ドイツ砕氷研究船 Polarstern訪船
2023年9月29日
Polarstern訪船メンバー
(北極域研究船推進部、株式会社商船三井 北極域研究船プロジェクトチーム)
今年のゴールデンウィークの直前、4月の最終週にドイツの砕氷研究船Polarsternを訪船することができました。今回のブログではその訪船についてお伝えしたいと思います。
現在、北極域研究船推進部では、過去のブログ(「北極域研究船の建造状況 Ⅱ」)にもある通り北極域研究船の詳細仕様の検討や運航の準備を行っているところです。北極海で活動する「砕氷研究船」を運航することは日本にとって初めてのことですので、他国の先例から学ぶことは必須です。そのため、今回関係者にお願いをして、ドイツのアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所(通称:AWI、以下AWI)が所有するドイツの砕氷研究船「Polarstern」を見学させて頂く機会を得ることができました。ちなみに、Polarsternとは、ドイツ語で北極星を意味する単語です。
私たちが訪問した際、Polarsternはドイツの北西部に位置する港町、ブレ―マーハーフェン(Bremerhaven)の港でドック入りをしていました。ブレ―マーハーフェンはAWIの本部がある街でもあります。船舶は定期的にドック入りして、「健康診断」のように各所の点検・整備などを行う必要がありますが、今回はその最中の訪問となりました。そのため、船のあちこちで工事や点検が行われていて、皆さんお忙しい最中だったのですが快く迎えて頂きました。
ところでみなさんはPolarsternの運航は誰が行っているかご存知でしょうか。所有しているのはAWIですから、運航もAWIに違いない、と思われるでしょうか。それも全くもって間違いというわけではありませんが、実はドイツの海運会社であるF. Laeisz(以下、ライツ社)がAWIからの委託を受けて運航を行っています。
世界で運航されている研究船は本船を所有・運用する研究機関等が直接運航を行っているケースも多いのです。一方、民間の海運会社が運航しており、それも砕氷研究船となると非常にまれですが、Polarsternはその貴重な一例です。そして、北極域研究船も類似の運航形態となることが予定されています。こうした点からも、Polarsternへの訪船は貴重な機会となりました。
Polarsternは1982年12月6日に就航した船なので、41年の長きに亘る歴史のある船です。そのため、船内に設けられたバーでは歴代の航海参加者が貼ったであろう、年季の入った無数のステッカーや、今となっては逆にカッコいいと思えるほど古い機器を大事に使っている様子などを目の当たりにすることができました。
船内の調度品や壁の色など、新しい物に替えることもできるけれど、「スタイルを守るために」敢えて同じデザインのものを、お金をかけて発注しているというお話も伺うことができました。いずれも長年愛されてきた船ならではの努力です。北極域研究船も就航の暁には皆様に長く愛される船になること願ってやみません。
今回、PolarsternのオーナーであるAWIの船舶ロジスティクス担当者や、Polarsternの船舶管理や船員の配乗を行っているライツ社の方たちから色々とお話を伺いましたが、皆さんこの長い歴史を持ったPolarsternを非常に大切にし、誇りを持っていらっしゃることが言葉の端々から伺えました。
さて、ここからはそんなPolarsternのドック中の様子を少しだけお届けしたいと思います。
・Aフレーム(起倒式ガントリークレーン)
こちらはドック中のPolarsternを船の後方からみた写真です。船尾で観測機器を取り扱うAフレームは研究船にはよく見られる装備です。少し変わった船尾の形をよく見ると中央部分がへこんだようになっており、スリップウェーという傾斜があります。これはトロールネットなどの魚類のサンプリングを行う際にネット等の上げ下ろしがしやすいようになっているもので漁船にもこの様な構造が見られます。
板で囲われたこちらのブースの天井は上の甲板とつながっており、採取した魚類が上から落ちてくる構造になっています。ここでサンプルの選別を行いすぐ近くにあるラボでサンプルの処理や分析等を行います。
Polarsternのファンネル(煙突)です。隠れてしまっていますがファンネルには青いAWIのマークが描かれています。ファンネルはその色やその上に描かれたマークなどでしばしば船を識別する目印になります。作業中の様で足場が組まれていました。
