English

北極海での観測研究のこれまでの流れ (Ⅲ)自立期-2:海洋地球研究船「みらい」と国際共同・連携観測

2022125

地球環境部門 北極環境変動総合研究センター センター長/
研究プラットフォーム運用開発部門 北極域研究船推進室 国際観測計画グループ
グループリーダー
菊地 隆

 本稿では、これまでの北極海の観測研究の流れについて、主にJAMSTECおよび日本の活動を中心に記述します。図1は、人工衛星で得られた北極海で9月に観測される年最小海氷面積の経年変化のグラフに北極海での観測研究のこれまでの概要を記したものです。1970年代に人工衛星による海氷観測が始まってから現在までを4つの時期に分け、それぞれの時期で何を目的とし、どのような観測研究を行ってきたのかをまとめます。

図1. 北極海での観測研究のこれまでの概要。青太線は、人工衛星で得られた北極海で9月に観測される年最小海氷面積の経年変化。赤星印は1990年以降のその段階で海氷面積最小を記録した年の値。Ⅰ:夜明け前、Ⅱ:立ち上がり期、Ⅲ:自立期、Ⅳ:発展期、Ⅴ:拡大期(今後)

Ⅲ:自立期(その2: 海洋地球研究船「みらい」と国際共同・連携観測)

 「Ⅱ:立ち上がり期」で記した通り、JAMSTECでは、1990年代に米国ウッズホール海洋研究所(WHOI)やアラスカ大学(UAF)などと共同で北極海の観測を開始し、経験を積んでいきました。その経験をもとにして「なぜ北極海には海氷が存在するのか」「海氷が存在するための北極海の役割・特徴はなにか」といった科学的な疑問に答えるべく、本格的な観測”研究”活動を開始します(i,ii)。海外の研究機関と協力しつつも、自ら計画を立てて自分たちの機器や船舶での観測・開発を開始し始めました。そのJAMSTECの、そして日本の北極研究が大きく進展する最初の転換点になったのが、海洋地球研究船「みらい」の就航でした。

海洋地球研究船「みらい」の建造が始まり、就航し、全海洋で観測を行うようになるまで、(ご存じの方もいるかと思いますが)とても長い話があります。その話はここでの本筋とは少しずれますので、興味がある方は、申し訳ありませんがご自身で調べてもらうとして(笑)。ごく簡単に書けば、海洋地球研究船「みらい」は、日本初の原子力船「むつ」の船体を切断して原子炉を撤去、船体後部を新たに建造して前部と繋ぎ合わせ、当時求められていた大型の海洋観測研究船として作られました。「みらい」をよく見てみると、中央部につなぎ目があることが分かります。元が何であるにせよ、長期かつ広域での海洋観測や洋上作業が可能となる優れた航行性と設備を持ち、高精度多項目観測を可能とする世界でもトップクラスの研究船が1997年に就航したことは、本当に素晴らしいことでした。図2にJAMSTECのホームページに掲載された海洋地球研究船の主な観測搭載機器などを示します(iii)。

Figure2
図2. 海洋地球研究船「みらい」の搭載観測機器を示す模式図(iii)

