の努力で成功した良い例ですね。

一柳:震災の前までは、漁業者の方にとっては、感覚や経験が何より重視すべきもので、研究者の言葉などは二の次だったようです。しかし、震災というすべてを変えるような大きな環境変化の中で漁業者の方の心にも何かが起こり、少しずつ研究者と理解し合えてきたのではないか、と研究者たちは考えています。被災者に、「こんなに研究していただいて感謝しています」と言われたことがあります。私が実際に研究したわけではないので少しとまどいましたが、研究者の努力が報われたことがとても嬉しかったですね。

苦労されている点はありますか?

一柳:調査結果の公開のタイミングです。研究者には出版や論文など、それぞれに研究の発表の場がありますし、むやみに情報を公開すると悪用される可能性もありますので、話し合いを重ねながら最適なタイミングを見計らうようにしています。いろんな分野の方が研究に参加していらっしゃるのでその方々の属性や研究の特性を見極める事も必要になりますね。

漁業者の方はいち早い情報の公開を待ち望んでいるのではないですか?

一柳:逆のケースも多く、漁業者の方からすると自由公開して欲しくない情報もあるんです。この場所にこんな魚がいる、と一般公開することで乱獲を招く可能性も考えられますから。現在「オープンサイエンス」と呼ばれる、広くデータ公開することを推奨する流れが来ていますが、やはり限られた方のみで持って置かなければならない情報もあります。情報は、ただ公開すれば良いというものではないんです。

データをオープンにするかしないか、その判断はどこでどう下されるのですか?

一柳:データマネージメント委員会などの会で、それぞれの機関の代表者が集まって検討を重ねます。生物の出現情報などに関しても、内容に応じて地元の漁業者の方のみにお伝えする詳細な情報と一般の方へ公開する情報では、その精度に差をつけることもあります。すべてを隠すのではなく「ここまでならいいかな」とオブラートにつつむ感じです。

地元の方の利益を最優先に

乱獲などを防ぐためにも、そういう加減は大事ですよね。

一柳:特にインターネットで公開するデータには気を使います。日本語と英語の両方で公開していることもあり、公開したデータが元で近隣諸国の密漁を促進し、東北の方々の不利益に繋がることも考えられますから。TEAMSは東北の復興支援のためのプロジェクトですから、地元の方の利益を最優先に考えなければなりません。

今後の活動の課題などを教えてください。

一柳:現在、TEAMSの研究者の努力が実り、ようやく研究の成果が見える形で現れてきているので、被災地の方にいち早く、より取り入れやすい情報としてお伝えしたいですね。さらにTEAMSの貴重なデータは、被災地のみならず、将来起こりうる災害のための対策や被害状況の改善、生態系変化への対応などにも非常に有益です。現代のネットワーク機器等を利用して、TEAMSの情報を地元だけでなく、日本全国、海外に至るまで展開し、情報価値を向上させなくてはならないと思っています。

TEAMSに参加されたことで、被災地復興への思いに変化はありましたか?

一柳:東北大学の先生方にお会いするために、仙台へよく行くのですが、実際に現地に降り立って体験者のお声を聞くことでしか知り得ない事実を肌で感じました。ニュースなどでは伝わらない想像以上の被害状況、そして震災を生き抜いた地元の人々の強さやたくましさなどです。人や食、伝統や文化などに触れることで、復興に役立ちたいと思う気持ちは一層強まったと思います。

ありがとうございました。

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