国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

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 [ 第17回 ]単なる復興にとどまらず、さらなる発展と水産業の未来を東北から発信していきたい 
              石川 洋一 生態系モデル・データ管理ユニット 上席技術研究員

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

石川 洋一(いしかわ よういち):

愛知県出身。京都大学卒業理学博士。専門は海洋物理、数値シミュレーション、データ同化。京都大学大学院理学研究科助教を経て現職。

海洋物理を用いたコンピュータシミュレーションを駆使し、海の天気予報を行う石川洋一さん。青森を舞台に実施されたアカイカのプロジェクトでは、漁業関係者と一体になった双方向性の高い活動を行い、注目を集めました。被災地復興事業への活用に期待が高まる海洋モデリングとその展開について、石川さんにお話をうかがいました。

効率よく確実な漁が見込める、海の天気予報

TEAMSのプロジェクトについて、どのような感想をお持ちですか?

石川:分野も専門も異なる研究者が、東北の水産の復興という目的のもとに一同に集まっていることは、ほかのプロジェクトとはまったく違っていますね。また、漁業関係者の方から直接聞く声は、会議室で得られる情報では得られないリアリティがあり、大きな責任を感じると同時に、やりがいを感じます。

TEAMSで研究されている、コンピュータシミュレーションを使った海洋モデリングとは、どのようなものなのでしょうか?

石川:簡単に言うと、海の水温などの物理データに、気温や日射、風力などの気象データ、さらに生物のデータや化学物質のデータなど、あらゆるデータを複合的に組み合せ、コンピュータ上で海を再現(視覚化)することです。ただのマッピングでは現在は見えても次の予測はできませんが、それに物理法則が加わることで不足した観測地域やデータ部分が補完され、海全体の動きや変化を時間軸で再現することができます。最近では、未来の予測や過去の海まで再現することも可能になってきました。海の天気予報も海洋モデリングの活用例です。

海の天気予報では、どのようなことがわかるのでしょうか?

石川:水温の変化や、潮の流れの変化など、いろんな事柄を予想することが可能です。たとえば東北沖では非常に強い親潮が北から流れてきますが、いつ頃、どの範囲に、どんな経路を通って流れてくるのかが予想できます。さらにその潮が生物に与える影響、例えばどのくらい温かいのか、冷たいのか、など、実際に漁業をされる方が一番必要だと思われる情報を公開しています。水温や海流、餌の情報などを統合することで、目的の魚が集まりやすい、つまり豊漁が見込まれる場所を予測することも可能なんです。

効率よく確実な漁が見込めるということですね。

石川:画面を見ればピタリと当たる、とまではいきませんが、可能になりつつあります。たとえば、回遊魚のいる場所などはある程度特定できるので、「いまはここまで来てます」などとお伝えしています。そこから漁場への戻り時期などが予測できるんです。 「今年は豊漁なのか、どうなのか」とよく質問を受けますが、現段階では正確性の高い予報をお伝えできるのは一週間とか一ヶ月先までが限界。正確度をあげることは大きな課題ですが、そのためには、実際に現場で観測したデータとすり合わせを重ねることが大事ですね。

日本の予報の技術レベルは世界的に見て高いのでしょうか?

石川:先進国はどこも研究に力を入れていますが、その中でも日本はかなり高いレベルにいると思いますし、日本の海に関しては、どこにも負けていない自信があります。 シミュレーションはデータをただコンピュータに放り込めばできるというものではなく、データの同化(数理統計上の理論に基づき、数値モデルと観測を融合し、精度を向上させる)など、人が手をかけ、精査していく必要があります。技術レベルはもちろんですが、日本の海を知り、人々のニーズに応えたいという気持ちが、正確さを生むのだと思います。 私がこの研究を始めた20年前は、このようなシミュレーションが実現することはまだ夢物語でしたが、コンピュータ性能の向上とともに技術も急激に進化し、5年前の技術では時代遅れだと感じるくらいです。常に進化を求められるので、置いていかれないように未来を見据え、改善点を探りながら、コンピュータの性能や知恵で解決しています。

民間に引き継がれた、アカイカ漁プロジェクト

以前に実施されたアカイカ漁のプロジェクトでは、これまで難しいとされていた漁業関係者との双方向でのデータ提供が行われているとうかがいました。このプロジェクトについて教えていただけますか?