 JAMSTECの、そして日本の北極海の観測研究にとって大切だったことは、「みらい」が耐氷性能を持つ観測船として作られたことです。これにより北極海であっても夏季や秋季の薄い一年氷がある程度の海域ならば、航行可能になりました。自分たちの船で、自分たちで計画を立てて、北極海での観測研究を行うことが可能となったのでした。
 「みらい」による北極海観測を始めるのに際して、1998年2月に国際ワークショップを開催しました。日・米・加・露・独から45名の研究者が参加し、3日間にわたり北極に関する最新のプロジェクトや研究成果など31件の発表が行われるとともに、当時注目されていた研究テーマであるShelf-basin interaction(陸棚-海盆域間の相互作用)や、観測と理論・モデルとの連携などについて広く議論が行われました。このワークショップでの議論や海外の研究者との交流は、その後の研究活動を大きく進展させました。例えばこのワークショップとそのあとの意見交換を踏まえて、1998年と1999年夏にカナダ沿岸警備隊所属砕氷船ローリエ号航海に乗船し、アラスカ沖北極海での係留系回収・設置作業を行います。現在も続いているカナダ漁業海洋省海洋科学研究所との共同研究の最初の一歩がこの航海・観測でした。
 海洋地球研究船「みらい」による初めての北極航海は、1998年8月に行われました。7月30日に関根浜港を出発、翌31日に八戸港で外変手続きを済ませ日本を出発、北海道厚岸沖や北太平洋で各種の慣熟試験(観測)を行いながら東に進みます。そして、これまでとてもお世話になったアラスカ大学のAlpha Helix号(Ⅱ:立ち上がり期を参照)が停泊する米国アラスカ州スワードに入ったのが8月12日。ここで一般公開をしたあと(※余談を参照)、14日にスワードを出港し、初めての北極海航海に挑みました。目指したのは、アラスカ州最北端の街バロー(現在はウトキアグヴィク(Utqiaġvik)と呼ぶ)の沖合の海域。ここは太平洋から北極海に流れ込む海水の約55%が通過し海盆域に流入する(iv)とともに、北東風が強くなると海盆域の中層にある大西洋起源の温かい水塊の湧昇が起きる(v,viほか)といった大陸棚と海盆の間をつなぐ海洋物理・化学・生物そして現地の人の生活にとっての要所の海域です。1998年8月中旬のバロー沖海域では海底谷の西側にはまだ海氷が残っていましたが、22点のCTD採水観測とプランクトンネットによる試料採取、そしてボートを出して海氷上に乗って海氷採取を行いました(図3 観測地点図、図4 観測や海氷の様子を示す写真)。海氷を避けつつも、無事に観測を行い、海氷などの試料を採取ができることが確認しました。実はこの年の海氷状況は少し異様で、帰路(8/28)のベーリング海峡でシベリア側から流れ込んできた海氷に遭遇しました。そのときの様子を含め、「みらい」の当時の操船の様子は、「みらい」初代船長であった赤嶺さんが今年の日本海洋学会ニュースレター「JOSニュースレター 2号」に寄稿された記事に書かれています。ぜひ、ご覧ください(vii)。

Figure3
図3. 「みらい」1998年北極航海でのアラスカ・バロー沖の観測点の地図。黒太線は航海時の海氷縁の位置を示す。
Figure4
図4. 「みらい」1998年北極航海での写真

 1999年そして2000年は海氷が最も少なくなる9月に北極海航海を行いました。ベーリング海峡の北に広がる大陸棚のチュクチ海と、深海盆であるボーフォート海の間の陸棚斜面域を主な観測対象域として、CTD/採水観測、気象観測、プランクトン試料採取、ボートを出しての海氷採取、各種コアによる海底堆積物採取など、さまざまな観測ができることを確認していきました。
 上記の経験や交流を踏まえて、2002年にはJAMSTECとカナダ漁業海洋省(DFO: Department of Fisheries and Oceans)との間でMOU(覚書)が結ばれました。このMOUの元で、共同研究JWACS(Joint Western Arctic Climate Study:西部北極海気候研究)をカナダ海洋科学研究所(IOS)とともに始めます。IOSはカナダ沿岸警備隊砕氷船ルイ・サン・ローラン号(図6)を用いてカナダ海盆東側から中央部を、JAMSTECは「みらい」を用いてチュクチ海からカナダ海盆西側を、連携して観測を行い、データを共有し、共同で解析を進めることになりました。特に2002年航海では、多くの研究者がまずルイ・サン・ローラン号に乗って一緒にカナダ海盆の観測を行ったあと、バロー沖にてボートで「みらい」と別のカナダ沿岸警備隊砕氷船ローリエ号(図6)に乗り移って、引き続き観測・作業を行いました。その際に「みらい」はアラスカ・カナダ沿岸域を東にも進み、カナダEEZ海域でも観測を行いました(図7)。ちょうど北極海の海氷減少が話題になり始めたこの時期に、太平洋から北極海に入る水塊の分布と海氷減少への影響の調査が進みます。
 2003年からは米国ウッズホール海洋研究所(WHOI)がIOSとともにルイ・サン・ローラン号航海を行うようになり(viii)、日加米3カ国による連携観測・共同研究体制となりました。「みらい」はこのあと2004,2006,2008,2009,2010年と太平洋側北極海での観測を行っていきます。この期間、海氷減少が進むとともにその活動域は広がっていきました。特に2008, 2009, 2010年の航海ではそれぞれ北緯79度付近まで達しました(図8)。日加共同研究は2009年からはJWACSから PACI (Pan-Arctic Climate Investigation)と名称を変え、物理のみならず生物地球科学を含むより広い分野での共同研究となります。この太平洋側北極海をカバーする国際連携観測は現在でも行われており、海氷減少に伴う急速な環境変化を示す多くの研究成果を出しています。

