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北極海での観測研究のこれまでの流れ (Ⅲ)自立期-1:ブイ開発と多年氷海域での観測研究

2022112

地球環境部門 北極環境変動総合研究センター センター長/
研究プラットフォーム運用開発部門 北極域研究船推進室 国際観測計画グループ
グループリーダー
菊地 隆

 本稿では、これまでの北極海の観測研究の流れについて、主にJAMSTECおよび日本の活動を中心に記述します。図1は、人工衛星で得られた北極海で9月に観測される年最小海氷面積の経年変化のグラフに北極海での観測研究のこれまでの概要を記したものです。1970年代に人工衛星による海氷観測が始まってから現在までを4つの時期に分け、それぞれの時期で何を目的とし、どのような観測研究を行ってきたのかをまとめます。

図1. 北極海での観測研究のこれまでの概要。青太線は、人工衛星で得られた北極海で9月に観測される年最小海氷面積の経年変化。赤星印は1990年以降のその段階で海氷面積最小を記録した年の値。Ⅰ:夜明け前、Ⅱ:立ち上がり期、Ⅲ:自立期、Ⅳ:発展期、Ⅴ:拡大期(今後)

Ⅲ:自立期(その1: ブイの開発と多年氷海域での観測研究)

 先述の通り、JAMSTECでは、1990年代に米国ウッズホール海洋研究所(WHOI)やアラスカ大学(UAF)などと共同で北極海の観測を開始し、経験を積んでいきました。その経験をもとにして「なぜ北極海には海氷が存在するのか」「海氷が存在するための北極海の役割・特徴はなにか」といった科学的な疑問に答えるべく、本格的な観測”研究”活動を開始します(i,ii)。例として、1997-1998年に行われた国際観測プロジェクトSHEBA (Surface Heat Budget of the Arctic Ocean)が挙げられます。これはカナダ沿岸警備隊砕氷船(CCGS Des Groseilliers号)を北極海の海氷の中に閉じ込めて氷上基地とし、越冬・通年観測を行ったものでした(iii)。JAMSTECもこのプロジェクトに参加して、氷海用自動観測ステーションIOEBによる漂流観測、係留系による通年海洋観測、氷上基地への往路復路における海洋観測を実施し、成果を公表ました(iv)ほか。さらに1990年代末頃からは、JAMSTECは、海外の研究機関と協力しつつも、自ら計画を立てて自分たちの機器や船舶での観測・開発を開始し始めたのです。

Figure2
図2. 国際観測プロジェクトSHEBAの写真(iii)

 まず、氷海用自動観測ステーションIOEBで得られた知識・経験を元に、最新の技術を集め小型で廉価なブイを目指して、氷海観測用小型漂流ブイ(J-CAD: JAMSTEC Compact Arctic Drifter)の開発を1997年に開始します。この開発は、カナダのMetOcean社との共同で行なわれました。観測項目を気象と海洋物理に特化し軽量化を図ったこと、海流計測のためにGPSによる正確な位置測定を可能としたこと、双方向通信が可能な衛星通信システムを採用したこと、ブイ本体と海中に伸ばしたケーブルに付けられた観測機器との間の通信に非接触型のIM(Inductive Modem)システムを採用したことなどにより、設置しやすく安全でトラブルが少ないブイ観測システムが作られました(v)。

 私たちは、氷上キャンプや砕氷船航海に参加して、J-CADを北極海の海氷上に展開し、観測研究を行いました。特に2000年から米国ワシントン大学応用力学研究所極域科学センターや米国大気海洋庁(NOAA)が主導して行われたThe North Pole Environmental Observatory (NPEO(vi))ではJAMSTECもその観測の中心的役割を担い、J-CADなどの漂流ブイを設置し、海洋自動観測を実施しました。J-CAD 1号機が設置されたのは2000年4月の北極点付近(北緯89度41分、西経130度20分)の海氷上。フラム海峡を超えてグリーンランド海まで観測、データを送り続けました。著者も2002年から2013年までほぼ毎年4月上旬に北極点付近の氷上キャンプに行き、ブイの設置作業を行いました。北極点付近の海氷上に設置したブイは大西洋側に流れていきます。NPEOのもと北極点付近から大西洋側北極海での観測データを積み重ね、そのデータを元に、成果を公表していくことができました (vii, viii, ほか)。