石川:コンピュータシミュレーションを用いた海洋モデリングの成果を活用するため、三陸沖のアカイカ漁船20隻に協力をお願いし、4~5年位前からクローズドのウエブサイトで海の状況を配信し始めました。さらに、予測した漁場でどれくらいの魚が獲れたかなどの情報を報告していただき、予測の精度を向上させていました。 情報は毎日更新され、船の上で見られるので、沖まで出て、さらに近くの漁場を探したいときなどに使えるのも特徴です。

配信している内容には、漁に必要な情報が盛り込まれているのですか?

石川:水深100メートルごとの水温や潮の流れ、海面の状況、さらに餌となる植物プランクトンの情報(画面情報ではクロロフィル値で表示)などの情報が、地図上で表示されるようになっています。 魚がいそうな場所とその漁獲量の予測がひと目でわかる、漁場予測マップもありますが、勉強熱心な人は水温や流れを読み、独自に漁場を決める方もいますね。中でも水温が急激に代わる、潮目と呼ばれるポイントや、渦の形や大きさを重視しているようです。

どのくらいの方が、ウエブサイトを漁場探しに利用しているのでしょうか?

石川:半分以上の方は常にデータを見てくれているようです。 利用者からは我々の予測が当たったか当たらないかを検証するために漁獲量を報告してもらうのですが、いい漁場の情報などは秘密にされている人が多い中で、「このデータを使って検証して、より良いものを作ってくれ」と、積極的に協力してくださるのは、期待されている証だと感じています。この話を研究者にすると、すごく驚かれますね。 自分が作ったものを実際に利用してもらって、さらに「役に立っている」と言ってもらえるのは、研究をしていく上で一番嬉しいですね。閉じた世界で研究に没頭することも一つの選択肢ですが、社会との繋がりや、人の役に立っている実感を得られることは、研究者の中でも幸せなことだと思います。

互いの信頼関係が築けていればこそ、得られた成果ですね。 利用される方とコミュニケーションを取る上で、何か心がけていたことはあるのでしょうか?

石川:何度か集まりに参加させていただいたときに、「画面を印刷してFAXするのにカラーだと見えないから白黒にしてくれ」など、利用者でないとわからない意見をたくさんいただきました。 情報自体もそうですが、提供するウエブ画面の見せ方なども、利用者の声を聞くのが一番。何度ダメ出しをされようと、すべて勉強ですね。あまり凝ったことをせず、思ったことを素直に出し、利用者の声を聞きながら薦めていくのが最良の方法だと思っています。

アカイカのプロジェクトは、現在はどうされているのですか?

石川:現在は、助成金を受けながら民間の会社で運営をしています。 もともとJAMSTECでは期限付きのプロジェクトとして実施したのですが、プロジェクト終了後も止めないで欲しいと、利用者からの強い要望があったんです。 今回は試験的にイカ漁専用として20隻のみのクローズの情報公開としていましたが、このプロジェクトを通してシステムは実用レベルまで高まったと思っていますので、他の事業にも応用するなどして、利用者を増やしていきたいと思っています。

これまでにない生態系モデルの構築を目指す

これまでの実績をもとに、TEAMSではどのような取り組みをされるのでしょうか?

石川:アカイカで培ったシステムをより拡大し、東北沖の養殖の管理や、キチジ(キンキ)、マダラ、スケソウダラ漁などで応用できるよう、取り組んでいるところです。まずはシステムをキチジ用に検証するところから始めています。 さらに、これまでTEAMSで得られた観測データなどを統合し、海流や水温などの物理的な環境から、海洋生物などの生態、化学環境までを統合した、これまでにない生態系モデルの構築を目指しています。

TEAMSに蓄積された観測データは非常に膨大で貴重だと聞いていますが、物理的なデータと生物データの融合はこれまでには存在しなかったのですか?

