English

北極海での観測研究のこれまでの流れ(Ⅰ)夜明け前

2022831

地球環境部門 北極環境変動総合研究センター センター長/
研究プラットフォーム運用開発部門 北極域研究船推進室 国際観測計画グループ
グループリーダー
菊地 隆

 本稿では、これまでの北極海の観測研究の流れについて、主にJAMSTECおよび日本の活動を中心に記述します。図1は、人工衛星で得られた北極海で9月に観測される年最小海氷面積の経年変化のグラフに北極海での観測研究のこれまでの概要を記したものです。1970年代に人工衛星による海氷観測が始まってから現在までを4つの時期に分け、それぞれの時期で何を目的とし、どのような観測研究を行ってきたのかをまとめます。

図1. 北極海での観測研究のこれまでの概要。青太線は、人工衛星で得られた北極海で9月に観測される年最小海氷面積の経年変化。赤星印は1990年以降のその段階で海氷面積最小を記録した年の値。Ⅰ:夜明け前、Ⅱ:立ち上がり期、Ⅲ:自立期、Ⅳ:発展期、Ⅴ:拡大期(今後)

Ⅰ: 夜明け前:人工衛星による観測が始まった時期(1980年代)まで

1970年代以前の北極海は、まだ全体として海洋や海氷がどのようにあるのかが把握されていませんでした。探検とともに科学調査が行われていた時代といえます。北極海域でのアプローチは、最初は徒歩や犬ぞりを用いての移動から、技術の発達とともに飛行船・潜水艦・航空機などを用いるようになりました。また第二次世界大戦後の冷戦期にはソ連や米国・カナダなどが海氷上に基地を作り漂流観測を行い、北極海の海氷上そして海氷下のデータ取得を行うこともありました。これらによって、点や線でのデータが取得され、少しずつですが北極海が通年で海氷に覆われていること、海氷は漂流していることなどが知られるようになってきました。

ここに大きな革新をもたらしたのが、人工衛星による観測です。20世紀中頃から大気・気象観測などに利用されるようになってきた人工衛星による観測データを、極域での海氷観測に用いることになったのが1970年代前半です。海氷状況の把握は、人工衛星による観測の重点課題・優先事項になったのです。雲があっても地表面の状況を捉えることができるマイクロ波放射計を搭載した人工衛星Nimbus 5号や7号による輝度温度のデータから、北極や南極の海氷密接度の分布状況が日々得られるようになり、その時空間変化が“面”として分かるようになりました。その結果、(例えば1974年の)北半球/北極海の海氷面積は3月に最大(約144万km2)に9月に最小(約76万km2)になったこと、北極海はほぼ通年で海氷に覆われている多年氷海域ですが周辺海域(ハドソン湾、バフィン湾、グリーンランド海、バレンツ海、カラ海、ベーリグ海、オホーツク海)などは季節海氷域であり9月には多くの開水面(Open water)ができることがわかるようになりました。例として、1974年の北極海および周辺海域の海氷面積の季節変化を図2に示します(i) (ii)。

図2. 1974年の北極海および周辺海域での海氷面積の季節変化(ii)

このマイクロ波放射計による海氷観測は現在も継続されており、特に2002年以降は日本の人工衛星によるデータが世界中で使われています。現在は、人工衛星「しずく」に搭載されたマイクロ波放射計AMSR2 (Advanced Microwave Scanning Radiometer2)による観測が15kmの水平分解能で毎日の海氷密接度分布を伝えています(iii)。極域海洋環境の科学的な理解のためのみならず、将来予測の基礎データとして、また社会生活をささえる情報として、不可欠なインフラとなっています。

このころの北極海は、日本人にとっては(世界中の多くの人と同じく)探検の地でした。例えば、1978年には、日大北極探検隊による犬ぞりによる北極点到達(4.27)や、植村直己さんによる世界初となる単独行での犬ぞりによる北極点到達(4.30)などがありました。1980年代には女優の和泉雅子さんによる北極点到達の挑戦(1984年は途中断念、1989年は成功)や、冒険家・風間深志さんによるバイクによる北極点到達(1987年)などがありました。まだ探検の地だと思われていた中でも、日本人の研究者は、個人や研究室単位で海外の研究者と共同で現地観測などを行っていました。特に米国の最北端であるアラスカ州ウトキアグヴィク(バロー)の沿岸や、カナダの多島海域やハドソン湾、ノルウェーのスバールバル諸島などで、海洋・海氷観測調査を行い、雪・海氷・海洋生態系に関する研究を行っていました。日本の北極研究が本格的に始まる『夜明け前』と呼んでもいい時期だったと言えます (iv) (v)。

 

 ……『Ⅱ:立ち上がり期』につづく

 

参考文献/References

i. Parkinson, C. L., J. C. Comiso, H J. Zwally, D. J. Cavalieri, P. Gloersen, and W. J. Campbell (1987a).  Arctic sea ice, 1973-176: satellite passive-microwave observations.  Washington, DC, National Aeronautics and Space Administration (NASA SP-489). P.299.  https://ntrs.nasa.gov/citations/19870015437. 

ii. Parkinson, C. L., J. C. Comiso, H J. Zwally, D. J. Cavalieri, P. Gloersen, and W. J. Campbell (1987b).  Seasonal and regional variations of northern hemisphere sea ice as illustrated with satellite passive-microwave data for 1974.  Annals of Glaciology, 9, 119-126, https://doi.org/10.3189/S0260305500000495.

iii. GCOM-W@EORC ホームページ https://suzaku.eorc.jaxa.jp/GCOM_W/index_j.html (参照;2022-8-30)

iv. 南極OB会編集委員会編 (2015). 北極読本、成山堂書店、ISBN978-4-425-94841-3

v. クライブ・ホランド(太田昌秀 訳) (2015). 北極探検と開発の歴史、同時代社、ISBN978-4-88683-738-7

PAGE TOP