Figure3
図3.(a-c)NPEOプロジェクトにおけるJ-CAD設置の写真。(a)2000年(J-CAD1) (b)2001年(J-CAD 3) (c) 2002年(J-CAD 4)。(d) 2000年から2006年までのJ-CAD/POPS軌跡図。(e) 2003年4月に設置されたJ-CAD 6の模式図。

 ここでいきなり私見なのですが、研究者というのは本質的にわがままなもので、何かができるようになると更にその先を考え、またそれができるようになることを望んだりします。J-CADにより海氷下の水温・塩分などが測れるようになった同じ時期に、全球海洋観測では大きな進展がありました。「アルゴ計画」の開始です。浮力を調整して自力で昇降・観測し海面に浮上して人工衛星を通じてデータを送信できるフロート、「アルゴフロート」を用いて各国協力のもと全世界の海で水温・塩分の連続データを取得し、海洋内部のモニタリングを行うプロジェクトが「アルゴ計画」です。2000年の本格運用から継続的に地球規模の海洋の状態をモニタリングし続け、現在海洋学において欠かすことのできない基盤観測網の一つとなっています(iv)。

 話を2000年代初期の北極海観測に戻します。J-CADが開発されたことで設置しやすく安全でトラブルが少ないブイ観測システムが使えるようになったのですが、その水温・塩分データは決められた深さに取り付けた測器による離散的なデータでした。いままで得られなかった情報を得て喜んだのですが、アルゴフロートによる観測のことを知り、北極海の特徴的な水温・塩分の構造を捉えるためにも連続的な水温・塩分分布がほしいと考えました。しかし北極海は海氷に覆われているためにフロートは海面に浮上できず、データが送れません。そこで、J-CADの技術を使って、ケーブルに沿ってアルゴフロートを昇降させ、得られたデータを海氷上のブイから人工衛星に発信するブイを開発し、観測研究に使いたいと考えました。再びカナダのMetOcean社と協力でこの開発を進め、作られたものがPOPS(Polar Ocean Profiling System)です(x)。これにより、海氷の下の水温、塩分の連続データを得ることができるようになりました。さらに2006年4月にNPEOにおいて設置したPOPS #3は通常のアルゴフロートと同じように得られたデータをリアルタイム送信し、北極海から送られた最初のアルゴフロートデータになりました(図5)。そしてNPEOやドイツ砕氷船Polarstern号による航海などの機会を用いてPOPSを国際連携の元でさまざまなブイとともに設置し、データを手に入れ、海氷や海洋の変化に関する研究を進めていきました(xi, xii)。

 ちなみに2007年8-10月のPolarstern号航海の様子は「NHKスペシャル北極大変動」(xii)にも使われましたが、その話はまた別の記事で。
(次は、1998年から海洋地球研究船「みらい」による北極海観測が始められた話を記します)

Figure4
図4.(左)NPEO 2006でのPOPS設置写真。(右)POPSの構成図。
Figure5
図5.2006年5月のアルゴ観測網の地図(xii)。POPSのデータは世界で初めて北極海から送られたアルゴフロートのデータです。
Figure6
図6. 漂流ブイを用いた北極海観測研究の模式図

余談:2002年のNPEOでのブイの設置のこと

 2002年のNPEOは、私にとって初めての氷上キャンプでの作業でした。JAMSTECからは観測技術員の方と二人での参加。2002年4月12日から13日にかけて、日本からカナダ・バンクーバーとエドモントンを経由して、カナダ多島海の北緯74度にある街・レゾリュートに移動。ここで先に輸送しておいたJ-CADとその設置機材の確認をします。ちょっとトラブルがあったのですが、事なきを得て(笑)。そのあと氷上キャンプに行く準備をし、他の研究者と順番にチャーターされた飛行機で北極点付近の海氷の上へ向かったのが4月22日。この年からNPEOではロシアが運営する氷上キャンプBarneoを利用して作業を行う形になっていました。

 現場ではBarneoキャンプをベースとして生活をし、キャンプ近くに適した海氷を探し、そこにJ-CADを設置する。4月初旬はちょうど冬が終わった時期です。一年で最も海氷が厚く、また状態が安定しています。キーンと冷え切った空気の中、周りに何も見えない真っ白な氷盤の上にいたことは、それはそれは言葉にし難いものでした。作業は大変でしたが、またここに来たいと思いました。結局2013年までほぼ毎年のように氷上キャンプにいくことになります。

