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JAMSTECニュース

バヌアツを襲ったサイクロン・パムについて
-巨大な雲群MJOとの関係-

2015年3月25日

1. はじめに

2015年3月9日(現地時間、以下同)に南太平洋の南緯8.5度、東経170度で発生したサイクロン・パムは、その後勢力を強めながら南下し、3月13日には島嶼国バヌアツに最も近づき、各社報道によれば10名以上が亡くなり、多くの家屋が被害を受け、非常事態宣言が出される事態になった。実は北半球でも同時期、ほぼ同じ経度で熱帯低気圧が発生し、3月12日には台風3号になり、西へと進んだ。ここでは、サイクロン・パムを中心に、なぜ発生したのか現在入手できるデータをもとにその要因について考察を記す。

2. サイクロン・パムの発生・発達経路

サイクロン・パムは3月9日に発生し、バヌアツ周辺で最も発達して、首都ポートビラのすぐ東側を通過し、3月16日にニュージーランド沖に達し、衰退した(図1)。南西太平洋域の熱帯低気圧の地域特別気象センターであるフィジー気象局はサイクロン・パムの強さを、バヌアツ周辺でカテゴリー5の最低気圧896hPa、最大風速(10分平均)70m/sec(14日11時:バヌアツ地方時)に達したと報告している。これは2013年フィリピンを襲った台風30号ハイヤン(最低気圧895hPa、最大風速(10分平均)64m/sec:気象庁)とほぼ同程度の強さに匹敵する。だが一方で、アメリカ海軍合同台風警報センターは、サイクロン・パムの最大強度を、ハイヤンより弱い最低気圧914hPa、最大風速(1分平均)75m/secと報告しており、まだ議論が分かれる。


図1.
サイクロン・パムの経路.アメリカ海軍合同台風警報センターの資料(http://www.nrlmry.navy.mil/TC.html)に基づく.なお、「カテゴリー」は国によって定義が異なる.ここでは便宜上米国基準(1分平均の風速値を使用)で区分けしている(本文中も同じ).

3. マッデン・ジュリアン振動

図2は人工衛星ひまわりによる3月初旬から中旬にかけての赤外雲画像である。熱帯太平洋全般に雲の多い状況ではあったが、特に3月4日頃はパプアニューギニア付近の赤道上に雲活動の活発なところが存在し、その後7日には雲の中心は東に移動している。さらに10日になると雲の中心は南北両半球に移り、赤道上はむしろ雲が少ない。この時点で南半球の渦は「カテゴリー1(風速が時速119-152km)」のサイクロン・パムとして同定されている。さらに13日にはパムは南に進み、バヌアツに最接近する。一方、北半球では台風3号として同定され、西に進んでいる様子がはっきり認められる。次に示すように、このような雲の動きを赤道に絞って解析すると、ちょうどこの時期、マッデン・ジュリアン振動(以後MJOと記す)の対流活動が同域で発生したことを確認することができる。


図2.
人工衛星ひまわりによる赤外雲画像.気象庁ホームページ(http://www.jma.go.jp/)より.

図3.
外向き長波放射量の経度-時間断面図.値は平均からの偏差.豪州気象・気候研究センターと豪州気象局による解析結果.(http://cawcr.gov.au/staff/mwheeler/maproom/OLR_modes/