 (次は、Ⅲの期間に進められた研究内容や成果について記したいと思います)

Figure5
図5. 「みらい」北極航海の航跡図(1999年、2000年、2002年、2004年)
Figure6
図6. カナダ沿岸警備隊所属砕氷船ルイ・サン・ローラン号(左)とサー・ウルフレッド・ローリエ号(右)
3-2F7
図7. 「みらい」2002年北極航海でのアラスカ・カナダ沿岸域での航跡図
3-2F8
図8. 2008,2009,2010年の「みらい」北極航海の航跡図と海氷密接度分布図。写真は、氷縁域であった2009年航海での最北地点(北緯79.0度、西経151.5度)でのCTD/採水観測の様子。

余談:海洋地球研究船「みらい」の海外での一般公開

3-2F9
図9. 米国アラスカ州スワード沖で停泊中の海洋地球研究船「みらい」(1998年8月14日)
3-2F10+F11
図10. スワード港で撮った写真  (1998年8月13日著者撮影) 図11.スワードでの海洋地球研究船「みらい」の一般公開を示すポスター

 海洋地球研究船「みらい」が就航してしばらくの間、航海で立ち寄った国内外の港で一般公開やイベントを実施することがよくありました。1998年8月の初めての北極航海の際も、これまでお世話になっていた米国アラスカ大学のAlpha Helix号(Ⅱを参照)の母港であるスワードという小さな街で一般公開をしています(ix)。スワードはアンカレジから南に車で3時間程度行ったところにある太平洋に面する街です。アラスカ鉄道の太平洋側の起点になっているとともに、フィヨルド観光でクルーズ船が入ってきたりします。人口3000人程度の小さな街です。その街で「みらい」は一般公開を行いました。(私の記憶が間違っていなければ…)小さな街にも関わらず約650人の来訪者があり、みなさんの関心の高さに驚いたことを記憶しています。
 この一般公開では、船内見学とともにいくつかのパネル展示とハンドアウトの配布がありました。図12は当日配布された北極研究の紹介ペーパー(ハンドアウト)です。当時の地球環境研究の背景とし、1995年にIPCC第2次評価報告書が発表され、人間活動の影響によって地球温暖化が進行しつつあることが示され温暖化対策が話題になり始めたことが重要でした。そして1997年12月に開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で京都議定書が採択され、温室効果ガスの排出規制が義務付けられました。北極に関しては、温暖化が進むにつれて、北極海の海氷が減ったり、永久凍土や氷河・氷床の融解が起きたり、その影響が動植物や海水面上昇など地球全体に影響したりといった”危惧”が言われ始めたころでした。現在進められている研究活動のベースとなるアイデアが出始めたころだったと言えます。配布された資料には、北極と南極の違いとともに、上記のような温暖化の影響に関する言及がある点が、興味深いです。
 「みらい」北極航海では、このあと2000年には米国ワシントン州シアトルと、カナダ・ブリティッシュコロンビア州ビクトリアでも一般公開を行っています。シアトルには、NPEO(Ⅲ-1参照)で一緒に研究をしていたワシントン大学やNOAAが、ビクトリアの近郊にはカナダ漁業海洋省海洋科学研究所があり、関係する多数の研究者が一般の方たちと一緒に「みらい」一般公開を見に来てくださいました。楽しい交流ができ、私たちのプレゼンスを示すこともでき、そのあとの共同研究の発展に大きく貢献したと言えます。
 もちろん北極航海のみならず、他の「みらい」航海でも海外での一般公開は行われていました。例えば2003年から2004年にかけて行われた「みらい」による南半球周航観測研究(BEAGLE 2003)では、オーストラリア東海岸のブリスベンやチリのバルパライソ、ブラジルのサントス、南アフリカのケープタウン、マダガスカルのタマタブ、そしてオーストラリア西海岸のフリーマントルなどで一般公開や現地レセプションや交流会などが行われました。(x) 一般公開は、海洋地球研究船「みらい」が全球海洋を対象として国際的に活動していくことを内外に示していったのでした。
 北極域研究船が就航したら、北極横断航海を行って、例えばそのあとに現在共同研究や連携観測を行っているノルウェーの極地研究所やトロムソ大学があるトロムソや、ベルゲン大学があるベルゲン、さらにはドイツのアルフレッド・ウェゲナー研究所があるブレーマーハーフェンなどを訪れて、一般公開などができるのではないかと、勝手に想像したりします。ノルウェーやドイツほかヨーロッパの研究者らと一緒に、ノルウェー砕氷船FF Kronprins Haakonや、ドイツ砕氷船FS Polarsternなどと並んで北極域研究船が停泊している様子を見ながら研究の話ができるようになると、いいですね。最後は勝手な想像の話でした(笑)。

