English

「北極海観測と国際連携」

202271

地球環境部門 北極環境変動総合研究センター センター長/
研究プラットフォーム運用開発部門 北極域研究船推進室 国際観測計画グループ
グループリーダー
菊地 隆

日本側からみた北極海の地図

北極海やその周辺域で起きている環境変化には、例えば波浪や高潮や沿岸侵食による被害の増加、海洋酸性化や生態系の変化など、地球上で最も早く進行している温暖化に伴う災害や変化が顕在化しているものがあります。またその影響が北極海にとどまらず、広く地球全体に及ぶことも知られるようになってきました。北極海での環境変化とその影響を明らかにし、そのデータや知見を公開し広く地球環境研究や私達の生活に活かす必要があります。そのために必要なデータや試料を取得するために現地に行き観測・調査を実施します。その対象となる北極海は、米国・カナダ・デンマーク(グリーンランド)・ノルウェー・ロシアという沿岸国に囲まれた地中海です。
中央部分には公海域がありますが、それぞれ沿岸からは各国の排他的経済水域が広がっています。また夏の終わりから秋にかけては以前よりも海氷のない水面が増えたものの、今なお海氷は北極海を覆っており、観測・調査を行うことを困難にしています。これらの海域で観測・調査を行うためには、北極沿岸国そして北極海で調査を行おうとする各国と共同・連携して実施することが不可欠です。このように、北極海での観測・調査には国際連携が他の海域以上に重要になると考えられます。

北極海での観測・調査に限りませんが、国際連携にはさまざまな形があります。その中で一つの考え方ですが、これらを二国間のものと多国間によるものに分けて考えることができます。二国間の国際共同・連携は、文字通り当事国と相手国の研究者間や機関間、もしくは政府レベルで合意書や取り決めを行い、実施するものです。例えばJAMSTECでは21の海外機関と国際協力を推進するための覚書を結んでおり、これに則って機関間の国際共同研究が進められています。このうち米国大気海洋局(NOAA)や米国アラスカ大学フェアバンクス校、米国ウッズホール海洋研究所、ノルウェー海洋研究所、ベルゲン大学(ノルウェー)、トロムソ大学(ノルウェー)、カナダ漁業海洋省、ドイツ・アルフレッド・ウェゲナー研究所の8機関との間では、北極に関する共同研究開発を実施することが記載されており、これまでに様々な共同研究・観測を実施し成果を公表してきました。特に北極海での観測を実施する際には北極沿岸国との共同・連携は重要です。これまでJAMSTECでは海洋地球研究船「みらい」を用いて太平洋側北極海での観測を実施してきましたが、その際にはNOAAやアラスカ大学フェアバンクス校国際北極研究センター(IARC)、カナダ漁業海洋省海洋科学研究所(IOS)などと共同・連携し、米国(アラスカ)やカナダ沿岸での観測に必要な手続き・情報共有を行ってきました。研究活動のみならず、観測実施に必要な手続き・作業を行うためにも現地の研究機関との連携は必要不可欠です。

多国間の国際連携としては、短期の国際プロジェクトとして実施するものや、中長期的に国際的な組織が進める活動として行うものがあります。これまで北極海観測についてはいくつかの国際プロジェクトが行われてきました。例えば2007-2009に行われた国際極年(International Polar Year)は国際科学会議(ICSU)と世界気象機関(WMO)の共催で行われた両極を対象とする国際科学プログラムです。多くの国が参加し、自然科学のみならず生態学や人文社会科学、経済学なども含めた北極および南極に関する観測・研究が進められました。北極海観測についても、この期間には各国が精力的な観測を行い、そのデータや成果が公開されています。最近では、ドイツの砕氷船Polarstern号を海氷域に閉じ込めて通年で漂流観測を行う、大規模国際観測プロジェクトMOSAiC (Multidisciplinary drifting Observatory for the Study of Arctic Climate)が2019年9月から2020年10月の間に実施されました。ドイツが主導し、計20カ国から参加、延べ442名の研究者が北極海での観測を行い、過去に例を見ない貴重でかつ学際的なデータを得ることができました。日本からも国立極地研究所や北海道大学・東京大学などの研究者がこの漂流観測に加わっています。このほか、2020-2022年には各国研究機関が連携して北極海を広くカバーする同時広域観測を行うSynoptic Arctic Survey (SAS)が行われました。海洋地球研究船「みらい」による太平洋側北極海での観測も、SASの一環として国際連携のもとで実施されています。

海洋地球研究船「みらい」2016年北極航海

また国際的な組織についても、研究者が中心となって進める学術研究目的の組織と、各国政府によって構成される組織があり、それぞれに異なる役割を持っています。北極研究に関しては、学術系として最も中心的役割を担っているものが国際北極科学委員会(International Arctic Science Committee: IASC)であり、北極圏とその地球システムにおける役割をより科学的に理解するために最先端の学際的研究を促進・支援してり、現在23カ国が加盟しています。また政府系としては、北極評議会(Arctic Council: AC)があり、北極圏国(8カ国)と常時参加者としての先住民団体(6団体)そしてオブザーバー(北極圏国以外の国の政府やNGOなど:38)が参加して、北極に関する持続可能な開発、環境保護といった共通の課題について協力等を促進することを目的とした活動を行っています。この他にも国際的な研究活動と連携した北極研究に関する会議体・組織・プログラムがたくさんあり、それぞれの目的に向かった活動が行われています。これらの組織やその元で行われている様々な活動については、また別の記事において紹介する予定です。

参考:
MOSAiC (Multidisciplinary drifting Observatory for the Study of Arctic Climate)

SAS (Synoptic Arctic Survey)

IASC (International Arctic Science Committee)

AC (Arctic Council)

PAGE TOP