 設置翌日、キャンプからJ-CADを設置した現場に戻り正しくデータが発信されていることが確認できたときは、ホッとしたものです。Barneoキャンプでの作業を終えて、レゾリュートに戻ってきたのが4月26日。ホテルで浴びた数日ぶりのシャワーがめっちゃ気持ちよかったです。機材の返送手続きをして、First Airでオタワに向かったのが4月27日。オタワに近づくに連れて、空が暗くなり、夜の街が見えてきます。そういえば4月13日にレゾリュートに来てからは、ずっと夜がなかったことを思い出しました。飛行機から見えたオタワ近郊の夜景。夜のある世界に戻ってきた感動。ちょっと泣きそうになったことを、今も覚えています。

 このあとハリファックスに行き(結果的にカナダ縦横断旅行!...図8) 、J-CADを共同開発したMetOcean社を訪問、今後のブイ製作、設置計画を話し合い、日本に戻ってきたのが5月5日。まだ肌寒さが残る桜が咲く4月上旬に出発したのですが、帰ってきた日本がやたら暑かったです。でもNPEOでのブイ設置作業は、2006年からブイがPOPSに変わったり、2009年から事前準備の場所がノルウェー・スピッツベルゲンに変わったりしましたが、いつもこんな感じで2013年まで実施していきました。

Figure7
図7. (a) Barneo 2002 氷上キャンプの写真。(b) J-CAD 4のADCPとワトソンコンパス(vii) 投入時の写真、米国の科学者とともに。(c) J-CAD 4設置完了の記念写真。なお2002年は日韓サッカーW杯の年でした。(d)氷上キャンプ出発前の写真。
図8. NPEO 2002での移動経路

参考文献/References

  1.  瀧澤隆俊 (2001). 北極海での観測研究、海洋科学技術センター創立三十周年記念誌 第2章 海洋の総合研究機関として、p. 102-108.
  2. 菊地隆 (2022). 北極海調査の歴史とこれから-北極域研究船に向けて-、日本海洋工学会誌 KANRIN(咸臨)、第101号(特集:海洋調査と調査船)、28-34.
  3. Perovich, D. K. et al. (1999).  Year on Ice Gives Climate Insights (Project: SHEBA - Surface Heat Budget of the Arctic Ocean), EOS, 80, 41, 481,485-486, doi://10.1029/EO080i041p00481-01.
  4. Shimada, K., E. C. Carmack, K. Hatakeyama, and T. Takizawa, Varieties of Shallow Temperature Maximum Water in the Western Canadian Basin of the Arctic Ocean, Geophys. Rs. Lett., 28, 18, 3441-3444, https://doi.org/10.1029/2001GL013168. 
  5. 畠山清、細野益男、島田浩二、菊地隆、西野茂人(2001). 氷海観測用小型漂流ブイ(J-CAD)の開発、海洋調査技術、13, 1, 55-68.
  6. The North Pole Environmental Observatory Homepage, http://psc.apl.washington.edu/northpole/ (参照:2022-10-11)
  7. 菊地隆、宇野弘勝、細野益男、畠山清(2004a).  地磁気極近くでの海流観測:コンパスの問題について、海洋調査技術、16, 1, 19-27. 
  8. Kikuchi, T., K. Hatakeyama, and J. H. Morison (2004b). Distribution of convective Lower Halocline Water in the eastern Arctic Ocean. J. Geophys. Res., 109, C12030, https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2003JC002223.
  9. 地球環境部門 海洋観測研究センター 全球海洋環境研究グループ (2021),  【アルゴ2020】アルゴフロートで世界の海を測って20年, JAMSTECホームページ研究者コラム, https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/column-20210205/ (参照: 2022-10-11)
  10. Kikuchi, T., J. Inoue, and D. Langevin (2007).  Argo-type profiling float observations under the Arctic multiyear ice.  Deep-Sea Res., 54, 9, 1675-1686, https://doi.org/10.1016/j.dsr.2007.05.011
  11. JAMSTECプレス発表「世界で初めてのアルゴフロートによる北極海でのリアルタイム観測を実現〜国際アルゴ計画へのデータ提供により気候変動予測の精度向上に貢献〜」(2006年6月13日) https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/2006/20060613/
  12. Kikuchi, T., J. Inoue, and N. Shikama (2006).  Arctic Ocean observation by Argo-type CTD profiler.  Argonautics, 7 (Jun. 2006), p.7. 

  13. NHKスペシャル 北極大変動(NHKアーカイブ ホームページ) https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010746_00000 (参照:2022-10-11)

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