国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

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 [第6回]水産上の有用魚種の生態を解明して資源保護と漁獲量の向上に役立てたい 
              大類 穗子 生態系変動解析ユニット 研究技術専任スタッフ

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

大類 穗子(おおるい さきこ):

高知大学大学院 総合人間自然科学研究科 黒潮圏総合科学専攻を修了(博士取得)。2012年より海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム研究技術専任スタッフ。動物プランクトンを専門とする。大学院では、汽水性の動物プランクトンとくにカイアシ類の生態、分類や動物地理学に関して研究した。現職では、東北の水産業復興を最終目標として、水産魚類の資源保護と回復に関わる遺伝的集団構造解析や専門性を生かした食性の解析を行っている。研究対象生物も様々な異分野のことにもチャレンジでき、やりがいのある研究に取り組んでいる。

プランクトンを追いかけて、各地の汽水域へ

「子供の頃から生き物が好きで、自然系のドキュメンタリー番組をよく見ていました。とくに海など水中の生き物を扱ったものは興味津々でワクワクしながら見ていた記憶があります。その頃は海に近い環境で働くことになるとは考えもしていませんでしたが、どこかで燻っていた子供の頃のワクワクが今の私をここにたどり着かせたのかなと思っています」

そう話す大類さんが現在取り組むのは、東北の水産上の有用種のライフサイクルの解明。キチジやシロサケといった魚の生態を明らかにすることで、持続可能な漁業に貢献しようとしている。

「現在の仕事に直接的につながるきっかけは、大学3年時、卒論の研究室を決めたときでしょうか。友達が入りたいと言っていた動物プランクトンの研究室に試しで一緒について行ったんです。当時、私は生物の形についてぼんやりとした興味を持っていたので、発生学の研究室に入る予定でいました。しかし、『カイアシ類の形って面白いんだよ』という先生の言葉にうまく乗せられ、その数ヶ月後には動物プランクトンのカイアシ類と格闘する日々を過ごすようになっていました」

大類 穗子

カイアシ類とは、体長は通常0.5〜2.0 mm程度で、熱帯から寒帯、深海からヒマラヤ山脈まで地球上のどこにでも生息する小さな甲殻類。魚類の重要な餌生物として、生態系のなかでメジャーかつ重要な生物でもある。

「その中でも私は汽水性のカイアシ類を研究していました。汽水性カイアシ類は、海と川に挟まれ、水流、温度や塩分変化が激しい不安定な環境である河口汽水域に特化して生息しています。その汽水性カイアシ類の季節変化や水平・鉛直的な分布などの生態、地理的分布と遺伝子解析も含めた動物地理や分類について研究しました」

研究のフィールドは西日本の河口域。ときには遠く南西諸島やフィリピンにも足を伸ばした。

「採集してきたサンプルは、まず顕微鏡を使って種を同定・計数し、その後いくつかの種は遺伝子を用いて種内の系統関係を解析しました。サンプルは何百本にも及びましたが、全く苦にはならず毎日毎日次は何が出るのかとワクワクしながら顕微鏡を覗いていましたね。これらの調査から、ある種では地理的分布と対応した遺伝的系統の存在や、これまで広域分布種だと考えられていた種に隠蔽種が含まれる可能性の指摘、南西諸島からの新種を発表できました」

大類 穗子

遺伝子解析の技術を使って魚の生態を明らかにする

TEAMSへの参加はカイアシ類の同定で培った遺伝子解析の技術がきっかけになった。

「海とは全く関係ない分野の研究室で働きながら『少しでも自分の専門に近いところで働きたい』と思っていたところに、TEAMSで遺伝子解析できる人を募集している、と知人に教えてもらったのが参加のきっかけでした。また自分の遺伝子解析のスキルアップにもなるのではないかという思いもありました」

現在、メインの研究課題としているのは、水産上の有用種であるキチジ。

「高級魚として有名なキチジは、東北の重要な水産資源です。しかし、東北のキチジの資源量は震災前から減少傾向にありその理由は分かっていません。またキチジそのものの生態学的、集団遺伝学的知見は非常に少ないものでした。この研究を行えばキチジという生物の理解を深められるだけでなく、その基本的な理解が東北の水産業にも役立つものになると考え、調査研究を始めました」

大類さんが取り組むのは、東北太平洋沖に生息するキチジの遺伝的集団構造の解析。東北沖のキチジと他海域のキチジとの遺伝的交流の有無を中心に、各海域のキチジの年齢の解析と併せて、キチジの生態解明に繋がる研究をしている。

年齢解析に用いたキチジの耳石

「魚の頭の中にある骨の耳石は、魚の成長とともに大きくなり、夏と冬との成長度合いの違いによって、木と同じような年輪ができるので、そこから年齢を推定できます。この方法を用いて解析したキチジの年齢と体長との関係を調べると、ある程度成長すると海底に着底して生活するキチジは、着底後にはほとんど移動しないという結果が得られました。この結果は過去の研究で考えられていたものの裏付けとなりました。その一方で、遺伝子の解析から、オホーツク海と東北太平洋沖のキチジは遺伝的にはひとつのグループであることがわかりました。つまり、浮遊性の卵塊と着底前の仔稚魚は、東北太平洋からオホーツク海間のような広範囲で移動分散している可能性があり、遺伝的にごちゃ混ぜの状態にありますが、その後成長すると着底した海域からほとんど動かないということが示唆されています」

キチジのハプロタイプネットワーク図・東北太平洋沖3点(白、黄、赤)と網走(青)から採集

「キチジの生態が理解できれば、どのように資源を保護し、回復することができるかの見通しがたちます。一般的に魚類の資源量を大きく左右するのは仔稚魚期の生存率であると言われています。ほとんど知られていないキチジの仔稚魚期の生態がどのようなものかが分かれば、減少傾向にあるキチジの資源の保護と回復に役立てられると考えています」

大類さんはキチジに続き、東北での水産上の有用種であるシロサケの調査にも取り組んでいる。

「東北のシロサケの稚魚が何を餌にしているのかを調べようとしています。仔稚魚の摂餌は生存率に直結し、資源量に関わってくるので、仔稚魚期の食性を研究することは非常に重要です。従来の解析手法である消化管内容物を直接観察する方法と、近年取り入れられつつある分子生物学的方法を用いて解析を進める予定です」

大類 穗子

調査に用いられるのは、岩手県の3つの湾で採集された体長が50〜120 mm程度のシロサケ稚魚。各稚魚の胃袋を摘出し、その胃袋から内容物を掻き出して解析する。

「まずは従来の食性解析手法である、内容物を顕微鏡でチェックする方法で形態から餌生物を同定します。次に近年取り入れられつつある分子生物学的方法で解析します。こちらは内容物からDNAを抽出して種を同定する方法です」

内容物にはさまざまな生物が混じっているが、これをそのまま増幅して、大量の生物の遺伝子配列を決定する。この配列と同じものを公共の塩基配列データベースから検索して餌生物を同定する。

「華やかな研究内容ではないですが、コツコツと着実に結果を出していきたいですね。こういった調査は科学的に面白いだけでは当然ダメ。水産業に関わる現場の方々と接するときは、協力しても時間の無駄ではないのかなど研究に関して不信感を持たれないように、こまめに報告をするように心がけています。また、TEAMSの活動から得られた研究成果はTEAMSの枠にとらわれることなく普遍的なものになると思います。東北の海洋生態系の徹底した調査研究によって、東北の海が世界中の他海域の指標になればいいな、と思っています」

大類 穗子

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