図3は人工衛星により得られた外向き長波放射量と呼ばれる雲活動域を示す値を、赤道を挟んで南北7.5度以内で平均し、経度(横軸)-時間(縦軸)断面図に投影したもので、青い部分は雲がある領域を示している(負の値が大きいほど強く圏界面付近にまで発達した雲に相当する)。例えば、青色の部分が左上から右下に連なっている場合、雲の塊が赤道に沿って東に進んでいることを意味する。またその傾きが移動速度を表すことになる。2月中旬から3月中旬までの1ヶ月間、東経80度から西経160度付近まで注目する。2月中旬にインド洋で観測された雲が赤道ケルビン波(緑の等値線で表され、赤道に沿って東に進む波で風は東西成分だけで南北成分がなく、10~30m/secで進む特徴を持つ)として西太平洋に到達していることがわかる。その直後あたりから、西太平洋では対流活動が活発になり、やがて3月になると東西に約5,000kmの長さを持つ雲群が発達し、約5m/secの速さで東に進み始めている。これ(図中では青い線で囲まれている)がまさにMJO対流の発生と動きを示したものである。MJO現象の多くはインド洋で東西方向に数千kmの雲群を形成し、その後赤道に沿って東に進み日付変更線付近で雲活動が不明瞭になることが多く、東西波数1~6、(東半球で)移動速度が約5m/secで同定される。しかし、今回はインドネシアからパプアニューギニアにかけての海大陸と呼ばれる海域の赤道上で急速に発生したことは、大きな特徴の1つとして挙げられる。

MJOはしばしば海面付近に強い西風(これを西風バーストと呼ぶ)を伴う特徴も持っている。MJOを構成する巨大雲群の維持のためには強い上昇気流が必要であるが、赤道に発達した雲に風が入り込むとき、南北からの風は地球の自転の影響を受けて回り込むようにして入るため風は西風成分が顕著になる。図4は太平洋に展開されたTAO/TRITONブイ網(フロートに海上気象観測装置を取り付け、フロートは海底まで延びるロープでつながれ、その途中に水温計や塩分計を取り付けることで海の状態も観測するシステムのこと)によって観測された3月7日の海面水温と海上風の分布(上が実測値、下が気候値からの偏差)である。日付変更線より東の西半球では貿易風が卓越しており、日付変更線からやや西寄りで西風バーストとぶつかり合っており、これが赤道を挟んで南北に渦を形成させた(熱帯低気圧を発生させた)要因と考えられる。通常、MJOは太陽の黄道に合わせ、夏半球寄りで発生することが統計的に確認されているが、3月は太陽がほぼ赤道上空に位置することから、この時期に発生するMJO対流は赤道に沿って(あまり緯度を上げずに)東進するため、南北両半球の貿易風との間で渦を生成させたと推測できる。


図4.
太平洋の赤道上に展開されたTAO/TRITONブイ観測網から得られた海面水温と海上風の分布図.平均期間は2015年3月3日から7日までの5日間.上は観測値、下は平年からの偏差.

図5.
TAO/TRITONブイ網により観測された南北2度以内で平均した海面水温の経度-時間断面図.左が観測値.右は気候値からの偏差.右図で赤い四角は中部太平洋の海面水温が平年に比べて高かったことを示す.

4.エルニーニョもどきが遠因?

それでは、なぜ今回、MJO対流は西太平洋で急速に発達したのか?という疑問が残る。同じくTAO/TRITONブイデータで得られた海面水温のデータを経度-時間断面で示すと(図5)、次のような特徴がわかる。2014年はエルニーニョ現象が発生しており、2015年3月10日の気象庁発表のエルニーニョ監視速報によれば一旦終息している(そして今夏再び発生する可能性を指摘している)。気象庁ではエルニーニョ監視海域(ニーニョ3海域と呼び、南北5度、西経150度から90度で囲まれた海域)の海面水温が過去30年間の平均値である基準値からの差が5か月の移動平均で比べて+0.5℃以上ある場合をエルニーニョ現象と定義している。確かに図5を見る限り、東部赤道太平洋の海面水温は本年1月以降下がり、エルニーニョではなくなっている。一方、図5はそのニーニョ3海域よりも西の日付変更線付近では例年に比べて海面水温が1℃以上高い状態が昨年9月から3月まで継続していることを示している。この状態はむしろエルニーニョもどきと呼ばれる現象に似ている(当機構アプリケーションラボの山形所長によるコラム参照)。