研究船には、観測活動や輸送の為にヘリコプターが搭載される場合があり、本船上にヘリポートや格納庫があります。(ドック中の為訪問した際にはヘリデッキの上にもコンテナや機器が一時的に置かれていました。)Polarsternでは2機のヘリコプターを運用することが可能であり、フライトが無い間は格納庫の中で点検等が行われます。Polarsternには、研究者や船員の他にヘリコプターのパイロットや整備士も乗船します。船上では様々なプロフェッショナルが協力し観測活動に当たっているのですね。
こちらは研究者の居室です。素敵なインテリアにこだわりを感じますね。写真はChief Scientistという、各航海の代表を務める研究者の居室ですが、船上でも特に重要な役割を担う為、居室にもオフィスの機能が色濃く見受けられます。
こちらは数多くあるラボスペースの一つです。船上ではデータ処理や分析の為、多数のパソコンが使用されます。サンプルの処理等を行うウェットラボやドライラボ以外にもこうした作業スペースが欠かせません。船が揺れても機器が落ちない様に机には機器を固定する為の金具類が備え付けられています。
この広いスペースは一体、何でしょうか?運動場ではありません。研究船であるPolarsternですが、時に観測活動支援のために物資運搬の役割を担う場合もあります。そうした際にはこの大きなスペースに沢山のコンテナを搭載することができます。床にはコンテナを固縛する為の金物がついています。(床のあちこちが銀色に塗られていますがこれは塗装の補修です。ドック中にはこうして船の内部も全てメンテナンスが行われます)
Polarsternにはこうしたスペースが複数あり、100個以上のコンテナを搭載することが可能です。
皆さまは船底を見たことはありますか?航海中には海に潜らなければお目にかかれませんがドック中は船が完全に海から引き揚げられますので、底を見るまたとないチャンスです。研究船にとって船底はとても大事な部分です。マルチビームやソナーなど海中や海底を調べる為の様々な機器が設置されているのです。
そしてその船底部にはキールという船の背骨ともいうべき部分があるのですが、Polarsternのキールは少し変わった形をしていています。大型鋼船では通常であればまっ平らな船底外板がキールの役割を担いますが、Polarsternでは(写真では少しわかりづらいですが)船底外板より下側に箱状の構造が出っ張っており、ボックスキールと呼ばれています。これも船底に設置された機器類に船の様々な構造が干渉しない様にする為の工夫なのです。
折角ですので、ここまで読んでくださった読者の皆さまに船の底をお見せしましょう。こちらはドックの底である渠底から撮った写真です。Polarsternは船底からマストの一番上まで含めると51.45mもの高さがあり、デッキも9階層ありますのでドックの底から見上げると非常に大きいですね。人と比べるとその大きさが良く分かります。
さて、この様に見学の為に上へ下へとあちこち歩きまわるとお腹がすきますね。訪問時はドック中でしたが、船内でPolarsternのランチを食べることも出来ました。ドイツのパブリックイメージを裏切らない、ジャガイモが付け合わせになっているお料理でした。船内の食器類には運航者であるライツ社のロゴマークが入っていてとてもおしゃれでした。
滞在の間にはPolarsternだけでなく、極域航行では非常に重要になるヘリコプターの関連会社にも訪問し、訓練の様子を見せて頂くことが出来ました。
ヘリからスリングと呼ばれる長いロープ状のものを垂らし、地上でスタンバイしている人がスリングの先に荷物を付け離陸、飛行ののちまた荷物を地上に戻す、という訓練です。
一見簡単にも見えるかもしれませんが、熟練したテクニックが必要な作業です。極域では過酷な気象状況になることが多いため、更に経験が必要とされます。
また、打ち合わせのため、ブレ―マーハーフェンにあるライツ社のオフィスも訪問することができました。古い邸宅を改修したオフィスということで、大変趣のある素敵なオフィスでした。
ブレ―マーハーフェンのローカルフードだという、魚の形のパンにサーモンやタラなどのフレッシュな魚が挟まれたサンドイッチも振舞って頂きました。見た目も可愛く、味も美味しかったです
Polarsternの拠点ということで、もう少し街自体のご紹介もしたかったのですが、残念ながら周辺施設を見学するような時間は無く、帰りのブレーメン空港のお土産屋さんで見かけたブレーメンの音楽隊のぬいぐるみの写真と、ホテルの部屋からの風景をシェアさせて頂きます。
皆さんドック中で忙しい中でしたが、長時間にわたってとても丁寧に説明をしてくださり、大変有意義な訪船となりました。AWIとライツ社とは今後も情報交換を継続し、得られたものを新しい北極域研究船の建造や運航に活かして行きたいと思います。