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北極域研究船の水槽試験

2022107

ジャパン マリンユナイテッド株式会社
技術研究所 流体研究グループ 氷海研究グループ

 北極域研究船(以下、本船)は、氷の無い通常海域の観測だけでなく、氷海域の観測のために厚さ1.2mの平坦な氷を3ノット(時速約5.6km)で連続的に割りながら進むことができる砕氷船です。開発の段階では、船の抵抗や推進に必要なパワーをコンピューターによる数値計算などで評価しながら船の形や推進器の検討を行いますが、開発・設計後は高い精度で製作した縮尺模型船を用いた水槽試験によって性能を確認しました。
 ここでは、本船の通常海域、氷海域の両海域における航行性能を確認するために実施した水槽試験について紹介します。
確認しなければならない性能は、平水中および波浪中の推進性能、砕氷航行性能、波の中での動揺性能、船位保持・操縦性能、プロペラのキャビテーションなど多岐にわたります。これら一連の性能確認試験は、ジャパン マリンユナイテッド株式会社 技術研究所の4種類の水槽(船型試験水槽、氷海水槽、運動性能水槽、キャビテーション水槽)すべてを使って、2022年1月から6月にわたって実施されました。試験にはそれぞれの水槽の大きさや試験条件に適したサイズの模型船を使用しています。


 註)キャビテーション(空洞現象)とは、一定以上の速度でプロペラが回転した際に、プロペラ周囲の水圧変化によってプロペラ翼面から気泡(キャビティ)が発生する現象のことです。キャビテーションが有害とされるのは、キャビティが崩壊して爆発的な圧力が発生することがあり、これによりプロペラ本体や・舵などへの壊食(エロージョン)、船体振動や騒音など重大な問題の原因となるためです。
通常の商船にとっても好ましくない現象ですが、本研究船には水中の音響を計測する機器が備えられておりますので、観測作業へ悪影響を及ぼすキャビテーションを抑制する設計となっています。
文中のキャビテーション試験映像は、実船で採用されるものと相似形状の縮尺模型プロペラを、実船での操船状況と同じ作動条件となるように調整した回流型水槽の中で回転させ、キャビテーションの発生を観察している場面となります。

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<図1:北極域研究船の水槽試験項目>
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<図2:模型船の大きさ>

【 平水中の推進性能確認試験 】

 通常海域の性能を評価する上で、平水中(波のない状態)の推進性能は基本となる性能です。砕氷船は氷を割りやすくするために船首部など特徴的な形をしていて、一般に平水中の性能が劣る傾向にありますが、本船は海洋地球研究船「みらい」同等の平水中性能を目指して開発されました。

船型試験水槽で平水中の抵抗試験と自航試験を行い、それらの結果より推進に必要なパワーと船速の関係(パワーカーブ)を推定します。水槽試験の結果、計画していた平水中の性能を十分に満たしていることを確認できました。航海速力で推進に必要となるパワーは、本船よりもひとまわり小さく砕氷船ではない「みらい」と同等となっています。また船が進むときに起こす波は推進性能だけでなく水中の観測にも影響しますが、砕氷船としては小さくおさえられていることも確認できました。 

註)抵抗試験:模型船を曳航して実際の航走中の状態を模擬し、船体の抵抗を調べる試験
註)自航試験:プロペラを回しながら模型船を曳航して抵抗と推進力を同時に計測し、パワー推定に必要となる推進効率を調べる試験

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<図3:平水中航行時の造波>

【 氷海性能確認試験 】

 本船の砕氷能力を確認するために、氷海水槽で平坦氷(広い範囲にわたって厚さが一定な氷)中の連続砕氷航行試験(抵抗試験および自航試験)を行いました。これらの試験結果を基に平坦氷の厚さと船速あるいは推進パワーの関係を推定しています。本船は計画通り厚さ1.2mの平坦氷を3ノットで連続砕氷航行できる能力を持つことを確認しました。砕氷後の氷片が船底を流れてプロペラと干渉すると推進効率が悪化しますが、本船ではプロペラへの氷片干渉をできるだけ少なくするような工夫も船の形状にほどこしており、その効果があることも確認しています。

  • 動画 平坦氷中抵抗試験(水面上)
  • 動画 平坦氷中抵抗試験(船側) 

また、多年氷(一年のうちに融けきらず翌年さらに成長した氷)など連続砕氷できないほどの厚い海氷に遭遇した時には、砕氷船はいったんバックしてから助走して氷盤に体当たりして海氷を割るラミングを行います。本船の氷海水槽試験でも厚い平坦氷の中でラミング試験を行い、1回のラミングで氷を割って進める距離の評価を行っています。その他にも、氷と水面が混在した状態での流氷中試験、平坦氷中初期旋回試験を行い、流氷中を航行するときの抵抗や必要な推進パワーの推定、平坦氷の中での旋回径の推定を行っています。