3-2F12-1
3-2F12-2
図12. 米国アラスカ州スワードでの海洋地球研究船「みらい」一般公開で配布された資料

参考文献/References

  1. 瀧澤隆俊 (2001). 北極海での観測研究、海洋科学技術センター創立三十周年記念誌 第2章 海洋の総合研究機関として、p. 102-108.
  2.  菊地隆 (2022). 北極海調査の歴史とこれから-北極域研究船に向けて-、日本海洋工学会誌 KANRIN(咸臨)、第101号(特集:海洋調査と調査船)、28-34.

  3. 海洋地球研究船「みらい」(JAMSTECホームページ、 JAMSTECについて > 研究船・施設・設備 > 研究船・探査機 > 「みらい」より), https://www.jamstec.go.jp/j/about/equipment/ships/mirai.html ,(参照:2022-11-30)

  4. Itoh et al. (2013).  Barrow Canyon volume, heat, and freshwater fluxes revealed by long-term mooring observations between 2000 and 2008.  J. Geophys. Res. -OCEANS, 118, 4363–4379, doi:10.1002/jgrc.20290. 

  5. Aagaard, K., and A. T. Roach (1990), Arctic ocean-shelf exchange: Measurements in Barrow Canyon, J. Geophys. Res., 95(C10), 18,163-18,175, doi:10.1029/JC095iC10p18163.

  6. Hirano, D., Y. Fukamachi, E. Watanabe, K. I. Ohshima, K. Iwamoto, A. R. Mahoney, H. Eicken, D. Simizu, and T. Tamura (2016), A wind-driven, hybrid latent and sensible heat coastal polynya off Barrow, Alaska, J. Geophys. Res. Oceans, 121, doi:10.1002/2015JC011318.

  7. 赤嶺正治 (2022). 「みらい」乗船を振り返って(連載―第1回 変わりゆく北極海、「みらい」の操船)、JOS News Letter ( https://kaiyo-gakkai.jp/jos/publications/newsletter ), Vol.12, No.2, p.6-10. 

  8. Beaufort Gyre Exploration Project (Wood Hole Oceanographic Institution) Home page, https://www2.whoi.edu/site/beaufortgyre/ (参照:2022-11-30)

  9. JAMSTECプレスリリース「スワードにおける海洋地球研究船「みらい」の一般公開等について」(1998年8月7日), https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/1998/19980807/ (参照:2022-11-30)

  10. JAMSTECホームページ「海洋地球研究船「みらい」南半球周航観測研究BEAGLE 2003」, https://www.jamstec.go.jp/beagle2003/jp/ (参照:2022-11-30)

PAGE TOP