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北極域研究船の分身となりたい「海氷下ドローン」のチャレンジ

202329

地球環境部門北極環境変動総合研究センター
     北極観測技術開発グループ
グループリーダー
吉田 弘

写真 1.COMAI “Challenge of Observation and Measurement under Arctic Ice”

 氷下魚は主に北海道で漁獲されるタラ科の魚類ですが,氷を割って捕まえたことからこの名前がついているそうです.わたしたちは,たくさんのデータが眠っている,北極海氷下の調査を行うためのツールとして,COMAIと名付けた水中ドローンを開発しています(写真1).名前の由来・意味は“Challenge of Observation and Measurement under Arctic Ice”、つまりCOMAIのCはChallenge を意味しています.
 COMAIのチャレンジの一つは,これまで面的に定期観測ができていなかった海氷下の観測を実現することです.北極域研究船が停泊または微速で航行している場所から出発して,海氷の下を調査して戻ってきます.標準観測装置として,CTD(塩分濃度,水温,深度)計,蛍光・濁度計,海氷下を撮影するカメラとソナーを搭載していますので,氷の下を航行しながら,環境パラメータの測定と,通常では見ることのできない氷の下部の形状を視覚画像と音響画像で知ることができます.北極船を起点とした周辺の海氷下をジグザグ航行することで,これまでブイや係留系で計測していた点のデータを,面のデータに拡張することができます.
 COMAIのチャレンジには,ロボットの制御としてのチャレンジもあります.その一つが北極での海中位置計測です.ご存知かもしれませんが,海の中はマイクロ波が使えないので,車などで利用されているGPSが使えません.なので,水中ロボットは慣性航法装置(加速度と角速度で相対位置を計算する装置)によって出発点からの移動距離を求めています.日本の海で使っていてもこの装置は1時間で1km以上の位置ずれを起こすので,通常は音波によって位置補正をしながら使います.しかし,北極域研究船が調査対象としている北極海の海氷域では,①慣性航法装置の誤差が大きくなる,②方位計も正確で無くなる,③音波による補正が難しくなる,といった難題に直面します.これらの理由については少し難しいのでここでは説明しませんが,位置がわからなくなると,ドローンが迷子になりますし,計測データも無価値になってしまいます.そこで,COMAIでは,慣性計測装置や方位計,音響装置などのそれぞれ良いとこどりをした新しいシステムを準備して,高性能ではないけれど使えるドローンに仕上げられるように研究開発を進めています.

 昨年度(2021年)から,COMAIは機体の開発を終えて,海洋地球研究船「みらい」による北極航海での試験を開始しました.COMAIは海氷下ドローンと言っていますが,運用モードとして,自律型無人探査機( AUV: Autonomous underwater vehicle)モードを有しています.自律モードでは,「みらい」側とCOMAIをつなぐテザーケーブルは切り離します.遠隔操縦もなくプログラムに従って航行してミッションを遂行します.こんな高度なロボットを,1年にたった4回の潜航でデバッグしていきますので,この4回で色々な試験を行います.昨年度(2021年)の試験は位置の計測のチャレンジに失敗して,自律モードは試すことができず,基本機能の確認のみとなりました.本年度(2022年)の試験は,2回目の北極でしたが,なんと8回目の潜航で,氷の下に入り氷の下のCTD計測とカメラによる写真撮影に成功しました(図1).このときは命綱としてテザーケーブルはつなげたままでしたが,自律モードによる航行も実施できました!
 

note
図1.氷を海中から見上げた写真
写真 2
写真 2

 「みらい」から海氷下に向かって航行するCOMAIの勇姿を写真2でご覧ください.自律モードで航行できたものの未だ位置計測のチャレンジがうまくいく範囲は限定的で,これからも開発は続きます.次年(2023年)の北極航海に向けてのチャレンジに,高度な技術を有さない人でもオペレーションできるドローンという目標が加わりました.これまでにドローンを使ったことがないサイエンティストでも,少しのトレーニングで使えるようにするインターフェースの実現です.市販の水中ドローンの操作性などを意識しながら,一方で高度なことも簡単にできるインターフェースというのは実現が難しいのですが,北極船ができた時に,「すごいロボットだし,使いやすい」と言ってもらえるようにしたいと思います!
 さらに,最近では,北極域研究船が海氷域の中にいるときに,COMAIが自由に観測に出ていけるように,ムーンプールという船の真ん中にある穴から海中に出ていけるような機能も考え始めています.これができれば,まさにCOMAIは北極域研究船の分身.北極船が海氷の中に停泊している間もCOMAIが周辺の海氷下を3次元的に観測するわけです.
 機体はできたけれども,まだまだ機能を充実させるための開発が続きます.とても少ない潜航回数(フィールドデバグ)で進化していくドローン,COMAIと私たちのチャレンジを是非応援してください!

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