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<図5:流氷中抵抗試験(氷厚1m, 流氷サイズ 11m, 密接度80%相当)>
  • 動画 平坦氷中旋回試験(全景) 

【 波の中での船体運動性能、抵抗増加確認試験 】

 船はその横揺れの固有周期と波の周期が近くなると大きく揺れます。波の中での船の横揺れをおさえるために、本船には減揺装置としてAnti-Rolling-Tank(ART)が搭載されます。ARTは船の左右に設けられたタンクをダクトで連結し、タンク内の液体が左右に移動することによって、船の横揺れを減少させるものです。ARTの減揺効果を確認するために、運動性能水槽において横波(規則波および不規則波)の中でART搭載時と搭載しない場合の横揺れの比較試験を行いました。本船に搭載したARTの効果は大きく、規則的な横波の周期と固有周期が同調する付近では横揺れ角が約1/10にまで小さくなることを確認しました。実際の海域の波は様々な周期の波が重なっていますが、これを再現した不規則波中の試験でも横揺れ角は約半分となることも確認しています。

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<図6:不規則横波中のART減揺効果確認試験(SeaState5, 船速12knots相当)>
  • 動画 規則横波中動揺試験_アンチローリングタンク無し
  • 動画 規則横波中動揺試験_アンチローリングタンク有り

ARTを搭載した状態では横波だけでなく波向きを変えた数多くの条件で試験を行い、波の向きや周期に対する抵抗増加や船体運動の応答特性を調べています。これらを基にしてさまざまな波が重なった実際の海域での抵抗増加や船体運動を予測することができます。抵抗増加の予測結果と平水中推進性能試験の解析結果を使って、想定された海象条件における波浪中のパワーカーブ(船速と推進パワーの関係)も推定しています。

【 船位保持や操縦性能に関する試験 】

 観測のために、波、風、海流をともなう環境の中でも船が流されないようにとどめる性能(船位保持性能)は重要です。本船では、風速15m/sec、有義波高3m(波向きと風向は同一方向)、および船首方向から30度以内の方向からの5ノットの海流がある場合でも、半径60m以内への船位保持ができることが目標です。本船は、通常の操船に必要な船尾の推進器・舵以外に3基のスラスターを備えており、それらを使って船位保持のための操船を行います。
 水槽で波、風、海流が同時に作用する環境やその時の実際の船の動きを模型で精度よく再現することは難しいので、船位保持性能はシミュレーションによって確認します。シミュレーション計算に必要となる操船時の船体・舵・プロペラに作用する力とそれらの干渉影響を操縦流体力係数として求めるために、運動性能水槽と船型試験水槽で操縦性試験を行いました。シミュレーションの結果として、本船は目標とする船位保持性能をもつことを確認しています。

  • 動画 旋回操舵試験-操縦時の舵力/プロペラ推力計測(全景) 

【 プロペラキャビテーションの調査 】

 プロペラは作動条件(船速、回転数、喫水)によっては翼面でキャビテーションが発生します。キャビテーションは、船体振動、水中放射雑音、プロペラ翼面の損傷(エロージョン)、推力低下の要因となることがあります。本船には水中音響観測機器が装備されていることからも、観測時にキャビテーションを抑制できることを重視してプロペラの設計が行われました。キャビテーションの発生状況を確認するためにキャビテーション水槽で、プロペラが船尾で回るときの状況を再現して試験を行っています。
水槽試験の結果、本船の航海速力である12ノットやそれよりも遅い船速の条件ではキャビテーションの発生は見られません。また、最大パワーの作動条件や氷海航行時の作動条件においても、主に翼端渦に起因するキャビテーションは発生しますが、エロージョンにつながるようなキャビテーションの発生は見られませんでした。本船のプロペラは推進性能だけでなく、キャビテーションの抑制についても計画通りの性能となっています。

註)翼端渦:プロペラ翼の先端(回転中心から最も離れた領域)から出る渦。渦の内部で圧力が低下し、そこで気泡が発生する。

    • 動画 実船用プロペラのキャビテーション試験通常海域用翼角、船速12ktで航走中
    • 動画 実船用プロペラのキャビテーション試験通常海域用翼角、連続最大出力(MCO)で航走中
    • 動画 実船用プロペラのキャビテーション試験氷海用翼角、1.2m平坦氷を船速3ktで連続砕氷している状態

本船の各種水槽試験の概要を述べさせていただきました。本船の稼働範囲は広く、遭遇する海象や氷状を全て予測して水槽試験に織り込むことは不可能ですが、そのベースとなる計画性能は一連の水槽試験により確認できたと考えております。

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