国立研究開発法人海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 東北マリンサイエンス拠点形成事業 ‐海洋生態系調査研究‐

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 [第3回]東北の海の復興の礎となるベーシックなデータを積み重ねていきたい 
              渡邉 修一 海洋環境変動モニタリングユニット ユニットリーダー  むつ研究所 所長

※ユニット名・役職は取材当時のものです。
プロフィール

渡邉 修一(わたなべ しゅういち):

東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻を修了(理学博士)。北海道大学助手、助教授を務めた後、2001年に海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)に入所。2004年にむつ研究所へ転任し、2007年所長に就任。海洋の物質循環変動の研究を専門とする。

はじめて明らかにされる東北の海

「東北の沖合は世界でも有数の漁場です。漁業が盛んでなかなか観測が行えないので、地震が起きる前の海のデータは非常に少ないようです。東北太平洋沖地震が海にどんな影響を及ぼし、これからどのように変化していくのかを知るには、より多くの地道なデータの積み重ねが必要です」

海洋環境変動モニタリング ユニットが担当するのは、東北の沖合の海に関するあらゆるデータの収集。このプロジェクトのリーダーを務めるのは、海洋環境の精緻な観測のスペシャリスト・渡邉修一むつ研究所 所長。北大西洋と南極に端を発し世界中の海を数万年かけてめぐる「海洋大循環」の研究で培った技術を生かして、東北沖合の海の変化を読み解こうとしている。

「主要な調査方法は大きく分けて2つ。海底の泥を採取して分析することと、調査機器を長期間沈めて行なう定点観測です。これらに加えて、水深ごとの成分や水温の調査も行っています。なお、漁業活動を支援することも含めて三陸沖合の季節変動と捉えるために連続で温度・塩分を得る必要があると思っています。」

幾重にも積み重なる海底の堆積物には、海洋表層で作られ粒子やその粒子が沈降するときに海に溶け込んでいる間に吸着した成分を一緒に取り込んでいる。その化学物質を調べることで、いつ積もった堆積物なのかを知ることができる、と渡邉所長。

渡邉修一

「津波は陸上にあった物質を海へと押し流しました。堆積物の堆積状況や堆積物中の通常は海にないはずの化学物質などを測れば、津波が起きた時に積もった層を特定することができます。この層を起点にして津波の以前と以降の物質や生物の分布の状況を見れば、津波が海にどんな影響を与えたのかを知ることができます。例えば、津波によって攪乱された堆積物中の微生物の量が一般に見られる堆積物中の分布と異なっていました。継続して測定することで回復の状況を理解できます。これらの情報を継続して集めると何年で海が以前のような状態に戻るかを明らかにするだけでなく、今後、違う海域で大きな津波が起きた時に、回復にどの程度の時間を要するのかを示す指標にもなり得ると思います」

渡邉修一

堆積物の調査と並行して、海底環境の調査も進んでいる。

「海底で日夜データを収集するのは『ランダー』という観測機器です。総合的な海の情報を得るために開発された、JAMSTECオリジナルの機械です。これを海底に1年程度設置し、その間にデータを記録します。調査の項目は水温、流速、流行、塩分濃度、酸素の量、濁度などです。津波とそれを引き起こした地震の前後では、乱泥流と呼ばれる泥水がより浅い海から沖合へ流れ込んだことが確認されています。ランダーの記録や観測からは、地震以降も散発的に懸濁層が見られます。この懸濁層が定期的に起きるものなのか、あるいは余震や海底の流れなどによって引き起こされているのか、そして生物にどんな影響を及ぼしているのかはデータを積み重ねていけば明らかになるはずです」

地道な研究の先にある、未来の漁業

さまざまなデータの収集に加えて、ランダーは1日に1度、写真の撮影も行なっている。これまで写真に収められたのは、クモヒトデ、スケトウダラ、キチジ、アナゴ類など。

「これから解析を進めなければなりませんが、写真に写っている魚の種類とその頻度から、生物量の推測をすることもできるかも知れません。ランダーを使った海中の定点観測は世界でも類をみない試みです。新しい事実をたくさん提供してくれると思います」

岩手県大槌沖で採集されたアミの一種

ランダーが沈められているのは岩手県大槌町沖合の水深300mと1000mの海底。渡邉所長が特に注目しているのは、水深300mの海底環境だ。

「水深300m付近は、スケトウダラなど沖合底曳にとっての好漁場です。そのため、この場所の海底環境でとった記録は、ほかの水深のデータよりも漁業に役立つとともに三陸沖合の300m付近の生物の豊かさの理由を明らかにできます。これまで、ランダーを使った観測により、水深300mでは大きく水温変動することや潮が北東への流れが卓越していることなどが分かってきています。これらの記録は、漁獲の推移と照らすことで、季節ごとの漁獲対象の魚の到来や、好漁・不漁の指針にもなるでしょう」

船上のランダー 海中へ下されるランダー ランダー海底設置

長期的なデータを収集するランダーに加えて船を使った調査も行なっている。

「ランダーは長期的な海底付近の変化を読み解くのに適していますが、ランダーではその上の海中の状況を知ることはできません。そのため沖合に船を出し、採水器を沈めて水深ごとの温度や栄養分などを調べていくことも必要です。海底環境の変化と海洋表層から海底に至るまでの事と繋げて考えれば、より海底の変化をもたらす要因を理解できます。なお、これらの観測では即時性に欠けますので、将来的には海洋中に漁業と調和のとれる観測機器を設置し、週に一度は塩分濃度や水温の速報を出せる体制を作りたいと思います。現在の漁業は、獲れるときに獲れる場所に行く、という経験と勘に支えられたスタイルですが、これらに、『科学的な裏付け』を提供できたら嬉しいですね」

データと成果を次世代と社会へ

「東北の海では、私がこれまで研究の中心に据えてきた海洋の酸性化についての実態を把握する調査も行っています。漁業が盛んに行なわれる生物が豊富な沿岸域は、海洋のなかでも特に酸性化の影響を受ける場所だと私は睨んでいます。しかし、酸性化の影響を把握するための調査研究は10年、20年先まで精密な調査を続けなければなりません。蓄積するデータや調査手法を若い人に継げていきたいと思います。

現在、私は青森県の下北半島にあるむつ研究所を本拠地としています。研究所の目の前の津軽海峡は、東北の沖合へと流れ込む潮のひとつです。むつ研究所の地先海域でとったデータの変化が東北の海でとったデータにも現れますので、地先のデータも含めデータの解析を担当し、地質から生物までの構造を理解するハビタットチームに渡したい、と思っています」

渡邉修一

また、むつ研究所での調査には現在の東北の我々の活動にはない特徴がある。

「研究者と漁業者の協働です。むつ研究所の前浜で漁業者と協働して調査が行えるようになってきています。そのため、数年前から海洋の環境とその変動について漁業者の皆さんに関心を持っていただいています。東北でも、研究を進めるだけでなくこのような協働関係を作ることが必要だと感じています。TEAMSの一員として、東北の海に生きる人々に海の研究成果をより利用してもらえれば嬉しいですね」

渡邉修一

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