つまり、以上から次のような仮説を立てることが可能である。2015年2月中旬にインド洋で発生した雲群は赤道ケルビン波と呼ばれる比較的速度の速い現象に伴い西太平洋へと到達している。その西太平洋では積雲対流活動が活発で、特に日付変更線付近の海面水温が平年に比べ1℃ほど高く、上昇気流が発達しやすい状態にあった。この海域で急速に積乱雲は発達・組織化し、3月5日頃には東西スケールが5,000km程度の雲群へと成長し、その後東進を始めたことで、MJO対流と同定される。この雲群には西から強い海上風が入り込み、赤道を挟んで南北に存在する貿易風とぶつかることで南北両半球に低気圧性の渦(北半球では反時計回り)を作り出し、やがて熱帯低気圧、そして北半球では台風、南半球ではサイクロンとして発達していった。特に、南半球はそれまで夏季であったため、海面のみならず海洋表層も十分に暖められている。参考までに2月の平均データであるが、Argoフロートを用いた海面下の観測結果によれば、図6にあるように南半球では海面下の水温が高い。このことは、台風の発生に伴い海上の激しい風が海を乱しても下から冷たい海水が上昇してこないために、継続して熱と水蒸気を大気に対して供給できる環境にあったことが推測され、サイクロン・パムが威力を弱めることもなく発達した可能性が高い。

このように考えると、今回のサイクロン・パムの発生・発達には、赤道を東へ進む巨大な雲群で作り出されるMJO、そしてそれに吹き込む西風バースト、さらには日付変更線付近で海面水温が高温であったこと、などが結びついたことが大きく寄与していると考えられる。


図6.
Argoフロート観測網により観測された2015年2月の水深100mにおける平均水温.アルゴ計画日本公式サイト(http://www.jamstec.go.jp/J-ARGO/index_j.html)上にて作図.

5. おわりに

ここでは、現在使用可能な速報データだけから急激にかつ強大に発達したサイクロン・パムの発生原因について考察を行った。災害防止の観点から言えば、現象の理解と同時に予測能力の向上が求められる。例えば、今回のMJO発生の前にはインド洋からケルビン波の形で同海域に雲群が到達しており、西部太平洋での対流活発化のタイミングと一致した。MJOの発生そのものは西部太平洋で起きたが、インド洋から辿り着いた積雲活動がMJO対流を生み出す卵だったのかどうかはさらなるデータ解析が必要であり、その知見が予測にも活用できるであろう。また、日付変更線付近での高い海面水温の寄与が大きいと考えられた。このような海面水温分布に呼応する形で、近年エルニーニョ現象の発生数は減り、エルニーニョもどきやラニーニャ現象の頻度が高くなっていると指摘されているが、その原因の1つとして温暖化を含めた長期の変動による影響を指摘する報告もある(Ashok et al. 2007)。このような状況を考えると、今回と同様に日付変更線付近での対流活動が活発になりやすく、MJOの発生も同海域で活発になる可能性がある。温暖化との関係を知るためにも、海洋表層の水温構造の長期的なトレンドとその変化、またそれを生み出す過程についての理解が必要であることを意味している。人工衛星やTAO/TRITONブイ網、Argoフロート観測網など、長期・広域の観測網の充実と維持が、それらを実現する新たな技術開発も含めて極めて重要になっている。

【 引用・参考文献 】

Ashok, K., S. K. Behera, S. A. Rao, H. Weng, and T. Yamagata, 2007: El Niño Modoki and its possible teleconnection. J. Geophys. Res., 112, C11007, doi:10.29/2006JC003798.
気象庁、2015年:エルニーニョ監視速報(No. 270)
http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/elnino/houdou/houdou.html

※今回、サイクロン・パムの発生原因として重要な役割を果たしたMJOについて、2014年12月3日に第11回「地球環境シリーズ」講演会の中で、さまざまな角度から紹介を行っております。当日の講演資料が以下のサイトからPDFファイルで公開されておりますので、ご興味のある方は是非こちらもご覧ください。
http://www.jamstec.go.jp/j/pr/event/earth-env2014/program.html

大気海洋相互作用研究分野 米山 邦夫
大気海洋相互作用研究分野 久保田 尚之