石川:私はこれまで海洋物理のジャンル内で水温や流れなどのモデリングを行っていましたが、それは海の側面の一つでしかありません。海には様々な成分が含まれていますし、生物の生態系があります。 TEAMSでは観測データをもとに、生物や化学など異なる分野の研究を行っていますが、それらを統合されることで、東北の海をまるごと再現できるようなマップの作成が可能になるんです。 たとえば、水温が高いと植物プランクトンができ、それを貝が食べて成長していく。そんな環境と生物の関係性と、時間も含めた一連の流れを、マップの中で作ることができるのではないかと思います。

統合型の生態系モデルが完成すると、どのようなメリットが被災地の方にあるのでしょうか?

石川:水産資源の変動について、何が原因で、どのようなメカニズムによって引き起こされているのかが明らかになってきます。たとえば、親潮の変動が水産資源変動に与えるプロセスがわかれば、親潮の動向によって適切な対策がなされ、効率的な操業に役立つ情報を提供することができると考えています。 さらに、数値モデルを用いたシミュレーションを活用すれば、実際のフィールドでは簡単に行うことができない実験に対しても、あらかじめ実験の結果予測ができるのです。

まずコンピュータの中で実験をしてしまうということですね。

石川:一度コンピュータの中にシステムを作ってしまえば、さまざまなことが可能ですね。 たとえば、養殖する水産資源の数を倍にしたらどうなるか、という試みもコンピュータの中でできます。獲れる量は倍にならないから損しちゃうよ、とか、逆に半分にしたら成長が早くなるから儲かりますよ、とか。そういうことも出来るかもしれません。 何か新しい試みをするとき、実施前にあらゆるケースを試すことができるので、失敗のリスクを軽減させ、さらに科学的な視点で最適と判断された環境づくりなどの提案ができると思います。

結果、安定した水資源の確保に繋がり、経済的支援にも貢献できるのですね?

石川:はい。水資源は多く獲れれば良いというものではありません。理想的な環境を維持するには、生物の特質を知ることが重要です。ですので、私たちが物理的な視点から「こうしたい」と伝えたことに関して、生物学の観点からの見解で可能かどうか、環境は保全できるのか、などの意見をいただくことは非常に有益です。

シミュレーションでは未来の海も予測してくれますから、環境保全や乱獲抑制の面でも効果的に使えそうですね。

石川:永続的に資源が確保できることは、長い目で見て得だと思うので、ときには漁獲量を制限することも必要です。また、なぜ制限をかけねばならないのか、その理由も含めて、漁業関係者の方にシミュレーションを通して情報をきちんと伝えていきたいですね。

TEAMSのシミュレーション予測は、新しい水産業のモデル

TEAMSとしての成果を、実際に漁業関係者の方々に見ていただけるようになるには、まだ時間がかかりそうですか?

石川:まだ始めたばかりで検証も終わっていない状態なので、すぐには無理ですね。検証と精査を進め、正確性を高めてからでなければ、利用者の信頼を失ってしまいますから。 また、前回のプロジェクトの経験から、一度始めたサービスは継続できる体制が必要なことを学びました。JAMSTECは研究機関で現業的なサービスを提供する機関ではありませんし、TEAMSも期間が決まっています。ですから、プロジェクトが終わってからも長く続くような仕組みを確立しない限りは、安易に公開できないのです。システムの作成と同時に運営の体制づくりを同時に進めることが必要です。 一方で、シミュレーション画像は非常に説得力がありますし、目に見える成果です。シミュレーションは観測データがあって始めて可能になるものですから、感謝の気持ちを込めて観測を続けられている研究者の方に早く見ていただきたいですね。

シミュレーション予測を利用した漁法は、東北の水産業の活性化にどのような影響をもたらすと思いますか?

石川:近年叫ばれている、持続可能性という言葉には2つの意味があると私は思っています。一つは豊かな自然環境を守ること、そして二つ目は水産業を支える方々が継続できる経済環境が確立していることです。 現在TEAMSで試みている統合モデルを活用したシミュレーション予測は、世界のどこにも存在しない新しい水産業のモデルであり、そこから生まれたものが世界をリードすると信じています。 単なる復興にとどまらず、さらなる発展と、水産業の未来を東北から発信することができるよう尽力していきたいと思っています。

ありがとうございました。

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